✨️第014季 ふたりだけの沈黙✨️
声より先に寄り添うもの
人は
言葉で世界を
説明しようとする
文献も、判例も、医学書も
整理された
文字たちは
たしかに
私の不安を減らしてくれるし
未来への見通しもくれる
けれど
隆也といるとき
その
「説明」
がふと要らなくなる瞬間がある
たとえば
図書館の
同じ机に
隣同士の椅子
ただ黙って
ノートを並べている時
ベンチに並んで座って
夕焼けに変わっていく
空を見上げているとき
会話は
とぎれとぎれ
話題も
とりとめのないまま
それでも
その空白を
「気まずい」
と思ったことは
一度もない
心拍グラフにすると
きっと大きなピークはないのだろう
+8でも、+15でもなく
基線のすぐ上を
静かに
揺らぎながら
流れていくライン
でも私は
最近ようやく気づきはじめた
その
「安定した揺らぎ」
こそが
私の中で
いちばん深いところに根を張りつつある
隆也との
「絆」
の形なのかもしれない!?と
この
✨️第014季 ふたりだけの沈黙✨️
声を交わす前に
まなざしや呼吸や
椅子と椅子の距離だけで
互いの存在を
確かめ合ってしまうような時間のこと
言葉を一つでも選べば
かえって何かを壊してしまいそうな
けれど
何も言わなくても
伝わってしまうものがたしかにある
そんな
私、大隅綾音と魚住隆也
二人だけの沈黙の中で
私の心拍が刻んでいる
とても静かで
とても大切なリズムを
そっと書き留めてみたい……
図書館の机の下で
午後の図書館は
教室よりも
少しだけ音がやわらかい
ページをめくる紙の音
遠くで閉じられる窓の鍵
コピー機の淡い作動音
そのすべての上に
かすかな心拍の音が
透けて重なっている
そんな錯覚を覚えるくらい
私、大隅綾音は
自分の胸の内に
意識を向けていた
斜め前ではなく
真横
同じテーブルの
ほんの数十センチ隣に
隆也がいる
視界の端に入る
ペンを握る右手の動き
ノートの罫線の上を
迷いなく走っていく文字
隆也の集中を
妨げないようにと
私は静かに呼吸を
整えながら
自分のページに
目を落とす
そのときだった
机の下で
足先が
かすかに触れそうに
ほんの一瞬
すぐに
互いに
反射的に引っ込めてしまったから
実際には
触れていないのかもしれない
でも
あの一秒にも
満たない時間を
私の身体は
はっきりと記憶している
膝を引くときに
揺れた椅子の軋み
その軋みに
隆也のペン先が
小さく止まる気配
顔を上げる
勇気はなくて
私はただ
視線だけを
紙の上に固定したまま
心拍数のカウンターだけを
頭の中で
必死に追いかけていた
今の
+いくつ?
ノートの余白に
そっと「+4」と記す
それは
とても小さな数字
けれど
「触れそうになってやめる」
という選択が
私と隆也の
いまの距離を
正確に物語っている気がした
黙ったままの横顔同士
机の下だけが
少しだけ
息を潜めている
この沈黙は
不思議と苦しくない
むしろ、
互いの呼吸を
静かに交換しているようで
少し
あたたかい
駅のベンチの夕暮れ
講義が終わらり
図書館での私と隆也
二人自習も区切りをつけて
いつもの日課に
暗黙に並んでの帰路へ
いつも寄り添う
二つの影
私と隆也
私達は自然と
いつもの駅のベンチに
並んで座り
それぞれの列車を待つ
茜色の空の太陽が
空全体に
橙色に染めていく
私と隆也は
先程よりも
ずっと少ない言葉で
今日の私と隆也の
出来事を確認し合っていた
「さっきの判例さ
“裁判所の視線”
のまとめ方
綾音の言う通りだと思う!」
そう言ってくれた
隆也の声を聞いたあと
会話は
ふっと途切れた
沈黙
でも
その沈黙は
何かを待たされている
感じではなくて
むしろ
「一緒に
互いの心を眺めるための時間」
がすっと差し出されたような感覚だった
私は視線を
空へ向ける
茜色と藍色の境界
隆也も同じ方向を見上げている気配がする
言葉を交わさなくても
不思議と落ち着く
彼の肩と
私の肩の間には
まだ余裕がある
けれど
その空白は
「埋めなければいけない距離」
ではなく
「ここでなら
いつでも!」
と示されているような
優しい猶予の空間だった
風がまた強くなり
髪が少し乱れる
そのとき
隆也の指先が
私の前髪にそっと触れた
「……ごめん
また花びらついてた」
その言葉が
冗談なのか本当なのか
正直
よく分からなかったけれども……
でも
たとえ花びらがなくても
きっと隆也は
同じ動作をしたのだと
私は思う
触れた瞬間よりも
触れたあとに戻ってくる
沈黙のほうが
ずっと胸を締めつけた
それでも私は
何も言わず
微笑むだけにとどめる
今はまだ
これでいい
この沈黙の濃度を
急いで薄めたり
濃くしたりしないことが
私と隆也の
「誠実さ」
だと
どこかで感じていたから
二人だけが
知っている音
その夜
自室で
ドライヤーのスイッチを入れる
温かい風の音が
今日の私の心のざわめきと
少し似ている気がして
私は目を閉じた
鏡の前に座る私の姿は
まだ
「大人っぽい」
と呼ぶには頼りない?
タオルに挟まれた
髪から落ちる水滴が
床に小さな円を描いていく
机の上には
青いノートが
開きっぱなしになっていた
ページの片隅には、
今日の図書館での出来事が
すでに記録されている。
『机の下で
足先触れそう』
『ホームのベンチ
沈黙+夕焼け』
その下に
私は迷いながら
ペンを走らせる
『沈黙の中の心拍
+0〜+3の間』
数字だけを見れば
大した変化ではない
でも
そのわずかな揺らぎが
昼間の私を
どれだけ支えてくれているかを思うと
胸の奥が
じんわりと熱を帯びる
隆也と話していない
時間のほうが
実はずっと長い
授業中
移動中
家での勉強
眠っている間
その
言葉の届かない時間を
私はこれまで
「空白」
だと思っていた
けれど
今日の沈黙たちは
その空白の部分にも
静かに
色を染み込ませて
くれるような気がした
図書館の机の下で
ぶつかりかけた足先
ホームのベンチで
言葉を交わさずに
見上げた夕焼け
そのどれもが
「何も起こらなかった」
と片づけるには
もったいないほど
確かな温度を持っている
私はドライヤーのスイッチを切り
まだ少し湿った髪を
タオルで包み直す
静かになった部屋で
耳の奥に、
かすかな残響がよみがえる
トクン
トクン
それは
講義の
熱心な議論の中で跳ね上がる
「+8」でも「+15」でもない
ただ
私と隆也
二人の沈黙の中で
落ち着いて刻まれる
一人では決して鳴らない
大切な特別な種類のリズム
私はページの最後に
そっと書き足した
『沈黙のなかでいちばん落ち着く
これはもう十分な
「証拠」
なんじゃない?』
そう書いてしまったあとで
慌ててペンを止める。
まだ
「恋」
とは書けないくせに
心のどこかでは
もう判決文の下書きを
始めてしまっている
私自身のアクションに
くす!って微笑む
開けたままの窓の外で
夜風がカーテンを揺らしていた
その音もまた
隆也と分け合った沈黙の
遠い続きのように思えて
私はタオル越しに
自分の髪を
そっと撫でながら
「おやすみ
今日の沈黙」
と誰にも聞こえない声で
小さく呟いた……
✨️第014季 ふたりだけの沈黙✨️
ノートを閉じるとき
私はようやく気づく
私が一番恐れていたのは
沈黙そのものではなく
沈黙を
「何もない」
と思い込んでしまう
ことだったのだと
図書館の机の下での
触れそうで触れない足先
駅のベンチで
並んで見上げた夕焼け
家に帰ってからの
ドライヤーの風と心拍の残響
その全部が
説明するには
あまりにもささやかで
写真にも
記録にも
残らない
それでも
私の青いノートの中では
確かに
「みちしるべの季」
として刻まれていく
沈黙は
音を失った時間ではなく
言葉になる前の感情が
静かに息を整えていること
そしてそこにはいつも
隆也の
横顔がある
隆也の耳が
少しだけ赤くなったあの日から
その横顔は、
私の世界の
「基準値」
になる
次の
✨️第015季 昼下がりの約束✨️
沈黙の中で
少しずつ育っていった予感が
やがて
「約束」
という形を帯びて
私と隆也の前に
そっと差し出される
いつもの教室でも
図書館でもなく
少しだけ特別な場所
春の終わりと夏の入口の間で
私と隆也は
それぞれの胸にしまっていた
小さな勇気の種を
おそるおそる
テーブルの上に並べていくことになる
それは
まだ
「告白」
と呼ぶには遠く
でも
「友達」
と片づけるには
あまりにも透明な想いの交換
心拍グラフで言えば
今までのピークとは
少し違う
「かたち」
の跳ね上がりが
記録されるはずだ。
私と隆也だけの
沈黙をくぐり抜けた先で
どんな言葉が?
どんな約束が?
生まれる?
青いノートの
次のページを開きながら
私はそっと息を吸い込む
春風は
まだ
ページの端をめくる準備を
次の一枚をめくるのは
きっと
私自身の手
その瞬間を
心拍といっしょに
また
丁寧に記録していこう!




