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⭐️色褪せることのない絆⭐️ ✨️EMPATHY 大隅綾音と魚住隆也✨️  作者: 詩野忍


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14/60

✨第010季 まだ名前のない想い✨

 挿絵(By みてみん)

 まだ名前を持たない

 気持ちの位置

  「この気持ちには、まだ“正式名称”がない」

 そう思った瞬間が

 たぶん私、大隅綾音にとっての 

  ✨️第010季 まだ名前のない想い✨

 の始まりだった

 鏡の前で

 自身の笑い方が

 少し変わったことに気づいた

 あの日から

 窓に咲く光を追いかけるように

 私の心も静かに軌道を変え始めた

 隆也に名前を呼ばれると

 二ミリだけ上がる口元

 ノートの余白に

 知らないうちに紛れ込んでいく

  「教室観察記録」の一文

 そして何より

  「今日の綾音、よく微笑んでいた気がする」

 と、迷いなく言ってしまう

 隆也のまなざし

 どれも

 一つひとつは小さな変化

 恋愛ドラマのような

 劇的な告白もないし

 運命的なハプニング

 も起きない

 だけど

 その小さな変化の粒が

 日の光や風や帰り道の影といっしょに

 少しずつ少しずつ

 私の中に降り積もっていく

  「友情」

 と呼ぶには

 どこか違和感がある

 「恋」

 と呼ぶには

 まだ勇気が足りない

 その狭間に揺れている

 曖昧な温度と輪郭

 名前を持たないまま

 ただそこに

  「在る」

 しかない感情   


  ✨第010季「まだ名前のない想い」✨は

 

そんな

 “仮称のままの気持ち”

 と向き合おうとする

 私、大隅綾音の、

 少しだけのつぶやきであり

 隆也との距離の

  「半歩分の変化」

 のストーリー

 これは

 まだ名前を持たない想いが

 それでも確かに

  「私の中に生きている」

 と初めて

 ちゃんと自身で

 認めようとした物語……

 挿絵(By みてみん)

 名前をつけられない

 感情の居場所


 その朝

 私はノートの表紙を

 撫でながら

 ひとつのことを考えていた


  (この青いノートに書いてあるのは

   本当に「教室観察記録」だけ?)


 最初のページには

 確かに

 日付と講義名と要点が

 整然と並んでいる


 二ページ目からは

 論点整理と条文の構造

 でも、ページをめくるごとに

 行間がふわりと膨らんでいく


  「窓の中に浮かぶ光の花」

  「壇上で、光に縁取られる魚住隆也」

  「今日の私の微笑みは、たぶん誰かの視線のせい」


 そんな言葉たちが

 数式や判例の合間に

 ひっそりと息を潜めている


 (これを、何と呼べばいいんだろう?)


 “詩”と言うには

 あまりにも拙くて

 片手間のようで

 “観察記録”と呼ぶには

 書いている私は

 いつも少し息を詰めている


 ならば

 これはいったい何?

 そして

 このノートに滲みはじめた感情に

 私はどんな名前を

 付せればいいのか?


 教室の光と

 ふとした沈黙

 その日の教室は

 いつもより少しだけ騒がしい

 いろいろな日常や会話が

 光の粒になって

 宙に舞っているよう


 隆也は

 いつもの斜め前

 相変わらずひどくもない猫背で

 でも背筋が伸びる瞬間だけはまっすぐで。

 隆也の席のそばには

 今日も

 窓からの光が

 細い帯になって落ちている


  「綾音、今日も“光シリーズ”更新するんでしょ?」


 振り返った彼の声は

 聞き慣れているはずなのに

 胸の内側に

 響き方を変えて届いた


  「……状況による、かな?」


 私がそう返すと

 彼は目を細めて微笑む


  「じゃあ、状況良くしておかないと……」


 その何気ない一言に

 私の心拍が勝手に速度を上げる


  (状況を、良くする? 誰のために?)


 そう聞き返すことは

 できなかった。

 ただ

 ペンを握る指先に

 少しだけ余計な力がこもる


 私と隆也は

 同一研究テーマ

 挿絵(By みてみん)

 「税制の逆進性の問題点と将来向けての改善点」


 壇上前に並んで立つと

 窓からの光が

 私と隆也の

 肩のあたりをひとしく照らす

 私と隆也の影が

 少しだけ近づいたり

 離れたりしながら揺れる


  「じゃあ、この部分は、綾音が説明してくれる?」


 隆也が横目で合図を送ってくる

 私は

  「うん」

 と小さく頷き、前を向いた


 論説をしている間

 何度か視界の端に

 隆也の気配が入り込んでくる

 私が言葉に詰まりかけると

 さりげなく

 フォローを入れてくれる声

 それを聞いた瞬間

 胸の内側で

 何かが静かにほどける


 終了後

 一緒に戻る途中

 窓ガラスに映った

 自分の横顔が

 ほんの少しだけ赤いことに気づいた。


  (緊張、だけじゃない……)


 心のどこかで

 はっきりとそう思う


  「もし」

 から始まる仮定法


 昼休み

 中庭を見下ろせる

 二階のラウンジで

 私と隆也は並んで座っていた

 自動販売機の缶コーヒー

 コンビニのおにぎり

 いつものように

 特別じゃない組み合わせ


  「ねえ、綾音」


 缶のプルタブを

 指でなぞりながら

 隆也がふいに言う

 

  「もし、僕が本当に青いノート持ってたら」

  「……うん」

  「たぶん一ページ目に書くのは

   綾音と“出会った日のこと”」


 予想していなかった言葉に

 息を呑む。


  「出会った日?」

  「初日の講義で

   誰よりも速くノート取ってて

   でも字がめちゃくちゃきれいな人がいるっと思って

   そのことに感動してた」


 あまりにも具体的で

 あまりにも

  「私」

 そのもので

 思わず視線を逸らした


  「……そんなの、書かなくていいから」

  「なんで? 事実なのに」


 隆也は簡単にそう言う


  「もしノートがあったら、二ページ目は?」


 私が半分冗談で聞き返すと

 彼は少し空を見上げてから答える


  「二ページ目は、“窓の光の話をしている綾音”」


 胸の奥が

 きゅっと音を立てた気がした


  (ねえ、

   その“もし”のノート

   本当にどこかにあったら

   そこには

   今の私の

   このざわめきも

   ちゃんと書いてある?)


 喉まで上がってきた

 問いかけを

 私は飲み込んだ

 代わりに

 ノートの表紙を

 そっと撫でる


  「もし」

 

 から始まる仮定法は

 どこまでいっても安全圏

 だからこそ

 その一歩先


  「本当は?」


 と聞くことが

 こんなにも怖い……


 瞬きの合間に生まれる

  「違和感」

 挿絵(By みてみん)

 帰路

 私と隆也は

 いつもの日課ように

 少しだけ

 遠回りの帰り道を歩く


 交差点の信号待ち

 向かい側には

 同じゼミの女子たちが数人。

 その中の一人が

 隆也に手を振る


  「魚住くん、レポートありがとね!」


 隆也は

  「ああ、全然」

 と笑って応える

 その横顔を見ているだけのはずなのに

 胸の奥が

 少しだけざわついた


 (レポート、渡してたんだ……)


 もちろん

 誰にノートを貸そうが

 誰の質問に答えようが

 隆也の自由だ

 頭ではわかっている

 でも

 心は別の反応をしてしまう


 信号が青に変わり

 歩き出す

 足元に伸びる影が

 一瞬

 他の誰かの影と重なって

 それからまた離れていく


  「さっきの子、同じゼミ?」


 自分でも驚くくらい

 自然な声色で聞いている自分に

 内心驚いた


  「うん。ちょっとレポート手伝っただけ」

  「ふーん」


 それ以上

 何も言えなかった

 何かを言う資格なんて

 ないはず


 でも

 青いノートの中の

 どこかのページに

 きっと今夜

 私は書いてしまう


  『歩道橋の影が交差する場所で

    知らない胸の痛みが

    一瞬だけ顔を出した

    この感情には

    まだ名前がない』


 瞬きの合間

 会話が一拍だけ途切れた

 その薄い沈黙の膜の中で

 私は

 自分の中に

  「違和感」

 と呼ぶにはあまりにも

 繊細な何かが育ち始めていることを

 確かに感じていた


 ノートの余白と

 言えなかった一文


 その夜

 お風呂上がりの

 湿った髪を

 タオルで押さえながら

 私は机に向かった

 スタンドライトの

 柔らかな光が

 青いノートの上に円を描く


 今日の講義内容をまとめ

 終えたあと

 私はペンを止め

 頁の一番下の

 余白を見つめた


  (ここに

   本当のことを書いたら

   きっともう

   “戻れない”)


 そう思いながらも

 ペン先はゆっくりと動き出す


  『今日、信号待ちで胸がざわついた。

    理由は、きっと』


 そこで

 一度

 止まる

 “きっと”

 のあとに続く言葉を

 私は知っている

 でも

 それを書くことは

  「認める」

 ことだ


  (まだ、まだ早い。きっと)


 私は

 そっと線を引いた

 “――”

 のあとを

 あえて空白のまま閉じる


 これ以上は踏み込まない

 でも

 消しゴムで消してしまうには惜しい


 その中途半端な

 ラインこそが

  「まだ名前のない想い」

 が居座っている場所なのだと思った


 スマートフォンの画面には

 未送信のメッセージがひとつ


  『ねえ隆也

   もし

   本当に青いノート

   持ってるなら』


 そこから先が打てなくて

 私は結局そのまま画面を閉じる


 言葉になりきれない気持ちは

 ノートの余白と

 未送信ボックスの中で

 静かに呼吸を続けている


 まだ名前を持たないまま

 確かに

  「在る」

 もの


 翌朝

 窓から差し込む光が

 いつもより少し柔らかく感じた


 教室に入ると

 もう隆也が席についている

 青いファイルを開いて

 何やら書き込んでいた


  「おはよ、綾音!」

  「おはよう」


 言葉を交わした瞬間

 胸のざわめきも

 昨夜の記述も

 未送信のメッセージも

 すべて一度に蘇ってくる


 でも

 そのどれもを

 そのまま隆也に手渡すことはできない


  「今日の光は?」


 隆也の問いかけに

 窓のほうを見てから

 ゆっくりと答える


  「……“まだ名前のない感じ”の光、かな?」

  「新しい題名?」


 微笑む隆也の

 横顔を見ながら

 私も少しだけ……


 この光の中で

 私は今日もきっと

 自分の感情に

 正式名称を与えることを

 怖がり続けるのかな?


 だけどそれでも


  『今日の私の心には、まだ名前のない想いが

   確かに、そっと座っている』


 私は

 そう青いノートの

 片隅に書き加えた


 “恋”

 と言い切る勇気は

 まだない

 “好き”

 と言葉にしてしまうには

 準備が追いつかない


 それでも

 まだ名前のない

 この想いは

 確かに

 私、大隅綾音と魚住隆也と

 同じ空間を生きている

  「私」

 の中で

 静かに

 でもはっきりと

 輪郭を深めていく

 挿絵(By みてみん)

 名前を与える

 その少し手前で

 ✨第010季「まだ名前のない想い」✨は、

 大きな事件も

 決定的な場面もないまま

 ページを閉じようとしている

 窓から中庭を見下ろすラウンジ

 遠回りの帰り道の交差点

 そして

 夜の私の自室の机の上

 そのどの場所でも

 私、大隅綾音は

 「自分の気持ち」

 に対して

 どこか臆病?

 胸がざわついたとき

 名前を付けてしまえば

 楽になるかもしれないのに

 あえて曖昧なままにしておく

 ノートの余白に

 書きかけた一文を

 途中で止めて

 線で閉じてしまう

 未送信のメッセージを

 送信ボタンにかけた指先ごと

 そっと引き戻してしまう

 それはきっと

 今の関係を壊したくないという

  「守り」

 と

 一歩踏み出したいという

  「願い」

 が

 まだうまく

 折り合いをつけられずにいる

 証拠なのかな

 でもその迷い自体が

 すでにひとつの

  「答え」

 にとても近いことも

 実は

 私自身が一番よくわかっている

 “友だち”

 と呼ぶには苦しくて

 “恋”

 と呼ぶにはまだ怖い

 この挟まれた場所にこそ

 私と魚住隆也の物語の

 もっとも繊細で

 もっとも愛おしい瞬間が詰まっているのだと思う

 次の

 ✨第011季「並んで歩く影」✨では

 私と隆也の距離が

 ほんの少しだけ

 目に見える形で変わっていく

 並んで歩くとき

 足元に伸びる影の距離

 ふとした瞬間に

 その影が

  「重なる」

 のか?

  「寄り添う」

 のか?

 まだ名前のない想いが

 “影”という形を通して

 少しだけ輪郭を濃くしていく

 これからも

 青いノートと

 窓から差し込む光といっしょに

 あなた、隆也と、

 ゆっくり綴っていけたら……

 挿絵(By みてみん)

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