✨️第008季 教室の窓に咲く光✨️
教室の窓は、
ただの「四角い景色の額縁」だと思っていた
見渡す視線が
そこを行き来する間
窓はいつも
少し離れたところで
黙って季節を映しているだけの存在
でも
私、大隅綾音と魚住隆也と同じ教室で
同じ時間割を共有するようになってから
私は少しずつ知り始めた
教室の窓は
外の世界を見せてくれるだけじゃない
ということを
朝の光
昼下がりのまぶしさ
曇りガラスのような花曇り
そのどの瞬間にも
窓はやさしく教室の空気を照らし出し
「ここにいる私と隆也」
の輪郭をそっと浮かび上がらせてくれる
ノートに論説を速記で書き込む手元
交差する指先
名指しで当てられて凛と立ち上がる背中
それら全部が
光をまとった一枚の「写真」のように
私の記憶の中に貼りついていく
✨️第八季 教室の窓に咲く光✨️は、
そんな
「何でもない何気ない空間の時間」
の中で生まれる、小さな変化の記録
ノートへと私と隆也の視線の交差
日だまりに光の筋が混ざり合う
教室で
私と隆也のあいだに灯り始めた
まだ名前もない「光」の物語
窓の向こうに咲く花よりも
窓ガラスに反射してこちらを照らす光のほうが
たまらなく愛おしく思える瞬間がある
それがきっと
私にとっての
「教室の窓に咲く光」
今日もノートの文字より先に
私は窓の明るさを確認してしまう
その光の中で
笑う隆也の横顔を
ちゃんと覚えておけるように
その朝
教室に入ると
いつもより少しだけ
空気が明るく感じる
窓際の席に差し込む光が
白い机の上で跳ねている
まだ完全には暖かくなりきれていない春の陽射しは
どこか頼りないのに
それでも確実に
「冬ではない」と告げていた
私の席は
窓から二列目
隆也は
その斜め前
黒板と窓のちょうど中間あたりに
彼の背中がある
青いノートを開くと
昨日のページの最後に書いた
一文が目に飛び込む
「青いノートの余白は、きっと私たちの未来の『下書き』」
……自分で書いたくせに
やっぱり少し恥ずかしい
私は慌ててページをめくり
新しい日付を書き込んだ
始まる少し前
まだ教室は
ざわざわしている
学友の声
椅子を引く音
足音
そして
窓の外からは雑踏
そのざわめきの中で
私は静かに視線を上げる
ちょうどその瞬間
隆也が振り返った
「おはよ、綾音!」
いつも通りの一言
でも
窓からの光が彼の横顔にかかっていて
その笑顔は少しだけ眩しかった
「おはよ……って、眩しくない? そこ」
思わずそう言うと、
隆也は自分の席の上に斜めに落ちる光の筋を見て
少しだけ目を細める
「確かに。今日、やたら陽射し強くない?」
「春が本気出し始めたんじゃない?」
冗談めかして返すと
彼は小さく微笑む
「じゃあさ、その
“春が本気出してる光”を
綾音ノートに記録しておいて」
言いながら
隆也の視線が
私の青いノートにちらりと落ちる
私は
条件反射みたいにノートを閉じかけて
途中でやめた
「……気が向いたらね」
昨日と同じ言い回し
でも、
今日はほんの少しだけ
その
「気が向く」
確率が上がっている気がした
窓から斜めに差し込む光の帯の中を
白い粒子がふわふわと漂っている様子は
まるで透明な花びらが浮かんでいるみたいだった
(教室の窓に……咲いてる?)
私は、そう心の中でつぶやきながら
ノートの片隅に小さく記した
「窓の中に浮かぶ光の花」
数式の行列に紛れるようにして
その一文を忍ばせる
私のノートは
今日もまた
少しずつ
「余白の物語」
が積み重なる
重要案件の設問が投げかけられ
質疑応答が始まり
教室は一気に静かになった
ペンの走る音だけが
あちこちから重なって聞こえてくる
私は頭の中で対象の構図の流れを組み立てる
その途中で
視界の端に
小さく動く影が見えた
斜め前の席
隆也が
少しだけ振り向いて
私の方を見ている?
ような気がした
でもすぐに
彼は前を向き直り
自身のノートに集中し始める
(今の……気のせい?)
そう思いながらも
心臓の鼓動が一拍だけ速くなる
ペン先がわずかに揺れ
文字列がほんの少し長く伸びてしまった
「じゃあ、この案件はどう判断するか?
魚住さん、君の考えは?」
隆也の名前が呼ばれ立ち上がり
ノートを持って壇上黒の前へ進み
窓からの光が
壇上の下の方に斜めに差し込んでいて
隆也の影がその中に重なる
そのコントラストの向こうで
彼の横顔が少し緊張しているのがわかった。
「……まず、この条件を整理し……」
いつもより少しだけゆっくりめの声
でも、途中からは
いつもの調子を取り戻し
彼の説明は滑らかに続いていく
私は
ノートにその隆也の論説を
速記しながら
途中でふとペンを止めた
ページの端に
つい
こんな文字を加えてしまう
「壇上で、光に縁取られる魚住隆也
今日の“教室の窓に咲く光”は、たぶんこれ」
自分で書いて
軽く頭を抱えたくなる
でも消せない
消したくない。
講義終了
それぞれの動きが
教室の中に小さな波紋を広げていく
私は
ノートを閉じようとして
隣から伸びてきた影に気づいた
「ねえ、そのページ
さっきめっちゃ集中して書いてたよね
見ていい?」
隆也が、
いたずらっぽい目で覗き込んでくる
私は条件反射でノートを抱きしめた
「だ、だめ!」
「また即答だ!」
「これは、綾音の企業秘密ノートです!」
「企業ってほど大きくないでしょ」
軽口を叩きながらも
隆也の視線は
ノートの端のほうにちらりと落ちる
さっき書いた一文を見られたかどうか
判断できない距離
「……論説のメモだってば!」
「ふーん。“窓の中に浮かぶ光の花”とか?」
「えっ!」
思わず変な声が出た
隆也は
私の反応を見て
満足そうに微笑む
「やっぱり、そういうの書いてたんだ」
「見たの?」
「さっき、少しだけ」
「覗き魔……!」
「違うよ、“窓に咲いてる光”って、綺麗だなって思ってたの
そしたら、綾音のノートも、その光の中にあったから」
その言い方があまりにも自然で
私は怒るタイミングを完全に失った
窓の外を見ると
薄く雲がかかった空の隙間から
やわらかな光が差し込んでいる
ガラスに反射した教室の風景の中に
私と隆也
そして
青いノートが小さく映り込んでいるような気がした
「……じゃあ……」
私は
勇気を少しだけすくい上げるようにして
言葉を続けた
「いつか、“窓の光”シリーズだけ、見せてあげてもいい……」
隆也が、目を瞬かせる。
「シリーズ?」
「今日の窓、昨日の窓、一週間前の窓。……全部、ちょっとずつ違うから」
「それ、もう書いてるの?」
「ひ・み・つ」
さっきの仕返しみたいに言うと
隆也は少しだけ肩をすくめて微笑む
「じゃあ、そのうち“魚住隆也観察シリーズ”も混ざるのかな」
「入ってるって言ったら、どうするの?」
「……光栄です!って言う」
その答えが
あまりにも真っ直ぐで
私は
笑うことも、
怒ることもできないまま
窓のほうを向いた
昼休み
教室の中は一日のうちでいちばん賑やかになる
お弁当の包みを開く音、スマートフォンの画面を見せ合う声、廊下を走る足音。
教室の窓は
その全部を静かに見守るように
やわらかな光を落としていた
私は
自分の席に戻る途中で立ち止まる
窓ガラスに近づいて
そっと指先でなぞる
ガラスに映るのは
少しだけぼやけた私の顔
そのすぐ後ろに
席に座ってノートを広げている隆也の姿
(この光の中で、私は毎日、隆也、あなたを見ているんだな……)
そう思った瞬間
胸の奥に小さな痛みと
同じくらいの温かさが同時に広がる
講義終了になり 「また明日」の声が教室のあちこちから飛び交う中
私は青いノートを鞄にしまいながら
最後にもう一度
窓のほうを振り返った
今日の光
今日の教室の跡
今日の
隆也の横顔
それら全部が
夕方へと傾いていく瞬間
「綾音、帰る?」
「うん……今日も、遠回りしてく?」
私がそう尋ねると
隆也は当然のように
「もちろん。だって」
窓から差し込む最後の光が
彼の瞳にきらりと映る。
「教室の光が終わったら、今度は“外の光コース”でしょ」
そう言って差し出された言葉は
まるで
校舎の外に続く光の道しるべみたいだった
教室の窓に咲いていた光が
今度は街路樹の影や
住宅街の夕焼けの中で
私たちの足元を照らし始める
今日の光も
明日の光も
きっと少しずつ違う
その全部を
私はきっと
ノートの余白に記していく
「教室の窓に咲く光」
そこから始まる
私と隆也の
「続き」
を、忘れないために
光を追いかけるノート
✨️第008季 教室の窓に咲く光✨️は
文字の羅列のノートの罫線のあいだに
そっと紛れ込んだ「小さな光」の物語だった
大きな事件があったわけでもない
告白が起きたわけでも
決定的な一言が交わされたわけでもない
それでもきっと
この一日は
私の中で特別な
「光のしおり」
として
未来のどこかで
思い返されるのだと思う
窓から差し込む春の光
日々何気ない日常生活、日常空間
その全部が
私、大隅綾音と魚住隆也と
同じ教室にいる
いまこの瞬間だけの
私たちの世界を照らしている
「もし、僕にも青いノートがあったら」
そう言った彼の言葉を
私は何度も心の中で反芻する。
もし
本当に隆也がノートを持っているとしたら
そこにはきっと
私が知らない私の姿が
いくつもいくつも
書き込まれているのだろう
微笑む私
怒っている私
泣きそうな私……
そして
教室の窓の光に照らされながら
彼の横顔を見つめている私
私の青いノートの余白と
彼の(あるかもしれない)
ノートの余白
その二冊が
いつかそっと重なり合う瞬間が来たら
私と隆也の物語は
きっとまた
新しい季節へとページをめくるのだと思う
次の季
✨️第009季 微笑の予感✨️では
教室の窓からこぼれた光が
少しずつ私の表情にも
影響を与え始める
微笑み方
うつむき方
目を逸らすタイミング……
どれも今までと
同じはずなのに、
どこか
「隆也を意識した顔」
になっていく
楽しいだけじゃない
苦しいだけじゃない
その中間に揺れる
「微笑」
の輪郭
それが
たぶん
「恋」
と呼ばれる感情の
ほんの入口なの?
これからも
教室の窓に咲く光を
遠回りの帰り道の影を
ノートの余白の小さな文字を
ひとつひとつ
大切に拾い集めながら
私、大隅綾音の
「心の季節」
の続きをあなた、隆也と一緒に綴っていけたら嬉しい!な!




