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⭐️色褪せることのない絆⭐️ ✨️EMPATHY 大隅綾音と魚住隆也✨️  作者: 詩野忍


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10/12

✨️第006季 遠回りの帰り道✨️

 挿絵(By みてみん)

 遠回りという選択の意味

 最短ルートは

 たぶん

 私の足がいちばんよく知っている道

 家に少しでも早く帰りたい日

 重たい参考文献や課題

 に追われる日

 心が静かに疲れている日は

 私は迷わずその道を選ぶ

 でも

 私、綾音は

 隆也と一緒に歩くときだけ

 いつも曲がり角を増やす

 大通りを一本外れた

 古い住宅街の細い坂道

 路地の端には

 名前も知らない小さな花が咲いていたり

 たったそれだけの違い

 でも、その

  「たったそれだけ」

 が、私にとっては


 どきどき!


 胸がいっぱいになる

 わざわざ遠回りして、

 私と隆也だけの時間を

 できるだけ延長する

 私は心のどこかで

 自分の気持ちに印をつけ

 これは、まだ


  「恋」


 と呼ぶには早い?

 けれど、ただの


  「友だち」


 と呼ぶには少しだけ

 深くなりはじめている……

 ……気がする


 今日も

 私は決意のような

 祈りのような

 胸に抱いて

 どの道を帰ろうかな?

 そんな小さな選択を

 重ねていくなかで 


 私と隆也の


  「歩幅」と

  「沈黙」と

  「これから」


 が

 少しずつ輪郭を持ち始める記録

 真っ直ぐ帰れば

 見えなかった景色を

 少しだけ遠回りしながら

 拾い集める

 私と隆也の

 二人だけの物語

 ほんの数百メートルの差が

 私と隆也の絆にとって

 どれほどの距離になるのかを

 まだ 

 私はまだ知らない

 けれど

 その道を

 今日も一緒に選ぶことから

 すべては

 静かに始まっていくのかな?

 挿絵(By みてみん)

 私はゆっくりと

 ノートを閉じて

 深呼吸をひとつ

 私の羅列する

 今日一日分の文字たちが

 青い罫線の上で静かに

 息を潜めている


 少し前を歩く

 隆也の背中が見えた

 肩から下げた鞄

 少しだけ猫背ぎみのシルエット

 光を受けてきらりと光る

 その全部が

 私には

  「いつもの私と隆也の帰り道」

 の合図みたいに思えた


  「隆也!」


 名前を呼ぶと

 彼は振り向きもせずに

 でもちゃんと私の声だけを拾って

 阿吽の呼吸で

 歩く速度を少しだけ緩めてくれる

 私は数歩

 早足で距離を詰めて

 その隣に並ぶ


 外には傾きかけた陽射しが見え

 春の終わりと初夏の入口が混ざり合ったような

 やわらかくて

 どこか切ない光

 私の胸の中の何かも

 その光と同じように

 境界線の上で揺れている


 私と隆也は

 ほんの一瞬だけ

 目を合わせてから

 同時に左へと曲がった


 今日も 

 遠回りの帰り道


 雑踏から離れ

 住宅街へ続く細い坂道に入り 

 喧騒が、ふっと遠くなる

 そして、

 私と隆也の二人分の足音だけ


 コツ、コツ、

 と、アスファルトを叩く私と隆也のリズムが

 少しずつ揃っていく

 でも

 ときどき

 私の心だけが先に走って

 足音が半歩ぶん

 浮いてしまいそうに


  「今日の教養課、どうだった?」


 隆也が

 そう聞くとき

 私の表情は

 わざとらしいくらい何気ない

 けれど

 その何気なさが、

 私にとっては救いだったりもする


  「んー……微妙。最後の証明、時間足りなかったし」

  「でも、途中式、合ってたに」

  「“ほぼ”ってところがイヤなの。ちゃんと最後まで辿り着きたかった」


 そう言いながら

 私は小石をひとつ

 靴の先で転がす。

 コロリと音を立てて

 石は路地の端へ逃げていく


  「綾音は、なんでも一直線に行こうとしすぎ!」

  「え?」

  「遠回りしてもいいじゃん。答えに辿り着くなら」


 隆也の言葉に、

 胸の奥で何かが反応する

 

 遠回り


 まさに今

 私たちが歩いている

 この道みたいに


  「数学の話?」

  「んー……半分は」


 隆也の横顔が

 夕焼けに少しだけ赤く染まる

 その色のせいか

 私の鼓動まで

 何かを期待するように早くなる


 沈黙が落ちる

 私と隆也、二人の間を流れる空気が

 少しだけ濃くなる


 私は

 いつもの癖で

 言葉を探し始めてる?

 なにか気の利いた冗談

 軽い相槌

 あるいは

 話題を変える魔法みたいな一言


 けれど

 今日はなぜか

 どの言葉も

 途中でほどけてしまって

 息だけが白く

 春とはいえ

 夕方の風はまだ少し冷たい


  「……ねえ」

  「ん?」


 ようやく

 搾り出した私の声は

 自分でも驚くほど小さくて

 私は慌てて言葉を継いだ


  「もし、私たちがさ……違うクラスだったら、どうしてたと思う?」


 その問いは、

 以前から何度も心の中で反芻していたもの

 もし、席が隣じゃなかったら?

 もし、朝の勉強会を一緒に始めていなかったら?

 もし、この遠回りの道を、最初に提案したのが私じゃなかったら?



  「もし」

 が増えるたびに

 今の私と隆也

 この奇跡

 そして同時に

 この

  「奇跡」

 を、私は大切に抱きしめる


 隆也は

 少しだけ歩く速度を緩め

 私の顔を見ないまま

 前だけを見て

 ゆっくりと答える


  「違うクラスでも、どうにかして話しかけてたと思う」

  「どうにかして?」

  「うん。たぶん、数学のプリント借りるフリとかして」


 その返事があまりにも

  「隆也らしくて」

 私は思わず笑ってしまう


  「フリじゃなくて、本当に借りてきそうだね」

  「そのときは、本当に困ってることにする」


 ふと

 電線にとまっていた

 鳥が飛び立つ気配がした

 その影が

 夕暮れの空に一瞬だけ大きく映り

 やがて小さな点になって消えていく


 私と隆也の影も

 足元で長く伸びて

 二つのシルエットが

 ときどき

 重なったり

 離れたり

 しながら伸びていく

  「交わらない線の上で」

 と名付けたくなるような

 その不器用な図形

 でも

 ふとした瞬間に

 どちらかが半歩だけ踏み出して

 その線は重なり合う。


 信号の前で

 立ち止まる

 茜色の陽光が

 私たちの足元を染める


  「ねえ、隆也!」

  「ん?」

  「なんで、まっすぐじゃなくて、こっちの道選ぶの?」


 ずっと聞けずにいた質問を

 私はようやく口にした

 心臓の鼓動が胸の中で点滅する


  「え? だって……」

 挿絵(By みてみん)

 一瞬

 彼の言葉が止まる

 私はその沈黙が

 怖くてたまらない

 でも同時に

 その沈黙の中で

 隆也の心が

 なにかを探していることもわかる


  「だって、こっちの方が……」


 青信号に変わる音が

 私たちの会話を一瞬だけ遮る

 人の流れが動き出す。

 自転車が横をすり抜けていく


  「綾音と話せる時間、ちょっとだけ長くなるから」


 その一言が

 私の耳に届いた瞬間

 世界の輪郭がすこし揺れた

 風の温度も

 街路樹の緑も

 遠くを走るバスの音も

 全部がすこしだけやさしくなる


 私は前を向いたまま

 うまく顔を上げられない

 頬が熱い

 でも

 目頭はすこしだけ

 夕風のおかげで冷たい


  「……そういうの、ちゃんと言うんだ?」

  「言わない方がよかった?」

  「……ずるい」


 そうこぼした声は

 きっと隆也には

 ちゃんと届いてしまっている

 でも

 「ずるい」

 の中身を聞き返してこないあたり

 隆也らしかった


 ゆるやかな坂を下りきると

 駅へ続く道に合流する

 ここから先は

 もう私たちだけの時間じゃない

 人の波に紛れて

 二人の影も

 少しずつ薄まっていく

 

 改札前で、自然と足が止まる

 ここが、今日の私たちの終点

 そして、明日へつながる始発駅


  「じゃあ、また明日!」

  「うん。また明日。……どっちの道で帰る?」


 自分でも、

 少しだけ微笑む問い

 答えはもう

 わかっているくせに


 隆也は、

 ほんの少しだけ得意げな顔で

 私を見る


  「決まってるでしょ。遠回りの方」


 その答えに

 私は小さくうなずく

 胸の中で

 見えない「チェックボックス」に

 ひとつ印がつく音がした


 今日も

 私と隆也の遠回りの帰り道


 たぶん

 誰かにとっては、ただそれだけのこと

 けれど

 私にとっては

 「一緒に歩いてくれて、ありがとう」

 と

 まだ言葉にできないままの気持ちを

 私の心の中にそっと預ける


 家に帰って

 机に向かう

 ノートを開いて

 今日の日付を書き込む

 その下に

 私は小さな文字で書き足した


  「今日も

   遠回りの帰り道

   私の心は

   まっすぐには進まない

   隆也と一緒に歩くなら

   遠回りでも

   かまわない」


 ペン先から流れ出したインクが

 乾いていくのを見つめながら

 私は気づく

 遠回りの道が

 いつのまにか

 私たちの

  「まっすぐ」

 になりつつあることに

 挿絵(By みてみん)

 ✨️第六季 遠回りの帰り道✨️は

 劇的な告白も

 大きな事件もないまま

 そっと一日を閉じる物語

 けれど

 私の中では

 確かにひとつ

 決定的なことが

 起こっていた気が

 隆也自身の言葉で

  「遠回りの理由」

 を聞いてしまったこと

 それは

 私が勝手に想像してきた

  「たぶん、そうなんじゃないか」

 という仮定法を

 そっと現在形に

 置き換える出来事

 まだ

  「好き」

 とは言えない

 まだ

  「付き合おう」

 とも言われていない

 でも

 私と隆也の足取りは

 たしかに同じ方向を向き始めている


 これから先で

 私と隆也は

 もっと大きな

 遠回りをすることになるのだろう

 夢のために選ぶ進路

 家族の事情

 背負ってきた過去

 これから背負う未来

 きっと

 ひとつひとつの分岐点で

 すぐには決められない道を

 前に立ち尽くす


 それでも

 今日みたいに

  「どっちの道を帰る?」

 という問いに対して

  「遠回りの方」

 と微笑みながらの

 私と隆也の絆は

 きっと大丈夫だと

 信じたい


 次の季

 ✨️第七季 青いノートの余白✨️では

 私のノートの片隅に

 書き溜めてきた

 “まだ言葉にならない気持ち”

 たちが

 少しずつ形を持ち始める

 勉強会のメモの間に紛れた

 小さな落書き

 授業中のノートの隅に残された

 意味を持たない線。

 そして

 ふとした瞬間に書いてしまった

  「魚住隆也」

 という四文字の重さ


 遠回りの帰り道で

 育ち始めた感情が

 青いノートの隅

 埋めていくとき

 私はようやく

 自分の気持ちと

 正面から向き合うことになるのだろう


 たとえ

 答えに辿り着くまで

 もう少し遠回りをすることになったとしても

 そのすべてを

 これからも

 隆也、あなたと一緒に記していきたい

 私、大隅綾音の

  「心の季節」の続きを

 どうか見届けていてください……ね

 挿絵(By みてみん)

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