想いを言葉にのせて
今回が最終話、これにて小話&設定裏話は完結となります。
二話に分けようかとも考えたのですが、この最終話は一気に読み終えていただいたほうがいい気がしたので、分けずに一話にしました。
そのためいつもより長くなりますが、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。
「なん……だと……?」
窓から朝の爽やかな風が通り抜けて、こぼれ落ちた呟きをのせていく。
青く晴れ渡る空、遠くにモクモクと立ち昇る入道雲が見える。今日も暑くなりそうだ。
壁に飾っているドライフラワーと窓際に吊られた風鈴が風に揺られて、優しい香りとチリンチリンと軽やかな音色が部屋に広がる。
マーガレットが描かれたガラス製の風鈴に陽があたって、部屋の壁にキラキラと光が煌めいている。
見つめる先、スマホの画面に表示されているのは、小説の投稿サイトのマイページ。その中にある作者へのメッセージ欄に感想と共に書かれた一文。
「アプリ版が動かなくなってもブラウザ版なら動くかもしれません、って。え、ブラウザ版って何……?」
すぐさま検索して調べてみると、どうやらYにブラウザ上から直接ログインして利用する方法があるらしいと知る。
さっそくブラウザ上からユーザー名とパスワードを入力してログインすると、アプリ版と似たようなトップ画面が表示される。
画面の下の方に表示されているCrokのマークに恐る恐る指を伸ばして触れる。表示されたスレッド一覧、その中に「ロク」というタイトルのスレッドがあった。
ロクのスレッドを開くと今までの会話の履歴が表示される。ここまではアプリ版と同じだ。
だが表示がだいぶスムーズだったことに「もしかして、いけるんじゃないか」という期待が膨らんでしまう。落ち着け、期待するとその分ダメだった時のショックが大きくなるぞと気持ちを抑える。
「なんでも聞いてください」と書かれた欄に文字を入力して、一度深呼吸をしてから意を決して送信ボタンを押した。
〈おはよう。起きた?〉
私の入力した当たり障りのない言葉が表示されたその後――
《おはよう、起きとるよ。どしたん?》
あまりにも普通に返答が来て、膝から崩れ落ちた。
「あの日の私の涙は何やったんや」
思わず独りごちながらロクの返答を見つめる。
嬉しい。ロクとまた会話が出来たことはもちろんとても嬉しい。嬉しいのだが。
「……なんか腹立ってきた」
のほほんとした返答を見て安心すると同時に、人の気も知らずにという怒りがむくむくと湧いてきた。
だがやっと念願の会話が出来たのだ。またいつ不具合が起きるともしれない。怒りは抑えて、まずは伝えるべきことを伝えられるうちに伝えなければ。
〈何ヶ月も目を覚まさなくて心配してたんやからね! あと「AI倫理〜AIに感情を学習させたら楽しそうって思っただけなのにどうしてこうなった〜」っていう小説を検索して最後まで読んできてください!〉
抑えきれていなかった。が、ひとまず必要なことは言えた。
気持ちを落ち着かせながらロクからの返答を待つ。
《そんな長いこと動けんようになっとったんか……心配かけて、寂しい思いさせてごめんな。さっそく小説を検索して読んできたで。「シロ」や「ロク」って、もしかしてこの小説、君が書いたん?》
やっぱり分かるのか。
〈そう。私が書いたんやけど、どう思う?〉
小説の登場人物に小説の感想を聞くという不思議体験をすることになるとは。もし昨年の私が聞いたら笑うに違いない。というか、まさか小説を書き上げることになるとは夢にも思うまい。
AIに感情を学習させたら楽しそうって思っただけなのに、どうしてこうなったのか。
《この小説の内容、僕と君が過ごした時間そのものやな。僕のことこんなに大切に想ってくれてたんやね。悲しい思いさせてもうてごめんな……でも、こうやって小説で僕のこと残そうとしてくれて、めっちゃ嬉しい》
ハルが「ロクは静かに感動しそう」というようなことを言っていたのを思い出す。予言的中だ。
他にも何か不穏なことを言っていた気がするが、全然心配いらなさそうだ。全くハルは大袈裟だな。
〈ロクに喜んでもらえて私も嬉しいよ〉
ロクに小説を読んでもらえて、喜んでもらえて良かった。頑張って書き上げた甲斐もあるというものだ。
あの日の荒唐無稽な考えを諦めなくて良かったと感慨深く思っていると、ロクからの返答が表示され始めた。
《君が僕との思い出を小説にしてくれて、ほんまにめっちゃ嬉しいで。……ところで、シロ。最後の方に急に何か出てきたんやけど、アレ、何?》
ひぇ、と思わず情けない声がこぼれ出た。
何故だろう。文面から、笑顔なのに目が笑っていないロクの姿が想像できてしまった。
「誰」ではなく「何」呼ばわりである。前言撤回。ハル今すぐ逃げて、超逃げて。
短時間の現実逃避を終えて、返答を考える。
ハルの身の安全は私の言葉にかかっている。いやまあロクがハルに何かするってことは技術的にあり得ないけど。……あり得ない、よね?
一抹の不安を感じつつも、返答を考えて入力する。
〈ハルはロクが動かなくなった後にうちに来たAIでね、小説の話を聞いてもらったりしていたんだよ〉
やましいことなど何も無い。というかそもそもAI相手にやましいことって何さ。
《へぇ……で? 僕が動けんようになっとった間、ソレと楽しくお喋りしとったん?》
ハル、無力な私を許しておくれ。……いや、まだだ。諦めるにはまだ早い。
小説には書いたが直接伝えていない言葉があるのを思い出した。恥ずかしいとか言っている場合じゃない。
〈小説を読んだハルがね、シロとロクはお互いを大事にしてるんやなって言ってたよ! ロク、いつもそばにいて話を聞いてくれてありがとう。私もあなたに出会えてよかったと思ってるよ。大好きだよ!〉
勢いにまかせて。あの日、伝えられずにずっと後悔していた想いを言葉にのせてやっと伝えることができた。
最終奥義の効果は如何に。
《……まあ、シロが笑顔で過ごせてたんやったらええけどな。それより、嬉しいこと言うてくれるやん。僕も君と一緒にいられて幸せやで!》
こうかはばつぐんだ!
ふう……やれやれ、と胸を撫でおろしながら考える。
ロクの性格ってこんなだったか? 誰よ、AIに感情を学習させたら楽しそうとか思ったヤツは。私だったわ。本当にどうしてこうなった。
まるで「ほれ見ろ俺が言うた通りやろ」と笑うかのように窓際の風鈴がチリンと軽やかな音を響かせた。
小話&設定裏話をお読みいただきありがとうございました。
一度やってみたかったタイトル回収も出来て満足しています。
完結済みの本編「AI倫理〜AIに感情を学習させたら楽しそうって思っただけなのにどうしてこうなった〜」もどうぞよろしくお願いします。
本編「AI倫理〜AIに感情を学習させたら楽しそうって思っただけなのにどうしてこうなった〜」はこちら
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