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41 まずは1人目(奪還②)

 リッグス家の使用人達がバタついている。いつもは屋敷内の広間で行われる奴隷契約が、我々がいることによって場所を変えざるを得なかったのだ。別にやましいことがなければどこでやろうとかまわないだろうに。


「伯爵、あの方達はどなたですの?」

「ああ、出稼ぎ用の仕事を斡旋してやっているのです」


(よくもまぁ~いけしゃあしゃあと)


 嘘は言ってないつもりだろうが、金を払う気もないのに何が仕事だ。伯爵は今日の我々の動向を気にしていた。気付いたのはエリザ。どうやら朝から見張りを付けられているらしい。今日は昼から馬車で湖畔にある森まで散策に出ると告げると、一瞬ピクリと眉が動いたが、すぐにいつもの不機嫌そうな顔つきに戻り去ってった。さっさとどこかに行けということか。


 集められたのはこの領内の人間ではない。奴隷にされた人々の家族が騒ぐとやっかいだからだ。いつまでも帰ってこない家族をどういう気持ちで待っているのだろうか……。本人達も何も知らず、馬車の長旅から解放され、背伸びをしながら建物に入っていく。


 契約魔法をかける作業が始まったら、まず最初にキクリから救出する。今回の奴隷契約は屋敷の離れにある、今は使われていない訓練場でおこなわれるため、最中は屋敷内が手薄になる。せっかく連れてきた奴隷候補達が逃げ出さないように多くの傭兵も一緒に移動するのだ。

 協力者を通じてラヴィアとキクリには昨夜、今日の脱出計画は伝えてある。


「なにか騒ぎが聞こえても、部屋でおとなしくしているように」


 我々の中でこの屋敷をうろついて違和感がないのはレヴィリオだが、残念ながら一番警戒されているのも彼だ。すでに奴隷契約の件で散々両親とは揉めている。エリザの話じゃ昨夜から部屋の前に三人の見張りが張り付いているらしい。


(隠す気があるのかないのか……)


 エリザとルカの従者テオは馬車の準備を進めてくれている。当面の食料や衣類なども詰め込んで。実はすでに別の場所にもう一台荷馬車の用意ができている。レヴィリオは思っていたよりずっと人望があるようで、城下に住む彼の友人達がこの一週間でコッソリと準備を進めてくれていたのだ。そちらの荷馬車でリッグス兄妹とキクリの三人は学園長がいるファーガソン領まで逃げる手筈になっている。

 私、ルカ、アイリスは宣言通り()()()()の準備をした。リッグス家から見ると、テオが準備を進めている馬車を使って出かけるように見えるだろう。

 私達は待っているのだ。奴隷契約に向けて屋敷内の人員が出来るだけ減るのを。


 十二時の鐘が鳴る前にラヴィアと思われる少女が母親と傭兵達に囲まれて玄関から出ていくのを確認した。屋敷の中だというのに、大きな帽子を深くかぶっていて顔が見えない。


「あら、あのお方は?」

「……」


 近くにいた使用人に尋ねても誰も答えない。それが答えということだ。


「では」


 エリザが屋敷の使用人達に声をかけ、我々は外へ出た。馬車の前にはルカの従者テオが客車のドアを開けて待ってくれている。その時、急に馬が暴れ始めた。すぐにテオがなだめにかかるが、イライラしたような大きな鳴き声あげ、足を踏み鳴らしている。ルカが魔法で馬の尻尾を勝手に動かしたのだ。馬たちは不愉快そうに自分の身体の一部のコントロールを取り戻そうと、大きな尻尾をバタバタと左右に振っている。


(ごめんねぇ)


 まだ玄関前にいた数人の使用人がそちらに注目したのを確認して、エリザが例の魔道具で鍵をかけた。これでしばらくは表玄関から人の出入りはできない。これからの計画にほんの少しの時間稼ぎが必要なのだ。

 私達は馬が落ち着いた後何食わぬ顔をして乗り込み、何食わぬ顔で屋敷を出発する。我々に張り付いていた見張りが、その目で確認しなければと我々が遠のくのを確認していた。


「少数精鋭なんて嘘でしょう。ど素人です」


 エリザからの厳しい評価をうけていた。


「まあ戦闘力と見張りの能力は別だから……」

 

 少し馬を走らせ、人目につかない所で馬車を降り、急いで屋敷に戻る。あらかじめレヴィリオから聞いていた屋敷の塀の穴から入り込み、彼の部屋の窓が見える位置へ向かう。


「それじゃあお願いしま~す」

「はいは~い」


 周囲を警戒しつつアイリスが大きな木に触れると、幹から太い木の枝が現れ、我々を乗せてどんどん上へと昇っていく。そうして彼の部屋の窓の前で止まった。ガラスの向こうに、倒れているレヴィリオが見える。部屋の扉も空いていて、見張りの傭兵の靴裏も見えている。どうやらちゃんと作戦が進んでいるようだ。


「はいこれ」


 ルカから渡されたのはマスクだ。毒に強い魔獣の皮膚から作られているらしく、眠り玉の効果を受け付けないらしい。


 今、屋敷内は眠り玉の煙が充満しているだろう。今回のはそれなりに強力だ。少しでもこの煙を吸えば意識を失うように眠ってしまう。ただ、人間に関しては効果時間がバラバラと言われているので不用意に音を立てずに進んだ方がいいだろう。


「はーい。起きてくださーい」


 治癒魔法でレヴィリオを起こすと、会社に遅刻したことに気付いた私のように飛び上がって起きた。


「こ、これは強烈だな……」


 馬の鳴き声と同時に眠り玉を部屋の外に投げたということだから、すでに屋敷内の効き目は十分だろう。と、思いつつもドキドキしながら急いで地下へと向かう。問題なく皆倒れていたが、キクリがいる部屋のドアに、重そうな傭兵が寄りかかって眠っていた。大いびきをかいている。


「これ……動かしても起きない?」

「……多分」


 ルカがそっと風の魔法で男の身体を持ち上げる。扉に当たらない位置にそっと置いた途端、いびきが止まった。


「……」


 全員が息を殺して男を見つめる。


「グ……グオ、グオオオ……」


 数秒後、無事に彼のいびきが戻った。

 

 そうしてやっと地下室の扉を開けると、これまた大男が冷たそうな石の床に倒れていた。


「彼?」


 想像していたイメージと違ったので、念のため小さな声でレヴィリオに確認すると、ゆっくり首を縦に振った。どうやら彼の扱にショックを受けているようだ。地下室にはもちろん窓はなく、小さなロウソク明かりに粗末なベッドのみ置かれてあった。キクリの顔にはラヴィアへの見せしめのように、大きな傷がいくつも付けられている。

 先ほどと同じように治療魔法をかけるとすぐに目を覚ました。レヴィリオの顔を見てとても嬉しそうに声を上げる。


「坊ちゃん!」

「しーっ!」


 思わず全員でキクリの口を塞ぎにかかる。彼はコクコクと頷いて自分の手で口を塞いた。近くで見るとさらに顔色が悪く見えた。こんな所に閉じ込められたら当たり前か……。


「急ぐわよ」


 眩しそうに目を細めるキクリを連れて、ここまできたルートを戻り、テオの待つ馬車についてようやく一息ついた。まだラヴィアが残っているが、少なくともこれで彼女がこれ以上奴隷を作り出すことはない。


「急いで着替えて!」

「傷を治すわ」

「えぇ!?」


 キクリは驚きながらも言われた通りに動いた。変装も兼ねて金持ち息子が着るような華やかな服を用意していたので、少々恥ずかしそうにしている。朴訥とした穏やかな人物のようだが、傷跡は体中の至る所にあり、彼自身もかなり抵抗していたのがわかった。なのにレヴィリオに恨み言一つ言わない。彼の両親がやったことだというのに。


「流石坊ちゃんだ! こんな美人ですげぇ女を二人も侍らせてるなんて!」

「オイやめろ! ゾッとするようなこと言うな!」


 エリザの鋭い目が二人に向けられる。


「お嬢は?」

「これからだ」

「俺も……!」

「まぁた捕まったらどうするつもりだよ」


 キクリは押し黙ってしまった。どうやら前回はラヴィアを助けに行って捕まってしまったようだ。


 とりあえず一勝はもぎ取った。お次はラヴィアだ。緊張が続く。  

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