40 下準備(奪還①)
我々は奴隷契約が行われるまで無理やり理由を作ってなんとかこの屋敷に居座らないといけない。
リッグス領の城下街で、伝統工芸の可愛らしい刺繍が施された生地を探したり、小川に連なる美しい小池を散策したり、山羊の餌やりにチーズ作り体験をしたり……前世での記憶まで総動員いしてリッグス領で遊びつくす。意外と楽しくて本来の目的を忘れかけ、レヴィリオに苦言を呈されてしまった。
「ここ、貴族の保養地としてよさそうじゃない?」
居座って四日目、リッグス伯爵夫妻からレヴィリオに私達を追い出すよう指令がくだった。それをレヴィリオがお得意の反抗で無視する。むしろ両親への嫌がらせとして、一夏過ごしてくれてかまわないと執事達の前で言ってくれたことで、あれこれ理由を考える必要がなくなってホッとした。
七日目、いい加減鬱陶しかったのだろう、本気で一夏居座るつもりかもと不安になったのかもしれない。居留守を使っていたリッグス伯爵夫妻が出てきたのだ。つーか一週間も居留守なんてよく使えたな? ある意味根気のある人物なのかもしれない。
「これはこれは、リディアナ様、ルカ様、この度はご挨拶が遅くなって申し訳ございませんでした。少々隣領まで……何分忙しい身の上でして」
「どうもリッグス伯爵。楽しませていただいておりますわ。それより……」
レヴィリオの予想通り過ぎて笑えたが、一緒にいるアイリスをガン無視だ。平民に下げる頭はないってか。後ろに控えている伯爵夫人の目の怖いこと。
「私のお友達に挨拶いただいけてないようですが? アイリス・ディーヴァ嬢です。学園では特待生ですの。今から仲良くしていて損はないですわよ」
嘘は言っていない。初代聖女の末裔で未来の聖女様だぞ。アイリスは愛想よくニコリと可愛らしい笑顔を向けている。
「……我々にそのような文化はありませんので。恐れ入りますが、明日から少々屋敷がバタつきます。すぐにご出立くださいませ」
な~にが文化じゃ! 腹立たしい。はい、初代聖女の末裔に不敬したのでダメポイント加算です。
(そろそろ運び屋が来るのね)
いいヒントをどうも。私はずっとリッグス伯爵夫妻が奴隷商とでも手を組んでいるのだと思っていたが、実際は奴隷商などおらず、奴隷になる人を集め、それを運ぶ部下がいるだけらしい。伯爵家自体が奴隷商だったのだ。仲介手数料がない分お安くできますってやつか?
商売事を始めるのはかまわないが、品物がマズイと思わなかった?
「こちらは気にしません。どうぞおかまいなく。明日はボート遊びをしますのよ」
「……別の屋敷を用意させます」
「あら嫌だわ。私このお屋敷気に入ってますの。使用人の方々もいちいち世話も焼いてきませんし気楽に過ごせますのに」
まあアリアがこの扱い受けたらブチ切れ決定だな。連れてこなくてよかった。
「本当! このお屋敷最高だよ! 帰ったらお母様に報告しようね!」
ルカが屈託のない笑顔を向ける。なかなか演技派じゃないか。どうする? 公爵家の長男がママに今回の扱いをチクるってよ。
リッグス伯爵は苦々しい顔をしていたが、公爵家を直接敵にまわすべきでないと判断したのだろう。このまま屋敷にいてもかまわないことになった。
「奴隷にされた奴らの行き先がわかった!」
部屋に戻るとレヴィリオは少し興奮して待ち構えていた。何より彼らが欲しかった情報だったからだろう。これを元に契約魔法によって奴隷にされた人達を解放しに行ける。リッグス伯爵のマメな性格が幸してか、奴隷売買の記録が残されていたのだ。もちろん、それとわからないような記載になっているが、家族にはわかる暗号のような略称で、送り先とその人数が記載されているらしい。運び屋の方を締め上げようかと思っていたのだが、その必要はなくなった。
「僕の魔道具すごいでしょ~」
「あれは魔道具なのか……?」
レヴィリオは父親の性格から、この奴隷売買の記録の存在を確信していた。置き場も想像がついた。寝室の壁に埋め込んである金庫の中だと。
「ずっと昔、大事なものをしまうんだって見せてもらったことがあんだよ」
寂しそうには呟くが、目には少しの揺らぎもなく強い意志を感じた。散々両親をクソだと罵ってはいたが、きっとそれ以外の思い出がないわけではないんだろう。
「とりあえず鍵だ」
金庫の鍵は常に伯爵の腰に付いていた。あそこから盗むのは難しい。服を汚して着替えの隙に? いややっぱり就寝時を狙う? などとアイディアを出し合っていたが、ルカの魔道具であっさり解決してしまった。
「それ、世に出回ったら大変なことになるわね」
「わかってるって! コレしか作ってないよ」
なんと、どんな鍵でも開けられるという盗賊向けのアイテムを作っていたのだ。半液体のスライムを鍵穴に流し込んで、そのスライムが元の形に戻ろうと固体化することによって簡単に鍵を開けることができる。大変シンプルな仕掛けだ。
「いやぁ苦労したよ~」
「ルカ様は天才です!」
「あのスライムって生きてるの?」
「そんなわけないじゃん! 加工がなかなか大変なんだよ〜」
ルカの従者であるテオはライアス領の孤児院にいた。冒険者の父親について回っていたからか魔物の素材に大変詳しく、ルカと大変話があってそのまま自分の従者にしてしまったのだ。だから従者というよりは助手の役割が強い。
魔道具の大家ヴィンザー帝国に習って機械のような見た目の魔道具を作っていたルカだったが、彼との出会いであらゆる素材を試すようになり、オリジナルの魔道具を作り上げるようになった。テオは見た目が厳つく肉弾戦も得意なので、一見ひ弱そうに見えるルカのいい盾にもなってくれている。
カメラも以前より小型化していた。ブローチ型のそれはまさに隠し撮りにもってこいで、その場ですぐに撮影したものを見ることはできないが、別機に入れて現像することが可能だ。まさに前世の使い捨てカメラ……コストはかなり高いが。こちらもまだ出来たばかりなので知っている人は極少数だ。
いよいよ運び屋がリッグス領へやってきた。馬車二台分、二十人ほどが屋敷の離れに入っていくのが見えた。アイリスへの不敬ポイントは地味に溜まりはしたが、決定打もなく当日を迎えることとなった。アイリスも屋敷内で水魔法を使ったり、植物を茂らせたりとそれなりに暴れたのだが、終始嫌味だけで終わってしまった。意外と我慢強い。ライザだったら怒髪衝天して怒り狂うだろうに。
だが世間的にはこれが普通なのかもしれない。アイリスの後ろには公爵家が後ろ盾としているわけだしね。我々は通常の貴族の感覚をもう少し深堀するべきだった。
(ちょっと考えが甘かったわね)
この翌日、ラヴィアとキクリの救出をおこなった。




