39 救出作戦
我々は西の森から王都へは戻らず、そのままリッグス領へと向かった。アリアはあのまま王都へ戻り、馬車の中は私とルカとアイリスの三人だ。今回のレヴィリオ妹脱出計画(仮)はレヴィリオに断った上でレオハルトへ知らせた。何故なら男子生徒の実家に行ったなんて話が後からバレたらどれだけ荒れるかわからないからだ。
もちろん詳細はぼかし、レヴィリオの妹が両親から酷い暴力をうけているから救ってくると伝えている。剣術大会の一件があったからか、特にごねることもなく承諾してくれた。かなり心配はしていたが。
「のどかだねぇ」
レヴィリオの話から荒れ果てた領地のイメージがあったが、全くそんなことはなく、遠くに小高い山々があり、小川が流れ、山羊のような動物が忙しそうに口を動かしているのが見えた。
「こっちのヤギってデカくない?」
「そうなの? 異世界のやつは小さいんだ」
赤ちゃんくらい? とルカはいまいちピンときていないようだった。
「こっちの家畜は全般的に大きいわ。やたらとツノもついてるし。魔物がいるからかしら」
「馬もデカいよね? 前世で乗馬なんてしたことないから知らないけどさ」
日が暮れる前にリッグス家の屋敷が見えた。さあ、我儘な公爵家の姉弟と非常識な平民の女の子が乗り込むぞ! 第一王子の婚約者としての評価は、貴族派の人間からはどの道ないようなものだ。
レヴィリオとは学園の最終日に打ち合わせは終わっていた。手紙は万が一誰かに見られたら悪いので送っていない。魔獣討伐が予定より早く終わったが、すでに彼はこの屋敷に待機しているはずだ。学園からのペナルティである大量の課題を抱えて。あの学園長、その辺容赦がない。
一緒にいたルカの従者テオとエリザが屋敷に話をつけてくれた。ライアス領へ行く途中寄り道をしていたら、いい宿が見つからないので泊めて欲しいと。
相手はなかなか返事をしなかった。公爵家の人間の頼みを聞かないと角が立ってしまうが、貴族派のリッグス家としては我が家とはあまり仲良くしたくない。周りに裏切り者だと思われても面倒くさいことになる。だから我々を待たせた。少しでも抵抗した跡を残したのだ。
「お待たせして申し訳ありませんでした。伯爵は今留守にしておりまして……どうぞゆっくりお過ごしください」
無愛想な執事が部屋まで案内してくれた。伯爵夫妻は居留守だろうが、今日のところはまあいい。どの道あっちがやらかすまで居座るつもりだ。
「うわ部屋広っ! 早速あからさまに差を出してきてんじゃん! あたしのとこ多分使用人部屋!」
アイリスもルカも私の部屋に集合した。早くも平民との扱いの差を出してきたのか。言っとくけどこの子、お宅の息子さん救った人間なんだけど!
「こっちで一緒に寝ましょ。本当に聞いた通りの家ね」
「お前らがおかしいだけで、だいたいの貴族はこんなもんだろ」
レヴィリオも自室を抜け出していた。帰省してから見張りが付いていて動きがとりづらくなっているらしい。
「学園であんなに暴れるから~」
「……」
言い返す言葉もないようだ。両親から今回の騒動について特に言及はなく……というか無視されているとのこと。腫れ物に触らないようにしているのか、それとももう卒業までの関係だと割り切られているのか。
「眠り玉、役に立っただろ?」
「ああ! あれは便利だな。今日もそれを使って出てきた」
学園を出る前、ルカがレヴィリオに効果を薄くした眠り玉を渡してくれていたのだ。その煙を吸った本人はうたた寝していたな、程度に感じるので、使ったことすらバレにくい。
眠り玉は比較的新しくこの国に入ってきた対魔物用の武器だ。使い方を間違えると他人を巻き込む恐れがある為、あまり市中には出回っていないのだが、魔物の森のあるライアス領に伝手のある私達は簡単に手に入れることが出来る。
「妹……ラヴィアとは話が付いてる。お前らが滞在中、いつでもいけるよう準備させた」
今回の第一目標はレヴィリオの妹、ラヴィアをこの家から出すこと。彼女が惚れている青年と一緒に。これでとりあえずこれ以上奴隷商売は出来なくなる。
第二目標はリッグス伯爵を誘導し、我々に……というかアイリスに不敬を働かせること。流石に私とルカに何かすることはないだろうが、アイリスの扱いがこれなら期待が持てる。息子の話じゃ今やリッグス伯爵は平民のことをただの商品としかみていないようだから。何かやらかしたらこちらのもんだ。アイリスの身元を開示し、王と教会にチクる。何のお咎めなしとはいかないだろう。
(ほんの少しでもリッグス家の調査をしてもらえばいいのよ)
ここまで大掛かりに動いていたらどこかでボロが出る。
当初は、リッグス伯爵がやらかした後のごたごたに紛れてラヴィアを連れ出そうかと思っていたが、ルカが加わったことでやれることが増えた。さらに逃亡後は学園長が匿ってくれることになったのだ。もちろん牽制の為にルカの魔道具を使って物的証拠は揃えるつもりでいたが、正直この学園長の後ろ盾ほど強いものはない。安心感が違う。
ラヴィアは屋敷の最上階に幽閉されており、彼女の想い人のキクリという青年は地下に囚われている。週に一度の面会で無事は確認出来ているそうだが、最近顔色が悪く心配しているそうだ。
「最近じゃ妹本人よりもキクリを痛めつけた方が早いって気付いたみたいだからな」
やり口が汚すぎる。まさに悪逆非道。
ただ、屋敷内にはレヴィリオ達の味方も上手いことラヴィアとキクリの世話係として入り込んでいるらしい。それが彼女らの小さな救いになっている。
「契約魔法でラヴィアの能力と屋敷内の情報は一切口外できなくなってはいるが……」
使用人全員がこういった契約魔法を結んでいるらしい。契約違反を犯した場合、口が裂けるようになっているそうだ。そうなるとなかなかの魔力を使っているのがわかる。裏切り防止と、万が一のことを考えてコストの高い方法を取っていた。その為、城内の使用人の人数は他より少なく感じる。
「この件に反対するようなまともな家臣はそうそうに解雇しちまってんだ」
レヴィリオは頼れる相手もなくこれまで一人でどうにかしようと頑張ってきたのか。
「潜り込んでるやつらがいい仕事してくれてるよ」
「でもこちらに情報は流してもらえないんでしょう?」
「まあな。だがこっちの情報はらヴィアに流してもらえる。俺が出向くより確実だしな」
レヴィリオの仲間は、彼らが幼い頃屋敷を抜け出して一緒に遊んでいた平民達で、何の見返りもなく協力してくれているらしい。
「へぇ~そんなことってあるんだ~」
こらこら~無償の愛……無償の友情に対して、少女漫画のヒロインがそんなこと言うな。
「まあバレてこっちに何かしてきたらそれこそやり返せばいいしね」
「そっちの方が手っ取り早いかも」
「じゃあこれ別プランだね」
「何だこの戦闘馬鹿姉弟……」
こそこそせずにドンパチやって救出する方がコトは早く済むだろう。その分後からゴタゴタするが。屋敷が壊れるのと怪我人が出るのだけが気がかりだ。
レヴィリオに屋敷の兵力を聞いたが、正直私とルカで負ける気はしない。悪事を働いているためか、少しでも露見を防ぐため城内の人数を制限しているらしく、屋敷内にいるのは少数精鋭で雇われた傭兵で、その傭兵はまんまと眠り玉で眠ってしまうレベルときた。
「いいから当初の作戦通りしろよ! 言われた通り、帳簿のシャシンは撮ったぞ」
「おお! やるじゃん!」
証拠は着々と集まっている。あとは奴隷契約書が見つかるといいんだが。レヴィリオの話ではおそらく来週あたりに奴隷商がやってきそうなのでその時を狙っている。どちらにしろ、大きな証拠をゲットできた時点でラヴィアとキクリを救出だ。




