38 プロポーズ
「私、卒業したら騎士団に入りますわ!」
思いがけないアリアの爆弾発言に飲んでたお茶をむせてしまった。その場にいる全員がだ。ゲホゲホと苦しそうに息をする。エリザ達は帰りの馬車の準備を進めてくれていた。新型魔獣を倒して二日。しばらく寝たきりだった村人達の追加治療も終わり、私達はお役御免である。
「厳しいこと言うようだけど、騎士団に侍女は連れていけないわよ」
確かに今回、アリアは魔獣討伐でいいアシストをしたし、彼女の魔力量は騎士団にとっても魅力的だろう。だが、所詮アリアはいいとこのご令嬢だ。私達とつるむようになって、若干くだけてきたものの、間違いなく一番令嬢らしい令嬢だ。自分の世話が出来ないタイプの。
「かまいません! まだ卒業まで時間はありますし、今から間に合わせます」
いやぁ。無理だと思うな……だけどそれを口にしない。アイリスもルカも目を合わせて真実を告げていいものかとティーカップの縁を見つめている。アリアはやる気はあるし責任感もある。慣れない村での生活でも愚痴一つはかなかった。
「ヴィルヘルムの事、そんなにお好きなんですか?」
全員の体がビクリと震えた。急に話に入ってきたのはマッドだ。いつの間に? どうやらアリアの想い人を知っているらしい。
「…………はい」
「報われなくても側にいられればそれでってことですか?」
「…………そうです。不純な動機で申し訳ありません……」
アリアも予想外の人に告白することになり恥ずかしそうに頷いた。マッドは額に手を当てて何か考え込んだかと思うと、
「たはーー! なんて羨ましい奴だっ! こんな可愛いご令嬢に愛されるなんて!」
「団長さんはヴィルヘルム様のこと知ってるの?」
「そりゃ知ってますよ〜! アイツは兄上の第五騎士団長よりよっぽど曲者でしてね。ヘラヘラしてますが何考えてるかわかんねぇとこありません?」
曲者か……確かに最初に会った時、上手いこと言いくるめられて伯父共々オルデン家に行くことになった。そこでルイーゼと仲良くなれるきっかけができたからいいんだけど。
「酷いな~! これでも国の為に真面目に働いてるんですよ?」
「!!?」
声にならないほど驚いた。まさかのご本人登場である。と言うか、なんでここに!?
「討伐完了早くないですかー? 第八騎士団仕事しすぎでしょ」
「ちゃんと引き留めただろ~! 俺程度で公爵家をお引き留めするのがどれほど難しいかわかってんのかぁ?」
二日前、あのマッドが大変言いにくそうに村人の看病をお願いしてきた。それもアリアの方を向いて。アリアの快諾後、取って付けたように私達に追加の治療をお願いされて不思議だったのだ。被害に遭った村人は命に別状はなかったが、長らく横たわっていたせいかフラフラとしているものが多く、今後の生活に支障が出るのは明らかだった。その辺を普段は騎士団が兵達が多少面倒見たりするのだが、一気に百五十人近く復活させていたため手が足りなくなっていたのだ。
「あ~お尻が痛いなあ。こんなに馬に乗ったのも久しぶりだ」
「それで? どうしてヴィルヘルム様がここに?」
第十二騎士団は基本王都とその周辺の警備がメインの持ち場だ。魔獣討伐に出てくる理由もないのだが。妹のルイーゼも今は王都だし、本当、何しに来たんだ?
「そりゃあもちろん、アリア嬢をお迎えに」
「へ?」
気の抜けた声を出したのはアリア本人だ。マッドはニヤニヤと笑っている。なんだなんだ。また急にそんな思わせぶりな態度を取って。
「まさか父が何か!?……私、まだ屋敷に戻るつもりはありません!」
「連れ戻しに来たわけではありませんよ」
「では……」
「アリア嬢をもらい受けに参りました」
いつもの調子で告げた。ルカはあんぐり口を開け、アイリスは叫びたいのを我慢しているようだ。私も騒ぎ出したいのをグッとこらえてアリアの反応を待つ。
「あ……ん?……へ?」
あ、フリーズしちゃった。
「あれ? さっき私への愛を語ってくれてましたし、問題はないかと思ったんですが」
いったいいつから聞いていたんだ。ほぼ最初からじゃないか。
「駆け落ちでもするの?」
アリアのフリーズがまだ治らないので、ルカが興味津々、身を乗り出して尋ねた。
「そんなまさかぁ! ルイーゼじゃあるまいし、アリア嬢に普通の生活は無理でしょ~」
「え、じゃあ?」
「私のお給金も少し上がりましたし、アリア嬢のお祖父様が私を気に入ってくれていましてねぇ。結婚したら王都にお屋敷を用意してくれるそうですよ!」
こいつまた裏でこそこそやってたのか! いったいいつの間にアリアの祖父と仲良くなったんだ。ルーフェンボルト家側の祖父はすでに亡くなっている。と言うことは母方のレネ家だ。しかしアリア母の実家かぁ……考えたな。彼女の母親の実家であるレネ商会は内陸貿易が得意な家だ。歴史あるとても安定した大商会の一つである。
「えー。それって金目的ってことー?」
アイリスが一番聞きにくいことをズバッと聞いてくれた。
「アハハ! それならアリア嬢にレネ家へ養子に行ってもらってから結婚する方がよっぽどスムーズにお金が入りますよ」
「そんな話がスラスラ出るってことは考えたってことじゃん!」
「そりゃあこの求婚がダメだった時のことは色々考えてますからね」
まったく悪びれた様子はないから、本気で金目的ではないのだろう。アリアとの生活にお金がかかるという現実的な問題に冷静に対応したということか。お金はいくらあっても困らないしな。
「父上にも許しを得て、ルーフェンボルト家に正式に申し込みもいたしました。後は私の腕の見せ所ですね!」
アリアに何の断りもなく話を進めていたのが凄いな。あれだけアリアにアピールされていれば自信もつくというものか。あとはアリアの実家に認めてもらうだけだ。オルデン家もルーフェンボルト家も同じ侯爵家だが、人気で言うとオルデン家が圧倒している。
「……甘さが足りない! 足りないわ! はい! やり直し!!」
「え?」
アイリスのボルテージが上がっていく。そりゃそうだ。だってこれってプロポーズでしょ? こんなアッサリなんてつまらない! ……私達が。しかし私は見た、あのヴィルヘルムが少し照れているぞ。耳の端に赤く見える。
「アリア~アリア~しっかりして~?」
まだ固まったままのアリアを揺らす。固まったままの状態でもじっとヴィルヘルムのことは見つめていた。今までの会話は頭に入っているのだろうか……。
アイリスの大声にやっとこさ、はっ! と目が覚めるように体を立て直し、震える唇で質問する。
「あ、あああの……いつお心が変わられたのでしょうか……」
アリアは一度逆ポロポーズに失敗している。まあ突然なんの脈略もなく言われたヴィルヘルムが断るのも仕方がないとは思うが……。それにルイーゼだ。妹に気を使って結婚する気がないという話もあった。
「アリア嬢にプロポーズされてからでしょうか」
「そ、そうですか……!」
どうやらそれから意識してもらえたらしい。アリアの突拍子のない行動がまさかキッチリ実を結ぶとは。これも日頃のおこないか。
「……ただ、アリア嬢に結婚の申し込みが殺到してしまったのには焦りました。本当はゆっくり、学園をご卒業するまでにお話しをまとめられたらと思っていたので」
「そそそ、そうですか……!」
これは嬉しい告白だ。あのヴィルヘルムが焦って動いたなんて想像できないが、それなりに前から準備をしていたということだろうか。
「アリア嬢はルイーゼの件、ご存知でしょうから正直に言っておきますね」
「はい」
「私が結婚すれば自分も結婚相手を積極的に探す約束をしました」
ルイーゼ! ナイスアシストじゃないか。兄の気がかりを少し軽くしたのか。
「それにその内お耳に入ると悪いので先に伝えておきます」
「はい」
まだあるの!?
「母と兄嫁が組んで私の結婚相手を探し始めました。本気の二人から流石に私も逃げ切れそうになかったので、急いでここまで追いかけてきました」
オルデン夫人の強烈さは知っているが、兄嫁さんもすごいのか。それは確かに逃げられそうにない。
ヴィルヘルムはゆっくりと深呼吸をしてアリアの手を取った。
「色々と理由を申しましたが、一番は私がアリア嬢と一緒にいるのが楽しいからです。貴方の真っすぐで実直で大胆な性格が大好きです。どうか私と人生を共にしていただけませんか」
(キャー!!!)
私とアイリスは両手を取り合ってブンブン上下に振っている。ルカはマッドの肩をバンバン叩いて、マッドの方は相変わらずニヤニヤしている。
アリアは泣いていた。溢れんばかりに涙が流れている。彼女の泣き顔なんて始めて見た。感情がパンクしてしまっているようだ。ただ、
「はいいいい! こちらこそ、お、お願いいたします……!」
号泣しながら答えていた。
ヴィルヘルムがうまくやったのだろう。数あるライバルを蹴散らして、アリアとの婚約はスムーズに話が付いた。結婚はアリアの学園卒業後、それまでは婚約者として側にいる。




