37 活躍
村長の家で我々にルカの活躍を語ってくれたのは、マッド・フリューゲル――第八騎士団団長自らだった。
「いやぁ。あの自信満々の顔、やっぱり血筋ですね~ルークにそっくりだ。あ、失礼しました!」
「今更お気になさらず」
へへ、と軽く笑って頭をかいている。気にはしていないが立場上、気を使ったのだろう。彼も成長した。以前は何度も貴族への態度を注意されていたのに。
「自分はリディアナ様の実力は存じてましたが、まさかルカ様までこれほどまでとは! アイツがあっちこっちに自慢するはずですよ〜」
伯父様、そんなことしてたのか。マッドはなぜかルカの活躍を自分のことのように嬉しそうに語ってくれる。姿が少し伯父に似てきているからだろうか。
「風の魔法で瘴気を一箇所に集めて、火の魔法でジュッ! で、お終いですよ!? あんな思う通りに魔法が使えるもんですかね!?」
原作に描かれていた瘴気の攻略方法だった。本当はジェフリーが風魔法で瘴気を纏め上げ、レオハルトとフィンリー様でなんとか焼き払っていた。だが今回はそれをルカが最初から最後まで一人でやってのけたのだ。それも余裕で。
「あれは気持ちよかったですねー! 魔法の真髄はコントロールだ! って上級の宮廷魔術師が言ってた意味初めて理解できましたよ!」
俺も俺も! と他の兵士達も囃し立てる。確かに私やアリアがよく使うようなデカくて派手な魔法がわかりやすくもてはやされることが多いが、使える場が限定される。まあアリアは街中でも躊躇わず使ったが……やはりあの後は道の修理が大変だったと聞いた。ヴィルヘルムが上手く手を回して早々に元に戻した為、問題にはならなかったが。
「いやいや団長! こっちの治癒魔法見せたかったですよ!」
団長相手にこの態度を取るのは、伯父の部下である治癒師フェリオだ。彼は大変珍しい、平民出身の治癒師。年齢もおそらく我々とそう変わらない。治癒魔法を使えるのは治癒師の家系だけなので、おそらく彼の先祖がどこかの治癒師家系に属していたのだろう。
伯父は騎士団の治癒師不足解消のため、フェリオのように市中に埋もれてしまっている治癒師の遺伝子を持つ子供を探して訓練したのだ。
フィリオは娼婦の子供だった。母親はすでにおらず、孤児院で暮らしていたらしい。
「昔っから怪我の治りが人より早いなぁって思ってたんですよ」
そういう境遇の治癒師があと数人いる。そのおかげで、例え小さな魔獣討伐でも治癒師も同行できるようになった。どの治癒師も能力が高いわけではないのだが、それでもいるのといないのとでは生存率が全然違う。
傷薬の普及もあってか平民出身者が多い不遇の第八騎士団に原作のような悲壮感はなく、マッドの顔にあるはずの大きな傷は小さな薄い傷跡に変わっていた。
「今日だけで五十人ですよ!? 半日ですよ!? この凄さがわかります?」
「わかる! わかるぞ! だがなルカ様は……」
「だがなじゃないですって! しかも俺、アリア嬢から魔力借りてめっちゃ楽しかったんですよ~! いやぁ魔力持ちが優遇されるのがわかっなぁ」
どちらも自分の体験を話がしたくてたまらないらしい。
「フェリオが治療法を見つけてくれてたから早かったんだよ」
「えーそう? まぁ二週間もいるしね~」
可愛いアイリスに褒められて嬉しそうに体をくねくねと動かしている。
フェリオがあらかじめ治療法を確立してくれていたので、私たちはその通りに治療魔法をかけるだけでよかった。魔獣関係の治療は今回のように外傷以外のダメージも多く、それを探るところから始まるので、場合によっては時間がかかるのだ。原作の知識はあれど治療法の細かい所まで記載があるわけではなかったので正直助かった。
ルカとアリアは魔獣が潜伏している隣村で待機中だ。
「ルカ様は魔獣本体の居所も見つけてすでに封じ込めたんだぞ!」
騎士団の本隊が到着してすでに二週間。今日だけで事態がかなり進展した。あとは村人達の治療が終わり次第本体を倒してお終いだ。原作では治療前に新型魔獣と戦ってしまい、敵はまだ苗床状態だった村人達の魔力を急激に吸い取って回復していた。そうなると村人達のダメージも深刻なものになる。原作と少しでも相違がある以上、死人がでないとは言えない。出来るだけリスクは避けなければ。
「あの壁! あとでお前も見てこいよ! あんな巨大で硬い土壁見たことないぞ!」
新型キノコ魔獣は村はずれの洞窟内にいた。あらかじめ用意していた強力な眠り玉を投げ込み、しっかり効果が出たのを確認した後、周囲を囲んで封じたのだ。今は見張りの騎士や兵士達が監視してくれている。ただ予想よりも魔獣が大きかったので予定より早く目を覚ましてしまうかもしれない。討伐の基本は明るい時間帯なので、一晩は持ってくれることを祈るのみである。
「さて、じゃあ私達は残業するとしますか」
「そーね」
休憩を終えて治療を再開する。私が休まないと騎士達が休めないのはわかっているので、あらかじめ何人か手伝い要員として指名し、後のメンバーは明日以降の戦闘に備えて必ず休むように伝えた。この睡眠時間を削った残業がずいぶん第八騎士団や村人達の好感度を上げたらしく、後々大袈裟な噂となって王都に伝えられることになる。
村人全員の治療が終わった頃にはもう日が昇っていた。私もアイリスも流石に眠い。だがこれでいつ眠り玉の効果が切れて魔獣が壁を破ったとしても問題ない。討伐は私も混ぜてもらおうかな。
◇◇◇
「リディ! 終わったよ!」
ルカがベッドに座って声をかけてきた。日が高いが今は何時だろう。久しぶりに熟睡していた。なんせ馬車移動が続いていたし……。
「えっ!? 終わった!?」
急いで起き上がる。終わったってもう倒し終わったってこと!?
「そうだよ。もう後処理に入ってる。特に怪我人も出なかったから帰れるよ」
「うそ!? 今何時!?」
「今? 昼の一時だよ。よく寝てたね」
よく寝てたって……思ったより寝てないんだけど……。肝心の戦闘シーンを見ずに終わるなんてある!?
アイリスも全く同じ反応をしていた。なんだかもったいない感覚があったのだ。ゲームなら間違ってイベントスキップしてしまった気分だろうか。
「起こしてよ!」
「そんな暇ないよ」
「ルカだけで行くなんて危ないじゃん!」
「アリアもフェリオも騎士達もいたよ」
「そう言うんじゃなくて!」
ルカの身に何かあったらどうするんだ! それも私もアイリスもいないところで!
またしても興奮気味にルカの活躍を話してくれたマッドによると、案の定ルカは大活躍していた。魔獣は原作より大きく、さらに原作にはない蔦状の触手まで使って攻撃してきたらしい。なかなか攻撃が通らない、防御力の高い敵だった。そのため最初はそれなりに苦戦したらしい。
「本体の動きは鈍いのに、触手の動きだけ素早くてなかなか捌けなかったのです」
触手は切ったとしても新しいものが生えてきたらしく、本体まで攻撃が届かない。そこで力を発揮したのがアリアだった。
「先日の剣術大会で相手の体勢を崩す戦い方を学びましたので」
「いや、盗賊の時も同じ技出してたじゃん」
魔獣の足元を崩したのだ。アリアは簡単にやってのけるが土の壁を作るより大地を割る方がパワーがいる。魔力でゴリ押し派のアリアらしい戦い方だ。
「ルカ様が小さなドス黒い火の弾を作り出してですね! それを魔獣に撃ち込んだかと思うと中からバチン!!! と弾けたんですよ!」
いつの間にそんな強力な技を身につけたんだろう。ドヤ顔のルカから察するに、この日のために仕込んでいたんだろう。弱点が火という話はしていたし。
なんだかどんどんルカのレベルが上がっていく。いつの間にこんなに頼りになる男になっていたんだろうか。置いていかれないようにしなければ。
「前も言ったけど一人で背負う必要はないんだよ。アイリスもね」
「うわ〜アランがいなきゃ惚れてたわ」
どうやら今のアイリスには見る目があるようだ。




