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36 夏休み

「きたー!!!」


 講義が終わった教室で、嬉しそうなアイリスの声が響く。何が来たかって、夏季休暇だ。サマーバケーションだ。


「やる事はいっぱいあるのよ?」

「でも〜夏休みってだけでワクワクしない?」

「まぁね」


 なんで夏休みって響きだけでこんなに心が踊るんだろう。私とアイリス以外はそうではないようだから、これはきっと魂に刻まれた感覚なのだろう。


 予想通り、西の森で新種のキノコ型魔獣の報告があった。原作と違ったのは、すでに村二つ飲み込むレベルの瘴気を撒き散らし、騎士や兵士達にも被害が出ていることだ。騎士団からアイリスへ出張依頼の連絡もきた。私達はこれから王都に戻り、第八騎士団と共にその村へ向かう。


「今更だけど勝手に着いてきていいの?」

「伯父は私がくるのも織り込み済みよ」


 原作より苗床にされている人数が多い、いくらすぐに死なないとはいえ、治療が早いに越したことはないだろう。


「僕も行く〜」

「遊びじゃないのよ」

「わかってるって~!」


 ルカにはあらかじめ話している原作イベントなので、参戦することは考えてくれていたようだ。


「リディのこと、頼む……!」

「僕の姉なんだけど……」


 レオハルトがルカの手を握らんばかりに力を込めた声をしていた。


 私とアイリスにとって予想外だったのは、原作とは参戦メンバーがガラリと変わったことだ。本来レオハルト、フィンリー様、ジェフリー、アイリスが西の森に行くはずが、レオハルトは王に呼ばれて、ジェフリーはレオハルトの側を離れるわけにはいかず、フィンリー様は彼の愛龍が怪我をしたと連絡が入り、夏休みを前に領地へ戻っていた。


「私も連れて行ってください!」

「アリア!?」


 どういう風の吹き回し? 素人が魔獣討伐に参加するなんて、騎士団の皆様にご迷惑が! とルカを叱るかと思ったらまさかの自分も参戦表明とは。

 

「アリアの家が許さないでしょ……本当に遊びじゃないんだよ?」


 アリアがこんなこと言うなんてよっぽどのことだ。実際魔獣討伐なんて何が起こるかわからない。ルイーゼが優しく諭す。


「魔力供給ならできます! 治療人数も多いのでしょう? 魔力はあって困らないはずです!」

「ルーフェンボルト侯爵家の令嬢を魔獣討伐に連れて行けるわけないでしょう」

「フローレス公爵家の長男長女は行くではありませんか!」


 どうしたどうした? 駄々っ子のようになってるぞ。いつもの規則やマナーにうるさいアリアはどこに行ったんだ。


「家に帰りたくないのです……この夏で私の婚約者を決めると言われて……」


 ついにアリアの父親が、邪魔をする愛人を制し娘の婚約者を選定し始めたのだ。今なら選び放題で、中には学園でそれとなくアピールしてきた男子生徒もいた。だがアリアはヴィルヘルムを諦めるつもりはないようだ。


「ヴィルヘルム様を想ったまま、他の方に嫁ぐなんて……」


 この言葉に全員が固まってしまう。我々は貴族という社会階級の中で生きている。この学園の中でこそ学生恋愛というのは盛り上がっているが、基本的に家同士の結びつきが重視される世界なので、親が決めた相手と婚姻を結ぶというのが基本中の基本である。


(原作のレオハルトがまさにそうなわけで……)


 我々は揃いも揃って自由に振舞っているので忘れがちだが、これが現実だ。


「父に話してみるわ……後方支援なら戦闘力は加味されないし……でも期待しないでよね!」

「私も伯父様に相談してみるけど……」


 今の我々にできる唯一のことだ。ルイーゼの父親は騎士団のトップ。その人に話を通しておけば問題はないだろう。アリアにも少しくらい逃げ隠れする時間があってもいいかもしれない。本人もずっと逃げ続けられるとは考えていないだろうし。


(だけどアリアも結構真面目な頑固だからなぁ……)


 他に好きな人がいるのに婚姻を結ぶなんてなんて不誠実な! と、自分で自分を許さないだろうし、なにより燃え上がった恋心を静められるタイプではない。


 結局アリアの同行許可がでて、私、アイリス、ルカそしてアリアという原作では考えられない異色の組み合わせでの参戦となった。原作のラスボスとその弟と中ボスとヒロインって……。アリアの実家が何か言ってくるかと思ったが、どうやら娘が功績を残せばさらにいい縁組ができると考えたようだ。


「アイリス様はお休みの間に領にはお帰りになるのですか?」

「時間があればね! アランに会いたいし〜」


 行きの馬車の中、アリアは上機嫌だった。彼女の初めての反抗かもしれないこの魔獣討伐にどんな期待をしているのだろう。

 さて、アイリスは自分の村に帰る気があるなら色々とスケジュールを巻いていかなきゃならない。何しろ討伐が終わった後はリッグス家を潰しに行かないといけないんだから。

 馬車を使って三日と半日で西の森にある村に到着した。ここはリッグス領からあまり遠くはないので、この仕事が片付き次第向かう予定だ。


「このような所までありがとうございます!」


 ここの村長がヨタヨタと出迎えてくれた。まだ若いのに痩せて杖をついている。しばらく眠らされていたのだろう。先に到着していた騎士団所属の治癒師に治療を受け回復したばかりなのに、公爵令嬢がくると知るやベッドを飛び出し挨拶に来てくれた。


「隣り村の村長はまだ動けませんで……くれぐれもよろしくと……」


 怪我人、というか魔物の瘴気にさらされ苗床となってしまった人々が一カ所に集められていた。皆眠らされた状態だが顔色が悪い人もいる。早々に治療にかかった方がよさそうだ。


「隣村の方はまだ瘴気が残っております」

「ということは、そっち側に本体の新型魔獣がいるの?」

「はい、そのように考えられます」


 この五年で第八騎士団の団長にまで昇格していたマッド・フリューゲルが報告してくれた。マッドは伯父ルークの幼馴染で、原作ではレオハルトやアイリスの強い味方になってくれる人物だ。昔はもっと気さくでラフな印象があったが、流石に団長クラスになると貴族との会話も様になっている。


「フリューゲル様、この度は私の我儘でお邪魔してしまって申し訳ございません。雑用でもなんでもなんなりとお申し付けください」


 アリアがいち早く挨拶をする。マッドは面白そうなものを見る目をしていた。あの目には覚えがある。ここ二年ほど、第八騎士団はあっちこっちの魔獣討伐に行っていて王都へはあまり帰ってきていなかった。彼とは久しぶりの再会なのだが、どうやら変わっていなさそうだ。


「いえいえ。色んなオルデン家の方々からお手紙をいただいておりますから。お嬢様には期待しておりますよ」


 色んなオルデン? 総長とルイーゼ以外にも? 第五騎士団団長のルイーゼの兄とか? まさかヴィルヘルム?

 アリアも期待してしまったのか、少し頬が赤い。つくづく罪作りな男だ。


「じゃあ私達は治療に取り掛かりましょう」


 伯父の部下である騎士団のまだ若い治癒師はすでに村人二十人の治療を終えていた。


「自分は一日精々五人が限度でして……」


 体内に留まる瘴気の毒の排出とその治療で時間がかかるらしい。今いる村が百人程度、隣村が五十人程……原作でもアイリスが活躍するはずだ。

 

「じゃあ僕は早速瘴気を消しに行こうかな」

「えっ!?」

「風の魔法と火の魔法が得意な人集めてもらえますか? それでほどんど消せると思います」


 ルカがノリノリでフリューゲルにお願いをする。弱点を知ってるからといって大胆不敵だ。


「それは大胆な! 勝算があるようですね」


 フリューゲルはルカの案に乗り気なようだ。またも面白そうなものを見る目をしている。


 この新種のキノコ型の魔獣は苗床にした人間に目には見えない菌糸のようなものを絡めつけており、そこから少しづつ人間の魔力や生命エネルギーを奪っている。


(また植物型の魔獣……)


 嫌な感じだ。氷石病の原因もそうだった。

 私達治癒師組は栄養源になっている人間を治療し、これ以上魔獣が力をつけるのを阻止する。

 そしてルカは魔獣が自分のテリトリーに入られないようまき散らしている瘴気を取り払い、本体を叩く準備をするつもりなのだ。


「しかし……森で火の魔法は……」


 一部の兵士は戸惑っている。そりゃそうだ。騎士団でも何でもないよそ者の提案にそう簡単に乗れるわけがない。この辺、ルカはまだまだ公爵家のお坊ちゃま体質が抜けていないと言っていいだろう。


「そう? じゃあ僕一人でやるよ」


 騎士団だって魔獣討伐のプロだ。瘴気の消し方くらい知っている。だけどそれをやっていないのは森で大規模な火の魔法を使うのは躊躇われるからだ。今回は広範囲に瘴気の広がりを確認しており、下手すると森を燃やしてしまうことになる。そうすると消火するのが大変だ。だからよっぽどコントロールに自信がなければこの提案はしないだろう。


 ルカのあの自信にあふれる顔ときたら。原作では考えられないな。今回のイベントの攻略方法は伝えてあるし、魔獣の方はルカ達に任せて私はやるべき仕事をやろう。

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