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35 決勝戦

 遠くから見るフィンリー様はいつも通りに見える。どうやらあちらもモヤモヤは解消できたらしい。


(よかった。これで思いっきり楽しめそうね)


 私にとってフィンリー様が『推し』となったきっかけは男だったから、という部分はある。だかなによりもその優しさと芯の強さに尊さを感じていた。誰に対しても向き合っていた。あの原作のリディアナにですら。そしていつも自分の事は後回しだった。

 今のフィンリー様は自分の将来のために行動を起こせるようになっている。なにより原作では、親友の婚約者である私に対して、弱音を吐けるくらいの感情を抱いているなんてことを発言するようなキャラではなかった。


(悪く言ったら自分勝手になったってことだけど、自分を大切にできるようになったとも言えるわ)


 私はそれが嬉しい。嬉しい変化だ。


 両者がフィールド上に並び立つ。先程から歓声がすごい。どうやらここ数年で一番レベルの高い大会になっているらしく、いつもはお堅い教員達も興奮状態だ。


「それでは解説のジェフリーさん、よろしくお願いします」

「え? ああはい。わかりました」


 アイリスが茶化すようにジェフリーに話をふる。私もルカもアリアも今回は試合中何がどうなっているかわかるとジェフリーに期待の目を向けた。


「まずは初撃です」

「一発目ってことね」

「今回もお互い手の内はわかってますからね。手数が増えればまた読み合いの嵐です。意表をつくなら最初の一発でしょう」


 準決勝の時はジェフリーもレオハルトもワクワクしているのが伝わってきた。しかし今回はかなり真剣な空気が流れている。二人とも緊張した面持ちで開始時間を待っている。


「レオハルト様からすると、フィンリーのペースにハマらないように気をつけないといけません。彼の剣はどんどん多彩になってきていますから」


 フィンリー様は領地に戻る度に色んな国の冒険者から剣を習っているそうだ。基礎がしっかり出来ているからこそ彼の剣術スタイルに馴染ませることが出来ている。日々の訓練のたまものだ。


「フィンリーからすると、レオハルト様のカウンターは脅威でしょう。私もそれでやられましたし……」


 自分が負けた話題だというのに嬉しそうに話している。


「殿下はカウンターがお得意なんですか?」

「というより攻め気がすごくってこっちは息つく暇なんてないんだよ。絶対に諦めないし」


 ルカは思い出したようにげぇ~と苦々しそうな顔をした。ルカがまだ剣術をやっていた時からそうだったのか。流石メインヒーローなだけある。


「最近は防御にも力を入れられてますからね。ますますお強くなっておられますよ」

「へぇ~」


 知らなかったなぁとノンビリ感心する。


「へぇって貴方またそんな!」

「魔法ならともかく剣の方はサッパリで」

「それは……私もそうですが……」


 どうやらアリアのお小言は回避できた。剣の腕が上がっていることは知っていたからそれでいいのだ。来たるべき日のために強くなってくれていればそれで。内容は問わない。


 間もなく開始だ。会場がどんどん静まり返っていく。二人は特に言葉を掛け合うこともなく、木剣をかまえた。あの場に立っているわけでもないのに心臓がドキドキしてくる。それは会場にいる全員がそうだったに違いない。


「はじめ!!」


 審判の声と同時に飛び出したのはフィンリー様だった。強く踏み込みレオハルトの胸元へ飛び込む。レオハルトはそれを受けずにかわし、そのまま横からフィンリー様の脇腹、剣の持ちてから逆の方に一発入れようとした。フィンリー様はすぐに体勢を立て直しレオハルトに向き合い剣を弾き返す。


「今のはレオハルト様が読んでましたね」


 ジェフリーはしっかり解説の役目を果たそうとしてくれている。


「わかるの?」

「フィンリーの足に力がこもっていました。それを悟らせるなんて珍しいですが、彼でも緊張するんですね」

「でもレオハルト様の剣はあたらなかったわ」

「読まれていることに気が付いてすぐに次を考えていたのでしょう」


 この数秒の間にそんなことまで考えないといけないのか。しかし初撃では大きな差がつくことはなかった。これからまた激しい戦いが始まる。


「もちろん二人とも動体視力と反射能力の高さがあるから反応出来ているだけですが」


 男子達の熱い声援と女子達の黄色い歓声が沸き上がった。解説中もガンガンに剣をふるっている。やっぱり素人目にはどちらが優勢かわからないが、ガツンガツンと剣がぶつかり合う音がジェフリー戦の時よりも早いテンポで響き渡っていることから、先ほどの試合より更に激しいものだということが予想できる。


「一対一で人間と戦うなんて滅多にあることではありませんが……レオハルト様の実力をこういった場で見てもらうのはいいですね」


 相変わらずジェフリーは嬉しそうだ。主人が周囲から評価されるのが誇らしいのだろう。


 レオハルトの今の評価は決して悪くない。見た目もいいし、愛想もいい。勉強も出来る。その上魔法も剣術も最高クラス。だけどそれを世間一般にアピールする場は圧倒的に少なかった。皆噂では知っている。レオハルトの実力を。だけどそれを実感する機会はない。今までは。今日はそれにうってつけの日になるだろう。

 フィンリー様もそうだ。兄のフレッドは優秀で人望に厚い人物で、その弟として多少なりとも比べられてきている。原作と違い、本人が気にするレベルでないのが救いだが、全く何も感じないわけではないだろう。本人にも十分な実力があるところを今回の剣術大会で見せられた。なんたってヴィンザー帝国の次期皇帝を倒したのだし。

 二人の実力を未来の貴族の嫡子や国の高官達に見てもらえるのは大変いい。百聞は一見に如かずというやつだ。


「フィンリーのペースになっていってます!」


 フィンリー様はクルクルと八の字に剣を回転させながらレオハルトに近づいていった。レオハルトも何処に撃ち込むべきか考えているようだ。探るように鋭い目つきになっている。

 風を切る音がここまで聞こえてくる。あんな重い剣をよくもまあ軽々と回すものだ。フィンリー様が体全体を使って斬り込んでいった。


「あの動きは見たことないですね……剣術大会用にとっていたのかも……」


 なんと奥の手があったとは! 剣術大会の成績は興味がないような態度だったのに。しっかり勝ちに行っている。


 レオハルトは初見の技に押されないよう、剣を受ける度に弾き返していた。ジワジワと体力を削られそうだ。でもそれは剣をいつも以上に振り回しているフィンリー様も同じで、二人とも汗が光っている。


「うわっ!」


 ついに一発、フィンリー様の剣がレオハルトの顔面をかすめた。急に剣の動きを変えたのだ。その対応が間に合わず、レオハルトの鼻から血が流れている。だがまだ審判からストップはかからない。

 今ので距離を取れたので、レオハルトは腕で鼻血を拭っていた。どうやらすぐに止まったようだ。フィンリー様は肩で息をしている。流石に疲れたか。


(イケメンは鼻血を出しても絵になるな~)


 同じように感じた女子は多そうだ。目を逸らしたり覆ったりしている子も多いが、同時に目がうっとりなっている女性陣があちこちにいる。


(フィンリー様の鼻血姿も拝みたいわね……)


 おっといけない。いつも通り欲望まみれの自分に安心してしまった。大きな変化があったとはいっても人間そう簡単に変わることもないということか。


「殿下が勝負を仕掛けますよ」


 疲れているフィンリー様を休ませるつもりはない。今度はレオハルトが突撃する。素早く力を込めて剣を何度も何度も叩き込む。これで決めるつもりだろう。私でもレオハルトが全力を出しているのがわかる。フィンリー様も剣を受けるのに精一杯だ。じりじりと後退し、ついにフィールドの間際まで追い込まれてしまった。


「あと少しだ!」


 フィンリー様はなんとか体を翻してフィールドの内側へ戻ろうとするが、レオハルトが逃さない。そしていよいよ足がフィールドの外に出た。いや、自分から後に飛んだように見えた。レオハルトの間合いから離れ、剣をレオハルトの胸に突き出す。


「殿下の勝ちです!」

 

 剣は当たらず、レオハルトの頭の上を舞っていた。フィンリー様の最後の一撃に気づいていたのだ。


「フィンリーはあれで負けず嫌いだからな」


 後からレオハルト本人に聞いたセリフだ。自分の事を棚に上げてよく言う。最後の最後まで気は抜けないとわかっていた。流石親友と言ったところか。


 大歓声が上がっている。剣術大会は原作通り、レオハルトの優勝で終わった。

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