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34 敬愛

 救護室の中でレオハルトは興奮気味にジェフリーとの試合内容を語っていた。その場で校医のワイルダー先生が応急処置をしてくれていたので、ここでは隅々までチェックして決勝戦に備えて万全の状態にする。レオハルトの腕に触れると、やはりジェフリーからの一撃をガードしていた部分が酷い。


「やっぱり訓練とは違うな! 後がないと思うと緊張感が段違いだ」

「そうでしょうね」

「ルークが実践を重視していたのがよくわかったよ」

「治癒魔法はいいですが、剣や攻撃魔法の実践訓練はなかなか厳しいでしょう」

「その点、フィンリーが羨ましい! 領地に戻る度に魔物の森に行っていると言っていたろう?」


 フィンリー様は人での実践経験こそまだないが、魔物相手にはかなりの経験を積んでいる。同じように学んできたレオハルトやフィンリーと少し違う剣捌きになっているらしい。素人目にはわからないが……。


「ジェフリーの背中を押してくれたのはリディだろ? ありがとう」

「彼の事ですから……レオハルト様を負かした場合を想定して、その上でどうにかなると算段が付いたんでしょうね」

「ははっ! ありえそうな話だ」


 レオハルトもジェフリーが手を抜かないか心配だったんだろう。悩んでいたことにも気づいていたようだ。ジェフリーの今日の動きを見てどれだけ安心しただろう。


「ジェフリーが悩むことはわかりきってたのに何もしてやれない。俺はダメな王子だな」

「まぁ今回は仕方ないことですよ。王子の願いを叶えた従者を誇りに思ってくださいませ」


 原作のレオハルトは、自分は孤独だ……などと自己憐憫に陥っていた。王子としての立場がどうとかごちゃごちゃと。そんな彼にアイリスはそっと寄り添うのだが、今回はそうしてもらえそうにないし……。あの試合のジェフリーの決断で、レオハルトの孤独感は再び埋められたはずだ。


「……次の試合が不安か?」

「え?」


 ポカンと口を開けてしまった。別に不安はないのだが。


「次はフィンリーとだから……」


 そうして急に目を伏せた。


(ううう……しょんぼりされるとまずい)


 攻撃的に来られる方がこちらとしては気が楽なのだ。フィンリー様と自分を比べて、私がフィンリー様を選ぶと思って悲しまれるととんでもない罪悪感が……。


『そりゃそうですよー! わかってるくせに! 当たり前のこと聞かないでください!』


 と、いつもなら即答するであろう台詞が出てこない。

 フィンリー様と話たからだろうか。レオハルトを傷つけたくないジェフリーの気持ちが今とてもよくわかる。


(いつも通り答えるのがいいのか、婚約者としてあなたを応援すると言うのがいいのか……)


「……どうしたんだリディ? 何かあったのか?」


 いつもの返しがなかったせいか、レオハルトが心配そうな顔になっていた。


「う~~~ん……正直、悩んでいます」

「な、悩んでるのか!? な、何故!!!? 何故だ!? 何があった!?」

「そんなにビックリします……?」

「するだろ!!!」


 どうやら私がフィンリー様を応援すると即答すると思っていたようだ。いつものパターンになってきた。


「やっぱりなにかあったんだろう!?」

「う~~~ん……」

「ま、ま、ま、まさかフィンリーと……!!!」

「それ以上言ったらレオハルト様とは一生口を利きません」


 真顔でピシャリ。それは私とフィンリー様の関係を愚弄する発言だ。本人もそれがわかっているのか慌てて口をつぐむ。


(まあ疑うなという方が無理というものか……あんまり自分の事を棚に上げられないしな~)


 性別というのはどうしてもついて回る。男女の友情が成立するかという話にも繋がるだろう。

 だからこそフィンリー様は、私と同性だったらもっと簡単に名前が付けられる関係なのにと思ったんだろうな。


(フィンリー様は私を私として信頼してくれてる。それがこんなに心地よいことなんて)


 男でも女でも立場も関係ない私として見てくれている。ジェフリーがレオハルトを王子としてはなく、ただ個人として扱ったのと同じように。


 完全に意気消沈しているレオハルトを前に、どうしたものやらと頭を悩ませた。

 決勝戦までは時間がある。しかたがないので正直に経緯を話すことにしよう。モヤモヤのままでは試合に集中できないだろうし。


「レオハルト様、私が何を言っても冷静でいるとお約束してくださいませ」

「……わかった。約束する」


 私は正直に話した。まずはジュードのことから。女子四人全員にちょっかいを出され、余計なセリフを吐きフィンリー様の怒りを買ったところまで。


「私はともかく、あとの三名は嫁ぎ先が決まっているわけでもないですし……」


 ついでにちょっと気になっていることも伝えておく。


「そうだな……アイリス嬢は聖女の件もある、いざとなれば大丈夫だろう。ルイーゼ嬢はあの力だ。陛下も然るべき地位を与えるか悩んでいたから、次お会いする時に話しておこう。問題はアリア嬢か……」


 おお! 冷静にこの問題に対処する方法を考えてくれている。

 原作でレオハルトは、ジュードがアイリスを泣かせたと勘違いし、次期皇帝相手に胸ぐらを掴むと言う暴挙に出るシーンがあった。そのくらい直情的な性格だったのだ。よく言えば真っ直ぐで素直だが、この国を背負う王子としてはどうなの? と言わざるを得ない。

 読者の時は、自分の立場も顧みずアイリスのために! キュン! などと思ったものだが。我ながら勝手だ。それにしても素晴らしい成長してくれた。私も鼻が高い。

 だが、ふいにレオハルトの拳が震えているのが見えた。


「レオハルト様……?」

「フィンリーのやつ、あの時思いっきり木剣を振り抜けばよかったものを!」

「こらこらこら!」


 あの時って首元で剣を止めた時のことでしょ!? なんて恐ろしいことを! どんどん声のボリュームが大きくなる。どうやら平静を装うのをやめたようだ。早くない?


「なんでもっと早く言わないんだ! 君は俺の! 第一王子の婚約者だぞ!? アイツはどう言うつもりで君を口説いたりしてるんだ!!!」

「この通り大騒ぎするから言わなかったんですよ」

「だって! するだろ! 大騒ぎするだろ! リディだって……」


 興奮状態が一気に冷めたように、悲しそうな顔をして俯き、声が小さくなる。


「リディだって……フィンリーだったら大騒ぎするだろ……」


 絞り出すような声だった。五年前、レオハルトにこんな惨めな思いをさせるつもりはなかった。いや、当初はムカついていたからどうでもよかったが、それでもこうなる予定はなかった。


(今日はいつにも増して感情のアップダウンがすごいんだから……)


「私は大騒ぎになる前に手を打ってましたからね」


 レオハルトの手のひらを握って、さっき力んだ所に異常がないか確認する。


「レオハルト様。貴方は顔も頭も性格も良くて、さらに従者や友人も最高なんですよ。私が何の苦労もなく貴方の隣に立てていたとでも? どれだけの女子をちぎっては投げ、ちぎっては投げてきたことか」

「そうなのか!?」


 これは事実だ。レオハルトは愛想がいい。そういう教育を受けている。そしてその王子スマイルに勘違いした女子はそれなりにいた。

 嫉妬から私の足を引っ張ろうとする女子達のエネルギーは凄まじく、子供というのは無鉄砲で怖いものなしだ。治癒師の家系の人間に手を出すとどんな目にあうのか理解していなかった。結果、何組もの親が真っ青な顔をして我が家に謝罪にやってくることになった。中には泣いている娘を引きずってやってくる家も……。


(広~い心で穏便に対応してあげたから、結果的に親世代の評価にも繋がったしね)


 やられたらニコニコしながら好感度が上がる懲らしめ方をした。相手は子供だ。あっという間に証拠をつかむことが出来たから問題が長期化したこともない。


(バッチバチにやり合うのなんてライザ一派くらいだったからね)


 今でも全くないわけではないが、蝿が飛んでるくらいの鬱陶しさで終わることが多い。

 原作と違い世間体を大切にした結果、脱悪役令嬢となったというわけだ。


「初動が大事ということです」


 私は得意気に胸を張る。積み上げてきたものが違うのだ。私の平穏な未来のためにちまちまと頑張っていたのだから。今の評判はこの小さな積み重ねによって築かれている。


「知らなかった……」

「わざわざ言いませんよ〜レオハルト様、気にしちゃうでしょ」


 返事はない。本人も自分がどう感じるかわかっている。それくらいの自己分析はできるだろう。


「じゃあもし俺が本気の誰かに言い寄られたらヤキモチ妬くか!?」

「ヤキモチ……」

「ほらぁ!」


 ヤキモチというより、小姑のようにレオハルトに相応しいかどうかつい考えてしまう。彼と心から愛し愛されるかどうかを……。


「だいたい私も直接言い寄られたのなんてジュード様くらいです」


 あらためて考えるとこの見た目と地位なのに一人だけだ。あれ!? そ、そんなもん!?


「まあそれで、ジュード様が試合中にフィンリー様になにか余計なことを言ったらしくって、フィンリー様が落ち込んでいらしたんです」


 考えたくない事実は考えずに脱線した話を元に戻す。


「そのせいでレオハルト様との大事な試合に集中できないのではないかと、お話を伺ったんです」


 やっと本題に入れる。


「フィンリー様は性別を越えて私に心からの信頼を寄せてくださっていることがわかりました」

「な、なに!?」


 レオハルトがまた拡大解釈をする前にキッチリ伝えておく。


「私が男になるか、フィンリー様が女だったら話は簡単だったな、という信頼です」

「リディが男……? フィンリーが女……?」

「そうです。レオハルト様がルカやジェフリーやフィンリー様に感じるのと同じ気持ちです」

「な……なるほど?」


 とりあえず自分が心配するような感情ではないのか?4 と、やっと表情が落ち着き始める。


「私が女であるせいでレオハルト様をこうして余計に不安にさせてしまいますし」

「うっ……」


 この辺りでようやく言いたいことが伝わった。


「友情ということか?」

「それが一番近い表現でしょうか」


 同じとは言い難いが。


「……でもリディは違うだろう?」


 この辺で誤魔化されてほしかったところだが、流石に無理か。またもしょんぼりだ。


「まあ推しには変わりないですけど、以前ほど一方的で妄信するような感情ではありません。そしてそれはレオハルト様も同じです」


(フィンリー様は紙の中の人間じゃなくって生身の人間なんだもん)


 原作ではない、現実のフィンリー様と一緒に過ごしてさらに大切になった。そしてそれはレオハルトも同じだ。今では大切に思っている。彼の望む感情ではないが、私としてはそれ以上の気持ちだと断言できる。


「だからレオハルト様もフィンリー様も応援してるんです。どっちにも勝って欲しいというのが本音です」


 フィンリー様のカッコイイ姿はもちろん見たい。だが、勝ち負けを聞かれると……。


(言い方は悪いけど、どっちでもいい。試合が楽しいものであればそれで)


 本人達も楽しみにしているはずだ。できれば純粋に楽しんでほしい。だから今私はレオハルトにこうして面と向かって話しているのだ。思いっきり試合を満喫できるように。


「なにより私が堂々とフィンリー様の前にもレオハルト様の前にも立っていられるが証拠です」


 私の性格上、不誠実な気持ちがあればこうはできない。レオハルトもそれくらい知っている。


「本音を言うと……俺を応援して欲しいけど……」


 レオハルトの顔はにんまりと嬉しそうに笑っていた。これまでだったらフィンリー様と即答していたところ、まさかの本気で私がどちらの勝利も望んでいるとやっと納得したからか。


「婚約者特典をくれたら今日はこれ以上騒ぐのはやめる」

「なんですかそれ~~~~」


 いつもの天使の笑顔だ。これには私もなかなか弱い。いい意味で。


(しゃーない……)


 私は握ったままになっていたレオハルトの手を取り、その甲に口付けをした。

 敬愛を込めて。我が婚約者に。


「今日のところはこれで勘弁してください」

「……っ!」


 顔を真っ赤にしながらガッツポーズをされてしまった。そんなに喜ばれるとは……。


「さー勝つぞ!」


 私が口付けした所に自分の唇を重ねると、救護室から飛び出していった。

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