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32 思慕

 剣術大会では木剣が使われる。防具は動きやすさを重視した軽いものが用意されていた。ただし、かなりいい品を使っているので、防御力もそれなりにある。そのため、実際の剣であれば致命傷となる場所に当てるだけで勝ち判定だ。

 首や心臓の当たりに剣があたればそれまでとなる。ジュードはそれが抜群にうまかった。もちろん、打撃でダメージが溜まっていると審判が判断した場合も勝ちが決まる。フィールドの外に出たり、武器を失った場合は負けとなる。


 フィンリー様とジュードの学園内の関りと言えば剣術の授業くらいで、会話くらいはしたことがある程度の間柄だ。だから試合が始まってすぐ、フィンリー様が怖い顔をして一気に畳みかけようとしている姿をみて驚いた。


「うわっ! フィン、キレてんじゃん!?」

「どうしたんだろ……」


 ルカ、アリアと合流して試合を見守る。


「あー珍しく怒ってるんだよ。僕がやれるなら変わりたいくらいさ」

「え?」


 ルカが冷たい目をしてジュードに視線を送る。いつもは魔道具大国のヴィンザー帝国びいきなのに。

 ジュードは防戦一方といった感じでこれまでの試合のような余裕は一切なさそうだ。アリアも珍しく面倒くさそうな、心底呆れたといった顔をして試合を見ている。


「私達四人の中の誰か一人くらい譲って欲しいそうですわ」


 キャー! それでフィンリー様は怒ってくれたの! 嬉しい~! 滅茶苦茶嬉しいぞ! フィンリー様が怒った姿なんて見たことがない。それが私(達)に関することなんて……! 生きててよかった。

 アリアはたまたまその場に居合わせたらしい。何度となく嗜めても出てくる口説き文句にいよいよ相手をするのが馬鹿らしくなったようだ。


「気持ちが顔面に漏れ出てるよ」


 ルカに注意されるも顔のゆるみは治りそうにない。


「いやぁいい仕事してくれたわ~次期皇帝」

「アリア嬢から聞いたんだけど、前からちょっかい出されてんだって? 僕聞いてないんだけど」

「タイミングなかったし、どうでもいいことだったし……」


 ルカも怒っているのだろう、表情が厳しいままだ。


「馬鹿にするなって怒んないんだ?」

「面倒だとは思うけど相手にするつもりもないからね。アリアですら怒らずこの表情でしょ?」


 こういうのは鬱陶しいが放置するのが一番いい。彼に興味のない女子の間ではそれがジュード相手には一番の方法だと知れ渡っている。これが彼への対処の最適解なのだ。

 ジュードは私以外は簡単に手に入れることができる。この国の王に頼めばいい。だがジュードは絶対にそんなことはしない。彼のポリシーとして、自分に惚れていない女子をハーレムに入れるつもりはないのだ。


「彼の卒業を待てばそれでいいのよ」


 下手に絡んで原作のアイリスのように本気で恋されてもたまらない。なかなか情熱的なアピールが多いからだ。本気の恋でも無視していればいいのだろうが、それではこちらも罪悪感がわくし……。『面白れぇ女』以上の存在にならないよう気を付ければいいのだ。


「きゃー!」


 ジュードの取り巻きの女子から悲鳴が上がった。フィンリー様がついにジュードをガードごと吹っ飛ばしたのだ。だがジュードはうまく受け身をとり、追い討ちをかけるフィンリー様の一撃をクルリと回転して避けた。


「何か話してる?」


 声までは聞こえないが、ジュードの口元が動いているのが見えた。笑っているようだ。挑発しているのか? フィンリー様は彼の体制を崩したまま攻め続けているのに話す余裕があるなんて。本当に回避力が高い。


「危ない!」


 急にフィンリー様の剣が大振りになった。顔が怖い。レア表情いただきました! その瞬間をジュードは見逃さず、胸に一撃を入れるために剣を突き出す。


「フィンリー様!!!」


 だがフィンリー様は腕を振り上げたまま身を翻し、突き上げられたジュードの剣をかわした。そしてそのまま勢いよく剣を振り下ろしたと思うと、ジュードの首元でピタリと止めた。


「そこまで!」


 一瞬ジュードの首が吹き飛ぶかと思った。そのくらいフィンリー様の形相がいつもと違ったのだ。ジュードの顔からニヤつきも消えている。駆け寄りたいところをグッと堪えて救護所でフィンリー様を待った。

 

「あんな姿見せてしまってゴメン」

「そんな! 怒ってるフィンリー様も勇ましくって素敵でした!!!」


 勝ったというのにしょんぼりと肩を落として入ってきたフィンリー様を励ます。


「……リディはいつも俺を肯定してくれるな」

「あら! 本心からの言葉ですよ?」


 フィルリー様の腕に触れて治癒魔法をかける。はぁ……たくましい腕がたまらない……! 手首に少し痛みがあるようだ。思いっきりジュードを吹っ飛ばしてたもんな。


(役得! 役得〜!)


 ルンルン具合がバレないようにゆっくりと丁寧に治療を進める。救護所には他に誰もいないし、フィンリー様にベタベタ触って許されることなんて滅多にないから全力で堪能する。


「リディといると本当にホッとするよ」


 急に緊張感が切れたようにふにゃりと笑った。


(ヒャ~~~~~~!!!)


 推しの安堵の表情いただきました。ありがとう……生きててくれてありがとう!!!


「なによりの言葉です」


 迷惑に思われていないという確認にもなるし!

 だがフィンリー様が急に寂しそうに笑った。


「ホント……今の状況がずっと続けばいいなぁ~と思っちゃうくらいなんだ……問題もたくさんあるし、冒険者になるのが楽しみなのに……不思議だね」


 どうしたんだろう。急に弱気になったのだろうか。


(ああ。私しかいないからか……)


 なんだかんだ、フィンリー様と二人きりというのはあまりない。特に意図したわけではないが、学園に入る前はフィンリー様がいる時はレオハルトとジェフリーががいる時だし、私がいる時はルカがいる。

 これは大変名誉なことだ。弱音を話す相手に選んでいただけた。いつもどんな時も私がフィンリー様の味方でいると信じてくれたに違いない。


「ごめん。学園に入学して、それぞれの道が見えてきたら突然こう不安な気持ちが……それどころじゃないのに……」


 自分が甘えたことをしていると思ったようだ。急にごめんね、と救護所から出て行こうとする。寂しい背中を見せてくれるじゃないか。


「私はフィンリー様のおじさま姿がとても楽しみなんですよ」

「おじ……?」


(ああしまった! 変なこと言っちゃった!)


 引き留めようとして余計なことを口走ってしまった。まあだが、これは事実。彼のイケオジ姿が未来を変える原動力。


「つ、つまり。とんでもない予知をぶっ壊して道を切り開いて……みーんなおじさんおばさんになった後、一緒にお酒を飲むのが楽しみなんです」

「……お酒、飲んで大丈夫?」

「あああああ! そ、その節は大変お見苦しいものをお見せしました!!!」


 大慌てになった私を見て、プッと吹き出してフィンリー様が笑った。


「冒険者として世界を回ったとしても、たまにはこの国へ帰ってきてくださいね。レオハルト様は絶対にいますし、たぶん私も……」


 多分。多分……。レオハルトと結婚せずとも今の好感度ならこの国に残れるのではないかと最近は思っている。


「大きな変化は待ってますけど、変わらないものもあるんです」


 こちらとしましては、世界を跨いでまで変わらず貴方様を推しておりますので。とは言えないが。


「……こんなこと、言ったらいけないのかもしれないけど」

「なんでしょう?」


 もう言っちゃえ! 不安もなにもかもぶちまけてスッキリして欲しい!


「俺もレオと同じく、アイリス嬢のことが羨ましいと思ってるんだ」

「へ?」


 なんで急にアイリスが出てきた?


「俺が女だったらリディの隣にずっといられるからね。きっとその方がリディも気楽に頼れるだろう? ……もしくはリディが男だったらよかったのにって……いやごめん。これは失礼だ……」

「え……えええええ!!!」


 なんたる光栄だろう。思わず大声になってしまった。


(レオハルトのポジション奪えるってこと!?)


 いやいやいかん。流石にそれはいかんぞ。私は私でフィンリー様が安心して弱音を吐ける相手でいよう。フィンリー様、レオハルトには弱音を吐けていないのだから。


(それに頼ってもいいって……きっとあの予知夢のこと気にかけてれてるんだ)


 舞い上がりそうになるのをグッと抑える。なのに、


「私が男になれる薬が発明されたらきっと飲みますわ」


(しまった!)


 つい欲望のままに喋ってしまった。馬鹿! 私の馬鹿!!

 だがフィンリー様は今の私の答えをいたく気に入ってくれたようだ。 


「はは! じゃあ俺が女になれる薬を見つけたらきっと飲むと約束するよ」


 二人で声を出してケタケタと笑った。


「いつも俺を守ってくれてること、ちゃんとわかってるよ。だから今度は俺がリディを守りたかったんだ」


(対等でいたいと思ってくれてるんだ……)


 私が当たり前だと思って、でも必死に頑張ってきたことが急に報われたような、そんな気持ちがじんわりと体の中を満たしていく。 


「リディアナ様。お時間でございます」


 エリザの声で我にかえった。彼女と入れ違いに、フィンリー様がまだ笑ったまま救護室から出ていく。私も笑いが止まらない。幸せだ。


「リディアナ様、お急ぎください。間もなく始まります」

「ふふっごめん……ふははっ」


 エリザの声に返事はするものの、なかなか私がテントから出なかったからか、


「…………」


 急にエリザが私を抱え上げた。


「引きずってでもとおっしゃられましたので」

「もう大丈夫! ごめん! 大丈夫だから!」

 

 そういえばそんな事言ったな……。実行する必要があるなんて思いもしなかったが。

 推しに大切に思っていることが伝わっていてよかった。それに推しからも大切に思われている。これ以上の幸せはない。


 フィールドにはすでにレオハルトもジェフリーも立っていた。ルカとアリアはいるがアイリスはいない。まだジュードを治療中だろうか。救護室は二ヶ所作られており、それぞれの対戦相手とは顔を合わさないようにしているのだ。


「どっちも頑張れー!!!」


 ルカの大声が響き渡った。


◇◇◇


「図星だったくせに」


 救護テントを出たフィンリーにヴィンザー帝国次期皇帝ジュードが声をかける。


「そんなことはありません」

「もうクールダウンしたのか? つまらん」


 試合中とは違いすっきりとした穏やかで満ち足りた表情の彼を見て、ジュードはため息をつくようだった。

 

『好きな女を譲るなんてたいした家臣だな』

『認めたら楽になるぞ』


 その言葉であれだけ激昂したのだからその答えは納得いかないが、彼は男に興味がない。自分に惚れない女にも。


「まあそれも人生」


 そう言って手をヒラヒラとして去って行った。

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