30 盗品
通常、捕縛で怪我をした盗賊に治癒魔法を使ったりしない。別に大怪我しようが死のうがかまわないというのが騎士団のスタンスだ。高価な治療魔法などもってのほか!
だが私もアイリスも目の前に怪我人が運ばれてきた以上、相手が誰でも治療しないわけにはいかない。治す力があるのに痛みで苦しむ人間を放置しておけるほど、この世界の倫理観に馴染んではいないのだ。おそらくヴィルヘルムは私達が文句も言わず治療するとわかっていて全員連れてきた。
「いやぁ~あいつら、あっちこっちでかなり盗みを働いてるんで、盗んだものの在処を吐かせないかと思ってですね」
「それにお二人ともいつも患者を取り合ってますし、ちょうどいいかなぁって」
「王家直轄領に魔石の鉱山が発見されたんで、最近じゃあ囚人労働として使えそうな奴は死罪を免れることもあるんですよ。これだけ体格いい奴らだったら喜ばれそうだなぁ」
立て続けに台詞を三つ。
相変わらずヴィルヘルムはよく喋る。とりあえず一番偉そうな盗賊を治療するとさっさと別室に連れて行ってしまった。
彼がどんな手を使ったのかは知らないが、盗賊達はすぐに盗んだ物の在処を吐いたそうだ。学生街にほど近い、小さな森にある廃屋の地下に空間をつくり、その中にたんまりと隠していることが判明した。
「闇オークションへ持ち込むつもりだったみたいよ」
兄から聞き出したルイーゼが教えてくれた。こういう時、こんな重大情報漏らしたら懲戒処分ものじゃない!? と、前世の記憶に引っ張られて不安に襲われる所が今の私の悪い所だと自他共に認めている。どうしても常識のズレに慣れない。
今回の事件を解決に導いたとして、ヴィルヘルムは昇進した。もちろん実質盗賊達にトドメを刺したアリアにも褒賞がでた。王都でも話題になったらしく、父親が珍しく自分を褒めちぎる手紙をよこしたと、少し複雑そうな顔をしていた。
「同じ女でも剣が強いとモテないのに、魔力が強いとモテるのよねぇ」
学園のカフェテリアでルイーゼが珍しく愚痴っている。どうやら続々とアリアに縁談が舞い込んできているらしく、取り残された気分になってしまったそうだ。アリアは今、父親からの呼び出しで王都の屋敷へ戻っている。
「アリアってなんで相手いなかったのー? 魔力量もあるし良いとこのご令嬢じゃん?」
「うーん、アイリスになら話していいかな……アリアも話したがってたし……」
なかなかタイミングがなく話せなかったとを知っている。原作でも触れられていなかった。
アリアの母親は裕福な商人の娘、つまり平民だった。愛のない結婚だったので、当然のように父親には愛人がおり、それが子爵家の娘というのが事をややこしくしていたらしい。
(同じ屋敷で正妻と愛人と暮らすなんて、揉めてくれって言ってるようなもんじゃん)
結局愛人の方がさも当たり前のように自分の方が身分が上だからと家の女主人のように振る舞い、アリア達に辛く当たっていたのだ。アリアの縁談も愛人がことごとくダメにしていたらしい。父親も見て見ぬふりをしているのが悲しいやら悔しいやら、と珍しく感情的に話していたことを伝えた。
「色んな苦労があんだねぇ」
「もうちょと気楽に生きたいわよねぇ」
「あなた達、もうちょっと若者っぽい感想言いなさいよ……」
ルイーゼが呆れるようにため息をついた。もちろんアリアを貶めた家族に腹は立つが、家庭の事情にこちらが勝手に介入はできない。縁談に関しては、どっちにしろアリアはルイーゼの兄ヴィルヘルムに恋しているし(しかもどんどん加速中)、怒りに任せてアリアの実家で暴れるより、彼女の恋を応援する方が健全だろう。
「ねぇねぇ! その盗品ってどんなのがあったの?」
「宝石とか絵画が多かったみたいよ。絵にも宝石にも傷が入ってて専門家が嘆いてたって」
「生き物とかっていた? ほら、珍しいやつ」
「うーん、そんな話は聞かなかったわねぇ」
アイリスはおそらく来年の冬イベントで出会うはずの『妖精』のことを言っている。思ったより早く闇オークションという単語が出てきたが、イベント自体はまだ先のはずだ。原作のアイリス達はオークション会場に潜入し、その妖精を解放したお礼として妖精の加護を受けた。黒幕はリディアナ……と思わせておいて、貴族派を後ろ盾に持つただの犯罪組織だった。
「……見に行ってみる?」
「見れるの!?」
「大丈夫でしょ」
そんな簡単に? その盗品は学生街に置いてあるのだろうか。言われるがままルイーゼについていき、途中でぼんやりと歩いていたルカ誘って駐屯所へと向かった。
目の前には眩いばかりに輝く宝石、宝石、そして宝石だ。あとは絵画も数点あるが、ルイーゼが言っていたようにどれも傷が入っている。扱いが雑だったのだろう。
「剣や勺なんかについている宝石も一部外されてしまっているんですよ。絵画の方も額縁が目当てだったんでしょう。金を使っているものもありますし」
駐屯所の地下室にこんな部屋があったなんて。厳重に鍵を掛けられてはいたが、何故王都ではなくここで保管しているのかは、ヴィルヘルムの部下にあたる騎士が説明してくれた。
「もちろん王都へ運びますが、これだけの品物ですからね。輸送メンバーも厳選されるのです。人数が揃い次第すぐに運び出しますよ。我々も落ち着きませんし」
騎士団所属の者が盗みなど働くなど考えたくもないが、そうはいかないのだろう。この学生街に派遣されている騎士は裕福な家出身の者が多く金銭的に余裕があるがあるため、まだマシと判断されたらしい。不用意に王都へ持ち込まず、準備が整うまでは治安のいい学生街で保管となったそうだ。
「それにしても数が多いわね」
「先日の盗賊が別の盗賊から奪ったものが多いようです」
これ全部把握しているのだろうか。
「あれ、この辺は魔道具?」
「ええ! 流石ルカ様」
宝石のエリアから少し離れた棚に、使い方のわからない箱や、大きな古い布、ランタン、ゴツゴツとしたブレスレット、そして扇子。
「……リディ?」
顔を青くした私をルカが心配そうにのぞき込んできた。
「うわっ! アレってリディアナの……!」
「え? どれ?」
アイリスが思わず声に出してしまった『アレ』は、卒業パーティでリディアナが生徒や兵士達を惨殺するのに使ったものだ。
(あれ、魔道具だったのか……)
宝石で装飾された扇子だと思っていたが、アレには魔石が組み込まれていたのだ。リディアナが強すぎて誰一人歯が立たないのだと思っていたが、もしかしてこの魔道具も関係あったのかもしれない。
「どれでしょう? 盗まれたものがございましたら手続きを踏めばお返しできますので」
他にも持ち主がわかっているものは仕分けされていた。家紋が刻印されている指輪や、被害が報告されていたネックレスなどだ。
「いえ、勘違いだったようです」
きっと原作のリディアナは闇オークションでこれを購入したのだ。リディアナに魔道具の知識があるという記載はなかったはずだが、弟のルカが詳しいのだから彼女にも多少なりとも知識はあったのかもしれない。
「それにしても散らかってるねぇ」
仕分けはそれほど進んでいないようだった。箱の中に宝石がひとまとめに入れられている。それ以外も適当に詰め込まれているのがわかった。それが雑然と部屋に積まれている。
「ははは……我々も何が何やらでして……あまり宝石に詳しい者もおりませんし……武器なら得意な者も多いのですが」
頭をポリポリと書きながら、困ったように笑っていた。
「宝石同士で傷をつけてしまいますよ」
「ええっ! そんなことが!?」
結局、そのまま仕分けを手伝うことにした。ルカは魔石の見分けのプロだし、何より見たことのない他国の魔道具が色々出てきているようで興奮していた。私は母から仕込まれた宝石の知識をフル回転だ。エリザにも来て貰えばよかった。
「こんなのどこにあったんだろ!? 国も時代もバラバラだ!」
ルカはこの場に誘ってくれたルイーゼに何度もお礼を言っていた。どうやら最近魔道具の開発がスランプ気味だったらしく、いい刺激を受けたようだ。
「持ち主がいないものはどうなるの?」
「建前上は王の所有物となります。恩賞に使われたり……これだけ数が多いとオークションも開催されるかもしれませんね」
もちろん表のオークションですよ。と念を押された。私もルカも知らなかったのだが、こういったオークションはたまに行われていたらしい。貴族向けではなく商人向けのオークションなのだそうだ。収益の大半は盗賊の被害にあった者達の救済に使うようすでに王命がくだっている。
「あたし、あの扇子が欲しんだけど」
「アイリス!?」
私は正直あの扇子を自分の側に置いていたくないのだが。
「どこにいったのかわからないくなって不安になるよりよくない?」
「た、たしかに……」
「それにさ~」
アイリスは治癒魔法、防御魔法については天才的だったが、他の魔法については本人の納得のいくレベルに達していないらしく、それを悩んでいた。原作の威力を知っているからこそ欲しいのだろう。
「あれは持ち主がわかっておりませんし、申請すれば購入もできると思いますよ」
「マジ! やったー!」
「ですがそれなりに高額になるかと」
「いっぱい働くわ!」
アイリスの望んだとおり、夏季休暇前に扇子が彼女の元へ届けられた。




