27 賭博場の女
アイリスが自分用の椅子を持ってきた。やっと本題に入るのだ。肝心の薬のことを聞かなければ。
「そう言えばなんで賭博場に行ってたの? 例の薬の為?」
「いや、顔の治療費稼ぐ必要があるだろ? クソ共が金を出すわけねぇからな。あいつ来年には入学だしよ。まあ捕まっても家名に傷がついてたらそれはそれで俺はかまわねーし」
(レヴィリオ……ギャンブル弱そ~)
なんて思うも私は顔に出さなかったが、
「レヴィってギャンブル弱そ~! 勝てた?」
アイリスは口に出す。賭博場では賭けポーカーが人気だったはずだから、元々感情的なキャラであるレヴィリオは相手に表情を読まれたりするんじゃないだろうか。
「わかりやすいっつーんだろ。残念だけど勝ってるぜ!」
「えっ意外!」
思わず声が出てしまってアイリスがニヤリとした。私の口調が取れてきたからだろう。慣れるとすぐこれだ……。
「まーイカサマありでだけどな」
「貴方のイカサマが通じるなんて賭場としてのレベルが知れますね」
「言ってくれるじゃねぇか」
今度はレヴィリオが面白そうにニヤリと笑った。私の本質が見抜かれているのかと少し不安になる。
原作では賭博場を仕切っていたとある生徒……生徒総代という最高学年で一番デキのいい学生が退学処分となっていた。多くの生徒を堕落させた原因として罰を受けたのだ。今の生徒総代とは別の人物だが、賭博場を仕切っている人物も違うのだろうか。今の総代は私の名前で出ている例の奨学生のなのだが……。今回はすでに学園側にバレているようだし、どうか違っていてほしい。
「あの薬をくれた女、今思えば俺の事情を知ってたんじゃねぇかな」
肩の力が抜けた成果、冷静さを取り戻したようだ。思い出すように腕を組んで考え始めた。
「どういう薬だって聞いてたの?」
「魔力増強剤つって、魔力を増やさず質を変えることで魔術の威力を高めるって言ってたな」
「発想の転換ってやつですね」
魔法の威力が上がるなら結果は同じだ。まともに使える薬ならこの国に必要だろう。だが副作用がヤバすぎる。相手が身元を明かしていないということは、それをわかっていたに違いない。
「金が足りねえからって変わりに受け取って……試しに飲んだら気分が良くなってよぉ」
「そんな怪しい薬を試しにでも飲むなんて」
「あの時は焦燥感がすごくてな。破れかぶれつーか……って言い訳だな」
頭をガシガシをかきむしっていた。今になって後悔しているのだろう。
「やべっ! あの薬、他の奴にも渡しちまったんだが……!」
アイリスと顔を見合わす。実技の授業中のことはほとんど覚えていないようだったが、そのことは覚えていたのか。
「何人ですか?」
「二人だ!」
「ならもうその話は終わってますよ」
教えてもらった名前も一致していた。とりあえずレヴィリオ絡みでこれ以上薬は出てこないだろう。本人は他に薬を渡した生徒達も暴走したと聞いてショックを受けていた。
「まともな判断が出来なくなってたんだよ。後で謝るしかないって」
「そうだな……」
アイリスが軽くフォローする。どうやらレヴィリオは彼のように悩み事を抱えている生徒に渡したらしい。一人は魔力量が貴族としてはギリギリでそれなのに他に兄弟もおらず嫡子となってかなりプレッシャーを感じていた者。もう一人は僅差で魔力量が多い母親違いの弟に嫡子が決まってしまった者。変な所で彼の面倒見の良さが裏目に出てしまった。
「どんな女の人だったの?」
「賭博場は基本仮面つけてるからなぁ」
そう言えばそういう設定だった。目の周りだけのハーフマスクを全員着用していたのだ。場所が場所だから身バレ防止対策の一つだろう。漫画の読者からすると、身につけている小物やシルエットで相手がわかったりしたが、実際はどうなんだろうか。
「少なくとも生徒ではないな。どこぞの品のいい奥様って印象だった。それなのに金がねーのかよって……」
品の良さを感じると言うことはそれなりに地位や財力を持つ人物の可能性が高い。だがそれだけではあまり大きなヒントにはならない。そもそも学生街にある賭場はあまり柄の悪い人物の出入りは出来ない。このエリアでは身なりが良くないと、あっという間に治安の維持にあたる兵士達に目をつけられてしまうからだ。
「人妻っぽかったってこと?」
「なんか下世話な言い方だな……」
少し呆れるような表情をされてしまった。
「薬指に指輪の跡があったんだよ。多分直前にはずしたんだろ。結婚指輪は身元がわかりやすいからはずしてる奴は多い」
見た目でわかるのは細身の長身である事、口紅は真っ赤だったこと。他に宝石類は一切付けておらず、髪色は黒のヴェールで隠されていたそうだ。
「学園長への報告はどうする?」
今回の薬の入手先やその女の事は報告するとして、動機であるリッグス家の奴隷商売について話すのはリスクが高すぎる。中立派だからこそ、違法行為をチクられるかもしれない。そうしたらレヴィリオの妹がどうなるか……。私もアイリスもすっかり同情してしまっているので、なんとか彼女をうまく解放してやりたいという気持ちで一致していた。だけど、不思議なことにあの学園長は我々の味方になってくれるような、そんな気がするのだ。
「おい! 余計な事言うなよ!?」
「でも不正は絶対許さない! ってタイプじゃなさそうなんですよ」
そういうタイプなら賭博場のことを知っていてそのままというのも変だ。まだ真実を話していないとはいえ、レヴィリオの処遇も宙ぶらりんのままだし。アイリスも学園長にも話すという選択肢があるからこそ尋ねたのだろう。
「大丈夫そうな気がするんだよねぇ。カンだけど」
「私達に演技してリッグス様を探れって仰って……。他に方法もあるでしょうに」
学園長はこの地域の領主と一緒だ。絶対的な地位にあるというのに、やり方が少し生ぬるい気がする。生徒相手に手心を加えているというか……。
「原作では厳格で公平でそれでいて寛大って人じゃなかったっけ?」
「原作……?」
「えーーーーーーっと! そういえばそんなことルカが言ってたかもしれませんわ!!!」
アイリスが無表情になった。不味いことを口走ってしまったら下手に慌てて更にボロをださないように、とりあえず無表情になるようしているのだ。レヴィリオが変な目でアイリスを見ていたが、彼女が特に反応しなかったためか話に戻ってきた。
「その程度の情報で信用しろって無理だろ」
「でも、アイリスのカンはかなり頼りになるんですのよ?」
「そーそー。こういう時の私のカンは当たるよ」
さっきも考えたが、間違いなく仲間は多い方がいい。もちろん信頼できる人物でなくては。学園長くらい力がある人がいれば、どんな計画になっても成功率がかなり変わってくるだろう。
「ギャンブルしてたんでしょ! ごちゃごちゃ言わずアイリスのカンに賭けなさい!」
「なっ! 滅茶苦茶言いやがって!」
私とアイリスでレヴィリオの瞳を見つめる。逃げられないように見つめ続けると、顔がどんどん真っ赤になっていった。
「わぁったよ! お前のカンに賭ける!」
「さっすがぁ~!」
これで話がまとまった。出来るだけ早くレヴィリオの妹を助けなければ。




