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26 お取り潰し-2

 悪い奴だと思ったら実はいい奴だったというのが一番困るのだ。やりにくくなる。いや、周りに迷惑をかけまわっているのは紛れもない事実、厳しくいかなくては。


「だからと言ってリッグス様も他人を傷つけるようなやり方でどうこうしようなんて感心しませんわ」


 改めて今回の事件を蒸し返してみる。だいたいそこまで他人のことを考えられるのに暴力に任せたやり方なんて。


「お前らがいたから死にはしねーだろ」

「あら。お話したこともないのにそんなに信用してよろしいので? 予想外に全然ダメダメだったかもしれませんよ」

「予想外か……俺も自分が暴走するなんて思ってなかったがな……あの薬、思った以上にやべぇ」


 そう言って自分の手を見つめていた。


「お前は有名だしな。腕がいいって噂の治癒師の事は昔から調べてんだ。妹の傷跡治してほしくてよ」

「……そんなに残ってるの?」


 アイリスが眉をひそめて尋ねる。先ほど両親に殴られていうという話だったが、傷跡が残るほどということか。


「妹が嫌がったら火の魔法で脅したりしていたからな。顔の火傷跡がひでぇんだ。古傷の跡を治すのって大変なんだろ?」

「そうですね。すでに治ってしまっているものになりますから……傷跡の時期にもよりますが」

「腕のいい奴探してんだ。他にいたら後で教えてくれよ」


 我が子の顔に火をつけるなんて……そんなに壮絶な家で暮らしていたのか。


「契約魔法を使うのに支障のある怪我は治したが、そうじゃないのは金がかかるってんで放置さ」


 先ほどの奴隷商売の告白と違い、なんだか淡々と話す彼が意外だった。


「さっき……妹さんに感じ悪く言ってごめん」

「正論だからいいんだよ別に。今更気持ちわりーな!」


 思ったより彼の妹は追い詰められて魔法を使っていたことがわかって、アイリスも私の心も少しバツが悪い。いや、それでも許されることではないのだが……もし自分が同じことをされて拒否することが出来るだろうか。


「妹はそれであまり外出する気になれねぇみたいでよ。あのクソ共、それも狙いだったんだ」


 大切な商売道具である娘を出来るだけ閉じ込めておきたいのだろう。そういえばこの兄弟を王都のパーティで見かけたことはない。レヴィリオの方は反抗してこないのかと勝手に思っていたが……。


「妹さん、何歳なの?」

「十四だ」

「来年入学ではないですか! その傷跡のまま?」

「カルヴィナ派の治癒師に一応見てもらってるからな。案の定治ってないがこれで言い訳はできるってクソ共は思ってんだろ」


 カルヴィナ派の治療を受けたということは、貴族派は彼女の火傷の状態にあれこれ言うことは出来ない。カルヴィナ派の力不足と批判することは出来ないのだ。少なくとも表向きにはだが……この学園にいれば裏でコソコソ言われるのは避けられないだろう。そういうこと、彼の両親はどうでもいいのだろうな……。


「リッグス様も妹様も……感覚はまとも……平民よりなのですね」


 倫理観が私やアイリスと似ている気がする。ずっと一緒に暮らしているルカですらここまでない。


「あーまあ……俺も妹も昔はよく屋敷を抜け出して平民のやつらと遊んでたんだよ。だからかもな」


 それは幸せな思い出なんだろう。少し気恥ずかしそうに話すレヴィリオはこれまで見たどの顔より穏やかだ。


「氷石病が流行る前でもクソ共はクソだったが……それでも人間としての常識はあったんだ。妹が回復してよぉ劇的に魔力量が上がってな、んで契約魔法の効力も上がって、それでだ」


 やはり死にかけると何かしら覚醒するのかもしれない。ルカが魔力量を上げるための訓練も似たようなものだったし。


「……あたし、やるわ」

「お前も治癒師としてすごいんだってな。駐屯所で働いてんだろ?」

「……レヴィん家潰すのよ」


 そっちのやる気だったか。ヒロインらしく、話せば分かり合える的な事は言わないんだ。


「あ! もちろん傷跡の治療だって手伝うよ!」

「そりゃ頼もしいぜ」


 アイリスはやる気満々といった表情で小さな拳を握っている。

 

「どうやって潰すかは考えてたの?」

「だからひと暴れしたんじゃねーか。結果、薬まで使ったつーのに惨敗したがな」

「それで家を潰せると思ったんですか?」

「……貴族の子どもらに意図的に怪我を負わせれば責められないはずがねぇだろ。……意識があったら第一王子に攻撃を当てるつもりだったんだぜ……」


 私から目をそらした。こうやって話してみて罪悪感が湧いてきたのだろうか。そもそも情に弱いヤンキーみたいな男だから、生徒と交流を避けるために学園へ出てこなかったのかもしれない。自分の性格は把握しているのだろう。顔見知りを傷つけるのはきっと辛いはずだ。


 学園内の授業や試合なら問題ないが、悪意をもってレオハルトに意図的に攻撃を当てるなんて……暗殺の疑いをかけられたら地下牢行きの可能性だって出てくる。

 地下牢は悲惨な場所だ。光も入らず、風も感じられず、まともな精神を保って出てこれる者はいないと言われている。というか、下手すれば死罪コースだぞ。そうなれば確かに家を潰すことは出来たかもしれない。


「ご自分はどうなってもよかったと?」

「かまわねーよ。それくらいやらねぇと家を潰せないことくらいわかる」

「でも捕まったら奴隷になっちゃった人、解放しに行けないじゃん」

「俺はな。状況はどんどんまずくなってる……とりあえずこれ以上奴隷を増やさねぇようにしたくってよ。……それにアイツは一人でもやるさ」


 そういえば、レヴィリオの処分はどうなるんだろう。これが第一王子派であれば刑罰もありえたかもしれない。幸いと言っては何だが、彼は第二王子派の家出身だ。いつも他人に厳しく身内に甘い貴族派はそこまで責め立てる事はないだろう。


(退学処分にはなるかな……)


 レヴィリオは大きな騒動を起こしたが、結果としては大怪我を負った生徒はいない。そもそも最初は魔力の暴走として処理されているし……。しかしあの学園長がどう判断するか。今となってはもう彼にこのまま学園生活を送ってほしい。彼の辛い過去を聞いて原作のリディアナの不遇の幼少期を思い出してしまった。どうか彼に楽しい青春を送るチャンスを。


「王族殺しで家を潰そうとしたってこと?」


 アイリスはどんどん話を進める。どうやってリッグス家を潰そうか考えているようだ。


「殺すつもりはねーよ。かすり傷でも意図的に傷付けるだけで大事にはなる」

「ってなると、レオ達に頼んでわざとそういう場を作るのが早いかな?」


 うーん、と真面目に考え込んでいるが……。


(アイリス~! そんな強引な方法提案しないでぇ~!)


 レヴィリオもびっくり仰天と口をあんぐり開けていた。確かにこの方法は現状一番手っ取り早くお家お取り潰しする方法かもしれない。だけど()()()()()()、だ。ただレヴィリオだけ地下牢に入ってお終いの可能性だってある。


「……リッグス様が罪を犯して家を潰すのは反対です」

「んな甘ったれたこと言ってんじゃねぇよ」


 本人はやる気のようだ。覚悟を決めている顔も腹立たしい。相変わらず偉そうな男である。


「殺すつもりはねーよ、なんて甘いこと言った人の反論なんて聞く気はありませんわ」

「確かに。殺す勇気はないってこと?」


 アイリス~ズバリと聞くね~!?

  

「第二王子がこの国の王なんて、うちのクソ親がなった方がまだマシだわ。合理性だけは持ち合わせてるからな」


 クククと息を殺して笑っていた。


「え~そんなになの!? でもレヴィが地下牢に入ったり死刑になったら関係なくね?」

「ちょっ! アイリス!? ちょっ!……ちょっ!」


 言い方! この私を慌てさせるなんて流石やるなヒロイン!


「妹は生きていく予定だからよ。ちょっとでもまともな国の方がいいだろ」

「……ちょっとマジで急にキャラ変やめてよね~」


 アイリスもレヴィリオが予定外のいい人になって困惑しているようだ。


「きゃ……なんだって……?」


 結局、この場でどうリッグス家を潰すかは決まらなかった。ただ、私には少しだけ考えがある。アイリスとの話し合いも必要になると思ったからこの場では言わないが。

 レヴィリオもこの会話で憑き物が落ちたように落ち着いてきた。本来自分がどうしたかったのかがわかってきたようだ。


「あーあ。こんな日もあるんだな……久しぶりに気が緩んじまった」

「世の中そんなものですよ」

「そうそう。山あれば谷ありって言うじゃん」

「簡単に言ってくれるよなぁ。俺だってそれなりに考えて気張って生きてきたっつーの」


 一人で運命を変えるのは大変だ。私は身をもって知っている。アイリスもそうだ。これから変えたい運命もある。信用できる仲間は多くて困ることはないだろう。 

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