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7 対決! 第一王子

「リディアナ嬢、君が回復して嬉しく思うよ」

 

 これはレオハルト殿下の開口一番のお言葉。

 なんともお堅い型どおりのご挨拶だ。全く嬉しくなさそうなところが笑える。


(相手は十歳……相手は十歳……相手は十歳……)


『もし殿下にムカつくことがあっても『相手は十歳』だって考えるんだよ』


 部屋を出ていく間際にルカに言われた言葉を思い出す。


(可愛いけど可愛くねぇ~~~!)


 黄金の髪の毛に深く吸い込まれるようなブルーの瞳。どちらも現王のそれと一緒だ。天使のような、それでいて凛々しさも兼ね備えるその容姿に同年代の少女たちは強く憧れていた。こんな状況ではなけでば、私もキャッキャして喜ぶところだが……。


「ありがとうございます」


 こちらもツンとした態度で答える。


(大人げない? 私だって十歳だっちゅうの!)


 第一王子が見舞いに来てくれたという(てい)なので、こちらはベッドの中で座った状態になっている。なんだこの茶番は。

 だいたいなんでこちらが下手に出るんだ。そもそもこの婚約、リオーネ様とその生家であるオースティン家たっての願いという話だ。まあ……私は深く考えずイケメン王子の妃になれると大喜びしたのだが。考えてみればあの両親がこの申し出を受け入れたのは意外な気がする。

 沈黙が続いているせいでレオハルトのお付きがハラハラしている。だって話すことないもん。


(先に話しかけた方が負けね……!)


 結局、お付きに促されてレオハルトが少々悔しそうに口を開いた。


「氷石病の解決に、令嬢が深く関わっていると聞いたんだが」


 本当か? と聞きたいのだろう。あのわがまま放題と悪名高い小娘が関わっているとは信じがたいというところか。


「ええ。その通りですわ! もちろん両親と叔母……聖女様のお力あってこそですが」


 もちろん詳しいことは教えない。

 正直なところ、少しでも友好的、もしくは例え望まぬ政略婚だとしても誠実に接してくれるのであれば、婚姻式でのことは目をつぶるつもりだった。なんせ彼もまだ十歳。子供である。まあこの突然の訪問の時点で期待はしていなかったが。


(そっちがそういう態度でくるのなら、こっちもそのつもりでいくわ)


 だって私も十歳だも〜ん。


「母上が大変喜んでいらっしゃった」

「左様でございますか」


(えーえーそうでしょうよ! 未来の嫁の株が急上昇したんですからね)


 リオーネ様からしてみれば、今回の公爵家の活躍はまさに望んでいたものだろう。

 今回のことでフローレス家は治療法に関する一切の金銭を要求しなかった。また魔力量の多い貴族界隈だけでなく、王都から離れたエリアまで対応できる対策を打ち出したことから、平民からの評価も上がっている。

 そもそも我が家の治癒魔法は金持ちしか受けられないような金額なので、平民からは嫌われていた。母はそれを何とかしようと色々考えているようだったが、私は記憶が戻る前は全く興味がなく現状を理解していなかった。


「リオーネ様から(わたくし)のご機嫌取りでもするよう言われたんですか?」

「なっ!」


 図星のようだ。顔が赤くなった。まあそんなことだろうとは思っていた。


 物語で我が家は、治癒師の名家でありながら何も対応出来ないと槍玉に挙げられ、我が子を失った悲しみが癒えない中でも母は懸命に治療法を探した。その間王室が何かしてくれるわけでもなく、むしろ国民の不満が王家に向かないよう我が家を糾弾したのだ。その中心人物が第二、第三王子の母である側妃セレーナだった。フローレス家という家の価値を少しでも落としたかったのだろう。

 だが今回はそんなことにはならない。すでに我が家の価値は物語の中よりグッと上がった。かと言って美味しいところだけレオハルトに持っていかせる気もない。


「殿下、婚約破棄いたしましょう」


 特上のほほえみをレオハルトに向ける。一切の未練を感じさせないように。


「急に何を言い出すんだ!?」


 心底驚いた顔をしている。まさか自分が振られるわけがないとでも思っていたのだろうか。いやまあそうか。政略婚がそう簡単に破棄されるとは思わないか。


「何をおっしゃいますか!!!」


 私もレオハルトも同時にビクッと体が震えた。びっくりした。急にレオハルトの付き人が大声を張り上げたのだ。


「エリザ」

「はい」


 話が進まないのでご退場いただこう。ものすごく何か言いたげだが、何を言いたいかもわかるし見えないフリをする。


「殿下、婚約破棄いたしましょう」


 あらためてレオハルトに告げる。作中ではレオハルトから告げられた言葉だが、今回はこちらから言わせてもらう。公開処刑じゃないだけ感謝してもらいたい。

 レオハルトは何も答えないが困っているのはわかる。


「殿下は(わたくし)のことをその辺の草花より興味がないようですし」

「そんなことはない……」


 おい、声が小さいぞ。


「今回の病で死んでおけば、(わたくし)などと結婚せずにすんだのに申し訳ごさいませ〜ん!」


 王族を舐めきった全く申し訳ないとは思っていない口調で話す。このくらい言えば嫌味であることがわかるだろう。


「そんなことはない……! 死ぬなど……そんなこと言うな!」


 王子様、今度は声を張り上げた。真剣な表情だ。これは嫌味が通じていないぞ……最近身を潜めていた罪悪感が顔を出す。簡単に死ぬとかいってすみませんでした!


「僕の……私の態度が悪かったのは謝る……フローレス家のお陰で私の立場が保たれているのも理解している……ただ、私自身は君と結ばれたいと思っていない」

「正直ですのね」

「正直に話すことが……今、君にできる唯一の誠実な対応だと思っている」


 これが十歳の言うセリフ!? 流石ヒロインの相手役は違うな!


「だが、君と婚約破棄するわけにはいかない。その理由はわかるだろう」

「それは(わたくし)に水も肥料も与えないけれど、我が家から出る甘い蜜は吸い続けたいということでよろしいですか?」


 レオハルトはショックを受けたように言葉を詰まらせた。自分がなにを言っているか理解したようだ。だがすぐに真っ直ぐに私の目をみてきた。深いブルーの瞳に吸い込まれそうだ。


「今後、君に対する態度を改める。もう君が惨めに思うようなことは決してしない」


(と、言うことは今までの態度は全てワザとか)


 危ない危ない、見た目に騙されるところだった。


「実は……気になる人がいるんだ」

「それはどなたですの?」


 知っているが敢えて聞いてあげよう。『ア』のつくあの子でしょ!


「それが……名前も顔も……以前ライアス領で怪我をしてしまった時に助けてくれた子なんだが……王子である私にも何も臆することなく意見をくれたんだ」


(面白れぇ女ってか!)


 それはマナーや礼儀作法について知らないが故の出来事だろう。作中、学園内でそのような注意を受けるシーンがある。

 アイリスとレオハルトとの初めての出会いは私達の婚約の少し前だった。お互いに淡い恋心を抱き、五年後学園で再開するのだ。


「来るべき時がきたら……フローレス家の力がなくとも私が王として認められることができたら、必ず君を解放する……だから自分が死んだらよかったなんて言わないでくれ!」


 そこまで言ってないが、よっぽど先程の嫌味が効いたらしい。十歳児にはまだ厳しかったか。可愛いところもあるじゃないか。まあ相変わらず自分の都合ばかりなことがわかっていないようではあるが。


「ご安心くださいませ。先程のは嫌味でございます。そのようなこと一切思っておりませんので」

「なっ!」


 顔が再び真っ赤になる。心配してくれるのはありがたいが真意が伝わらないと話にならない。


「君はなんて……噂以上の性悪女め!!!」

「はあ!? 自分勝手な傲慢王子に言われたくないんですけど!」


 言い返されたのが予想外だったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっている。


「王子様にも臆することなく意見できる女性がお好みのようなので申し上げますが、殿下ってワガママですね!」

「なっ!どこがワガママだっていうんだ!」


 はぁ。と大袈裟にため息をつき、やれやれという態度をとる。


「殿下、年頃の女が婚約破棄した後の未来を考えたことあります? それも王子とですよ?」

「……? 他の人と結婚すれば良いのでは?」

「だあああああああ!」


 またもやビク! っとレオハルトの体が揺れた。


(まだそこまでわかんないかぁ……十歳だもんな〜)


 仕方ない、私がタイミングを間違えたのだ。


「もう結構です殿下、とりあえず本日は私が婚約破棄したいことがわかっていただければそれで」


 さっさとお帰りくださいと、扉の方を指差す。


「言わせてもらうが! 婚約破棄して困るのは君の家も同じだろう!」

「え!? なにそれ? どういうことですの!?」


 言われっぱなしで悔しかったのだろう、慌てる私を見て一矢報いることができたとドヤ顔をしている。


「……詳しくは知らないが、お爺様がそうおっしゃっていた」

「なにそれ。だっさ!」

「え?」

「お爺様が言ったも〜ん! っていうなんの根拠もないことで(わたくし)をやり込めたと思ってるあたりが超ダサいって言ってるんです」


 ヤバいと思ったがもう遅かった。レオハルトはついに泣き出してしまったのだ。


(相手は十歳……相手は十歳……ってもう遅いか……)


 今度は私がワタワタと焦る番になってしまった。形勢逆転である。不敬罪で死刑になったらどうしよう。


「……誰か呼びます?」


 フルフルと頭を振った。泣いてるところは見られたくないようだ。


「少々言い過ぎました……」


 そっとハンカチを差し出す。レオハルトは少し乱暴気味に受け取ったそれで目をぎゅっとおさえた。落ち着いてきたようだ。むくりと顔をあげたかと思うと、


「次は負けないからな!」


 と捨て台詞を吐いて部屋を出ていった。

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