22 増強薬
学園長であるダグラス・ファーガソンはこの国の後継者争いには中立の立場をとっている。ここでいう中立は『日和見』という意味ではなく、最終決定をする国王に従うのだから、現時点では誰にも付かないと立場を明確にしているものだ。確固たる自信と地位と信頼があるからこそ可能といえる。その為、学生達に対してとても公平に接することができる数少ない権力者と言えるだろう。
「ワイルダー先生、ご苦労様でした」
ビンの中身を見て校医のワイルダー先生に声をかけたファーガソン学園長は、厳格な印象を与える顔立ちをしており、祖父と雰囲気が似ている。
「それで君達は?」
「彼女達がこの毒の存在に気付いたんですよ!」
ワイルダー先生は相変わらず興奮気味に答えた。
「流石お二人共、よく学んでいますね」
まだ挨拶もできていなかったが、私達のことは知っているようだ。そりゃそうか。公爵令嬢と特待生だしな。
満足そうな声で、少し目尻のシワも強調された。自分の学校の生徒が優秀だと嬉しいのだろう。
「彼の表情を近くで見て、とても魔力の暴走だと思えなかったんです」
「なるほど。危うく学園はとんでもない間違いを犯すところだったのですね。貴方達に助けられました」
なんだ。学園側は隠蔽するつもりはなかったのか。
「それにしてもあの日の授業を担当していた者にはもう一度話を聞く必要がありますね。報告も含めお粗末すぎます」
そのセリフを聞いてギクリとしたのがワイルダー先生だ。彼もその報告者の内の一人なのだろう。
「申し訳ありません! 魔物がいるはずないという先入観から見落としてしまいました!」
大声で素直に非を認めた。先生、ここ一応病室扱いです。
「貴方はそうでしょうが他は違うでしょうね」
学園長と一緒に戻ってきた防御魔法の教師バークは苦笑いしている。他は違うとはどういうことだろう。
「入学式前に、あれだけ学園の人間は中立であるべきだと言い聞かせたつもりだったのですが……足りなかったということでしょう」
今度はワイルダー先生まで苦笑いになってしまっている。学園に努めている教師や職員も貴族出身の者が多いのだ。
(まあ今年は特に当たり年だもんねぇ)
第一王子とその婚約者と第二王子の婚約者が同時に入学だもんな。受け入れる学園側の苦労も想像できる。
「まあ今回は貴族派の生徒が貴族派の生徒に怪我をさせてるからこそ大騒ぎにならずにいますし」
バーク先生がフォローする。実技の時の教師達は貴族派……カルヴィナ家よりだったのか。バーク先生はどっちなんだろう。
ファーガソン学園長はフンと鼻を鳴らしたが、一理あるとは思ったようだ。これ以上その話はしなかった。
「ディーヴァ君、貴方は魔物毒に詳しいとのことでしたが」
「あ、はい! 村で一番多い治療が魔物毒だったので」
「なるほど。放課後お時間いただけますか?」
「大丈夫です」
ワイルダー先生は毒物の詳細を調べるのだろう。レヴィリオはまだよく眠っているので、本人から話は聞けていない。そう言えばこの校医、アイリスに仕事くれなかったのに、ちゃっかりしてるな。
「それでは彼を起こしていただけるかな」
「わかりました」
「半覚醒……という状態は可能だろうか。彼の素行から考えると、回復し切った後に正直に答えるか怪しいからね」
「やってみます」
学園長は生徒のことを思ったよりちゃんと把握しているようだ。ただの名前だけのトップではない。確かに、レヴィリオは反抗的な学生だ。そもそも入学以来授業に出てないから反抗も何もないのだが……コイツいったい学園に何しにきたんだ。
バーク先生が構える体制に入っているのがわかって、少し緊張する。あの暴れ具合が毒のせいでなく性格からだったらどうしよう。
レヴィリオの額に手を当てて、言われた通りほんの少しだけ眠りの状態を解く。先程まで身動きひとつせず気持ちよさそうに寝ていたのが、もぞもぞと体や口元を動かし始めた。そうしてまだ眠たそうな目をほんの少し開けた。
「おはよ〜」
アイリスが声をかける。随分とマイルドな挨拶だな。
「ああ……あさか……?」
どうやら狙い通り寝ぼけた状態のようだ。暴れる様子もないから、大暴れの原因はやはり毒なのだろう。
学園長が空中に魔法で文字を書く、このまま私達に質問してほしいらしい。
『毒の心当たり』
「ねえ。貴方、体の中に毒があったんだけどなんでかわかる?」
「どく……?」
「体の調子、いつもと違ったでしょう?」
「ああ……ちょうしはよかったなあ……」
(調子が良かった!? 体内に毒があったのに!?)
教師陣も思わぬ答えにどう言うことだと首を傾げている。
『どう調子が良かった?』
学園長から再び質問が入った。
「調子が良かったってどんな感じ?」
「ちからがあふれて……なんでもできるきがした……」
体調不良どころか力が出るなんて、そう言う性質の毒なのだろうか。
「どくかあ……あのおんな……あやしいとおもったぜ……」
(あの女って!?)
全員がそう思ったのだろう、学園長がまた指示を出す前に聞く。
「あの女ってだあれ?」
「あれだよ……とばくじょうにいた……まりょくぞうきょうやくなんていいやがって……どくかよお……」
全員が固まってしまった。次に聞く内容も忘れて病室がシンと静まりかえっている。そうしてその間にまたレヴィリオは目を閉じて眠ってしまった。思っているより体の方が毒のせいで疲れているようだ。
「もう一回起こします?」
「いや……」
学園長が少し考え込んで、
「今のうちに彼の部屋を調べます」
「学園長がですか?」
バーク先生が尋ねた。おそらくレヴィリオが言っていた魔力増強薬を探しに行くのだろうが、わざわざ学園のトップがしなくても……と思っているのだろう。
「そうです。残念ながら今誰を信用していいか調べている状況でして。貴方も来ていただけますね」
「わかりました」
バーク先生も行くことに決まったようだ。第一王子よりでも第二王子よりでも信用ならんと言うことだろう。どうやらバーク先生は学園長から信頼されているようだから、どちらでもない中立の立場にいるのだろか。
「フローレス君、ディーヴァ君。わかっているかと思いますが、この事は他言無用です」
「心得ております」
「誰にもですよ。誰にも。」
念押しされているのは、レオハルトのことを言っているのだろう。私も皆に言いたいのは山々だが、学園長の信用を損ねると後々まずそうだ。
「こちらも状況がハッキリすれば、その時きちんとお話します。それは約束しましょう」
「ありがとうございます」
「ワイルダー先生、貴方もですよ」
少しキツめの口調だった。カルヴィナ家や第二王子に不利な情報を早目に知らせて、隠蔽工作でもされたら厄介だ。
「わ、わかっております!」
ワイルダー先生も学園長を裏切るようなことをすればとんでもないことになるのがわかっているのか、顔がこわばっている。
ちょうど予鈴の鐘の音が聞こえた。
「さあ、授業にお行きなさい」
「はい。失礼いたします」
またも気持ち良さそうに寝ているレヴィリオを横目に見ながらその場をさった。




