21 毒
レヴィリオ・リッグスの件は魔法の暴走として処理されてしまっていた。肝心の教師達が近くであのヤバい彼を見なかったからだ。私達も彼の暴走は彼の意思であるという証拠を出せなかったのでどうしようもなかった。学園としても、生徒による殺傷沙汰より、たまにある魔法の暴走とした方が都合がいいようだ。
「薬物検査すべきっしょ! 絶対何かキメてたって!」
「確かに。あの時私かアイリスがチェックするべきだったわね」
あの時のあの目、どう考えても普通じゃない。いや、学園であんな無差別に攻撃すること自体、まともな思考回路では出来ないから薬とも限らないのだが。拘束されたまま連れて行かれた彼はいまだに寮に戻っていないらしい。今から調べても間に合うだろうか。
「医務室に行ってみようか」
「賛成〜」
居るとしたらそこだろう。事件から今日で三日目、あれだけ派手に魔力を使っていたのだ、魔力枯渇状態でダウンしていたとしてもそろそろ会話くらいできるだろう。
ルイーゼとレオハルト、フィンリー様とジェフリーは剣術の授業に、アリアとルカは選択科目である古語の授業に出ていたので、アイリスと二人で向かうことにした。
「「げっ!」」
思わずアイリスと声が重なった。
「お下品な声ですこと!」
会いたくない人ナンバーワンであるライザが医務室から出てきた。今日は取り巻きがいない。先程の一言だけ吐き捨てて、イラついた顔をしたまま去っていった。
「治療かな?」
レヴィリオ騒動では、原作と違い大怪我する生徒はいなかったのだが、私達と離れた所にいた生徒は何人か軽い火傷を負ってしまっていたのだ。その内の一人がライザである。
あのライザが怪我をして大騒ぎになっていないのは、レヴィリオの生家であるリッグス家が貴族派であり、カルヴィナ家と親しいからだ。味方の不祥事は騒げない。ライザとしては悔しい限りだろう。
実際、あの実技の授業から、実家が第一王子派でも第二王子派でもなかった生徒の一部が、こちらにとても好意的になっているのだ。支持している家系のレベルの差が目に見えてハッキリしたのはこちらとしては好都合ではあるが。
(これで怪我人が出なかったら満点だったんだけど……)
そこまでの実力はまだ備わっていないと自戒するしかないだろう。いくら凄い魔術が使えても肝心な時に使いこなせなければ意味がないというのも今回の件であらためて理解した。
「あのライザでも大怪我されたら気分が悪いしね~」
「ねぇ~」
アイリスも同意してくれた。私はライザが自分に代わって悪役令嬢を引き受けてくれたのではないかという負い目があるからそう感じるのだが、アイリスは純粋にそう思っているようで懐の深さが垣間見える。
どう考えても大事件なのに学園が通常運行なのは、怪我人の数と怪我の度合いのせいでもあった。時々ある暴走事故の拡大版くらいにとらえられてしまっている。
「ライザもあのくらいなら自分でどうにかできそうだけど……跡でも残ってるのかな」
火傷の痛みは消せても火傷跡まで綺麗に消すにはコツがいる。校医はカルヴィナ派だし、それなりに実力はあるようだから頼ったのかもしれない。
医務室へ向かう扉を開けると、診察室と書かれた札が下げられた部屋と、廊下を挟んで病室と思われる部屋が五部屋ほど並んであった。思っていたより広い。とりあえず診察室と書かれた部屋をノックする。
「失礼します」
診察室を覗き込むが、誰も見当たらない。
「どうする?」
アイリスと改めて出直そうかと話し合っている途中、遠くの方からなにか叫び声のような声が聞こえた。バタバタと慌ただしい足音も。
「まさか……」
声の方へ向かうと、校医のワイルダーと看護師が三人、それから防御魔法の教師バークが一人、叫んでいる男を押さえつけていた。
「はぁぁぁあなぁぁぁあせぇぇぇえ!」
「落ち着きなさい!!!」
再び腕を防御魔法で拘束されているレヴィリオは血走った目をしていた。
(三日も経ってるのに全く状態が変わってないなんて!)
「君達そこで何をしているんだ!? 出ていきなさい!」
「ちょっとごめんなさ〜い」
アイリスが教師達の制止を無視してベッドに堂々と近づいていく。私も急いで後に続いた。
「リディアナさま~!」
「はいはい」
アイリスはレヴィリオの腹部に、私は頭部に手を触れ、体の状態をチェックする。
「いったい何を!?」
「お静かに願いますわ」
校医が止めようと前に出てきたが、相手が私とアイリスだと気がついて引き下がった。レヴィリオは、相変わらず叫びながら拘束から逃れようと身を捻ってもがいている。
今は治療ではなく体内の様子を探っている状態だ。出来るだけ集中したい。
「少し眠ってくださる?」
治療魔法の派生である眠りの魔法をレヴィリオにかけた。すぐに大人しくなり寝息を立て始める。この魔法は『眠り』と呼ばれてはいるが、要は鎮静効果のある魔法だ。それを調整して眠りまで持っていっている。便利だが、集中しながら相手にしっかり触れないとうまく魔法がかからない。最近やっと使えるようになったのだ。
「ありがと」
「そっちはどう?」
「身体に染み込んでる何かがあるわ」
「そんな!? なにもないはずだ!」
校医のワイルダーは流石にレヴィリオの状態は確認はしていたようだ。だが不十分だということがわかった。今は三人で彼の体に手を当てているが、心臓のあたりにうっすらジュクジュクとした生々しい膜のようなものが蜘蛛の巣のように染み付いている感覚がある。
「これはいったい!?」
ワイルダーも指摘された場所に触れた瞬間、異常に気がつき思わず声が大きくなってしまっていた。
「どうした?」
「いや、この心臓のあたりになにかあるんだ……病変ではないが、これは……毒か? いやしかし毒なら……」
教師達は答えを求めてこちらを見てくる。
「これ毒だよ……です」
アイリスが言葉使いを直しながら答える。私にもこれが毒というのはわかる。過去の経験から、この感じは魔物関連の毒に似ている。だがこの染み付きは私にもわからない。
「しっかり染み込んでるし……魔物から出る、蓄積型の毒だと思う……ます。たぶん、条件が揃った時だけ発動するやつです」
「条件……」
伯父から聞いたことがある。毒を撒くタイプの魔物が生息する森に長くいると少しずつ毒が体内に蓄積し、一定量を摂取するか、何かの条件を満たすと一気に毒が周るのだ。
「しかしこの学園内に魔物なんて!」
ここの治安は国内一と言っていい。魔物なんて近づこうものなら消し炭にされてしまう。
「どこで毒を貰ったか調べないといけないな」
慌てふためく校医と違って、防御魔法の教師は冷静だった。
「フローレス君、眠りの魔法はまだしばらく大丈夫かね」
「はい」
「それでは私は学園長に報告に行こうと思うが」
ここを離れて大丈夫か? と、答えがわかっている目をしていた。
「アイリス嬢もおりますので」
「はは! そうだったな」
そう言うとレヴィリオを拘束していた防御魔法を解いて、少し早足で出て行った。
「先生、どうされますか?」
今なら眠らせているし、治療で暴れることもないだろう。
「出所がわからないなら解毒するより一度外に排出させましょう」
「排出!?」
校医の答えにアイリスは目を丸くして驚いていた。
「あ、ごめんなさい。毒の排出なんてやったことなくて」
「そうですね! 毒で苦しんでいる人は少しでも早く解毒をして楽にしてあげるのが普通です! ですが幸い本人もすやすや眠っていますし、毒の詳細がわかればどこから来たものかわかるかもしれません!」
鼻息が荒くなってきた。この校医、ワイルダー先生はカルヴィナ家の親戚筋にあたる人だ。こういう興奮しやすい所は血筋なのだろうか。まあでも、やる気が出たのはいいことだ。確かこの人、原作では研究者タイプの治癒師だった。
「学生の前でとんだ失態をしてしまいました! 治癒師として先入観なんて持つべきではないのに。名誉挽回させてもらいますよ!」
そのままの勢いで先程の毒があった付近に触れると、高濃度の治癒魔法を使った。強い光が部屋中を満たす。宣言通り、実に素早い施術だった。レヴィリオの顔色もよくなりはじめている。
「うえぇ〜」
アイリスは毒の治療の経験はあれど、実物を見たのは初めてだったようだ。校医の手のひらの上にふよふよとグニョグニョした毒々しい紫色の物体が浮かんでいた。すぐに看護師が用意した試験管の中にいれ、覗き込んでいる。
「おそらくこれで彼は元に戻るでしょう!」
「起こします?」
「それはやめておきましょう!」
まだ興奮気味だ。顔色よく眠る狂犬くんは、やっと原作の雰囲気になってきた。




