18 面接
その日、伯父は早めに屋敷へ帰ってきた。どうやら私達が戻ってくるのを楽しみにしてくれていたらしい。
「伯父様、手紙でお話ししておりましたアイリス嬢です」
「アイリス・ディーヴァでございます。リディアナ様にはいつもお世話になっておりまして」
なんだか前世を思い出すような挨拶だ。アイリスはどうやら今日のこのイベントのことをすっかり忘れていたようだが、前回の反省からか、ギャルっぽさは封印していた。
治癒師として学生街の駐屯所で働くための面接……というか顔合わせである。
「ルーク・フローレスです。どうぞ宜しく! 早速だけどこの植物に治癒魔法をかけてもらえるかな?」
わざわざ元気のない鉢植えを庭から探してきたらしい。アリバラ先生まで同席した。二人とも目をキラキラさせてアイリスの手元を見ている。圧がすごい。
「こんなに顔以外に注目されたのは初めてなんだけど〜」
思わず言葉使いが元に戻ってしまっている。予想通り二人とも気にせず、アイリスが魔法を使うのをまだかまだかと待っている。
一呼吸置いてアイリスがその鉢植えの花に触れた。萎れていた花も葉もゆっくりと力を取り戻していっているのがわかる。
「おお〜!」
伯父は嬉しそうに声を上げ、アリバラ先生はしげしげと植物を見つめていた。
「もう一度いいだろうか!?」
そう言ってもう一つ鉢植えをテーブルに上げた。
「伯父様! 興味を持っていただいたのは嬉しいですが、肝心のお仕事の話をお願いします!」
アイリスの魔法に夢中になって、今回の帰省の目的が達成されないと困る。あらかじめ手紙で話は通していたが、アイリスの実力を説明するために動植物の治療について書いたのがまずかった。伯父の好奇心に触れてしまい、是非一度会いたいと言われてしまったのだ。
「ああ、ごめんごめん! もちろん僕達は大歓迎さ! 騎士団に治癒師はいくらいても足りないくらいだしね!」
「ありがとうございます!」
「細かな条件はあとで話そう! さあ! もう一度頼むよ!」
「喜んで〜!」
結局アイリスはこのあと三回も同じことをさせられていた。
「これはすごい。大地の魔法を使って植物に力を与えるのは見たことがあるが、治癒魔法で見事に治してしまうとは!」
伯父は興奮気味に語り始める。
「魔力は綺麗に植物全体に満遍なく使用していましたね。確か人体の場合、患部に魔力を集中させると言う話でしたが」
「そうそう! そうなんだよ! 植物はサイズによるのかな? それとも……」
「伯父様方! あとはお二人でどうぞ!」
盛り上がり始めた魔法オタクに付き合う必要はない。二人に気を使って少し焦っているアイリスを引っ張り、そそくさと夕食へ向かった。
◇◇◇
「リディ! アイリス〜! 久しぶりの王都はどうだった?」
学園の寮に帰り着いた私達に気がついたルイーゼが元気よく声をかけてくれた。
「アイリスの仕事場はバッチリ確保したわ」
広い玄関ホールで、私もアイリスもピースをしてアピールをする。
「学園の医務室はデカい魚を逃したわね」
「愚か過ぎます」
「あまり大きな声で本当の事言ったら可哀想じゃ~ん」
貴族派の学生達が、アイリスをみてまだコソコソと嫌味を言っているのが聞こえたので、これ見よがしに強気にでると、焦って自室の方へ逃げていった。
「親分がいなきゃ私の目すら見れないっていうのによく言うわ」
結局、貴族派からのアイリスへのアタリの強さは原作と変わらずにあったが、今回は私達が盾として存在するので大きなトラブルは何も起きていない。
「嫌がらせが低レベルで肩透かしなんだけど!」
「そう? コソコソレベルでも嫌じゃない?」
私とは違い、高校生活真っただ中の前世を持つアイリスは今ちょうど同世代となっている。私達は二人とも前世の性格を引きずって今世でも生きてきているので、アイリスが傷ついていないか気になるところなのだ。なんせアイリスは周りを気にし過ぎるところがあるし……。
「ぜーんぜん! 前の時もコソコソはあったけど、気にするだけ無駄なんだよね〜私が傷ついて相手がほくそ笑んでると思うとムカつくし!」
「ホント? もし気になるなら……」
「あたしがそんな気にしぃだったら、そもそもキャラ変とかしてないし〜」
確かにそれはそうだ。私の認識が間違っていた。アイリスは他人を気にし過ぎなわけじゃなく、相手を気遣える人なんだ。
「全ての人に愛されるなんて不可能じゃん? 多少は諦めも必要っしょ」
「アイリスって達観してるのね~!? そんなこと考えたこともなかったわ」
ルイーゼが目を丸くして驚いている。
「尊い血が流れていても、村ではそんな感じだったの?」
周囲を気にしながら声を潜めて聞いてくる。
「まあ……多少は……?」
アイリスは目が泳いでしまっているが、その表情をルイーゼが見ていなくて助かった。全てを知る相手と一緒にいる時間が続いたので油断していたのだろう。私も気をつけなければ……。
「そ、そう言えば仕事内容はどんな感じになるの?」
これ以上この話題を続けるのはボロが出そうで怖い。話題を変えよう。
「あ、えーっと、かなりいいと思うんだよね! リディアナのおかげで助かったよ!」
「そうだルイーゼ! お菓子持って帰ってきたから食べようよ! アリアも呼びましょう!」
「わぁ! それは喜ぶわね! あの子今日もパレットへ行ったんだけど、シュークリームは買えずじまいだったのよ」
「それって目的はシュークリームだけ?」
アイリスはルイーゼの兄、ヴィルヘルムのことを言っているのだろう。私が以前会ったのがその菓子店だったからだ。
「怪しいわよね! 詳しく聞かなきゃだわ……呼んでくる!」
そう言ってアリアを迎えに行った。
「ごめーん!」
「いやいや、私もたまにやっちゃうから」
地味なピンチを二人で乗り切ることができ、ホッと息をついた。
「そういえばお仕事、本当にいい条件だったの?」
ちょうどその時、屋敷の使用人が怪我をしたと知らせが入ったので私は同席できなかったのだ。
「うん! かなりいいと思うよ。平日に一日、休日に一日でこれだよ? 学業優先でいいって!」
確かに書面ではそう書いていた。高額な基本給に加えて成果によって別途支給とあり、また金額も一人前の治癒師と同レベルの価格帯だった。ただ、場合により招集の可能性有りと書いてある……。
「ぶっちゃけ、いい人材を確保しときたいって言ってたよ」
伯父がアイリスが不利になるようなことをしていると疑っていたわけではないのだが、何となく何かやってるのでは? という不安がつきまとうのが伯父だ。そんな私の表情に気がついたのだろう。裏話まで教えてくれた。
治癒師は貴重な人材だ。軍に従事しなくても、充分儲かる仕事な為、伯父は人員の確保に頭を悩ませているらしい。
「学生街の兵士がそんな大きな怪我するとは思えないから、この基本給だけでどうにかなるようにしてくれたんじゃん? 助かるわ〜」
アイリスは嬉しそうにしているが……、
「魔物討伐に駆り出されるんじゃない?」
危ないし、きっと怖い経験になるだろう。伯父は人員不足をアイリスでどうにかするつもりなんじゃないだろうか。きっと、彼女がいれば私も一緒にくるだろう、という予想もあるのだ。そしてそれは当たりだ。私にはアイリスを伯父に紹介した責任がある。
「ウェルカムじゃーん! だって経験積んどきたいし。実践経験が全然足りないし」
声色はいつもの通りだが、アイリスは真顔だった。
そう、これは前々から二人で話していたことだ。私達は本気で戦う未来が待っている可能性が高い。だから、積むべき経験は積んでおこうと。
前世の記憶を引きついだメリットは大きいが、同時にこの世界と相容れない価値観と安全意識からも逃れられなかった。
(いかに安全な世界で生きてきたかよくわかるもんなぁ)
まさか自分が戦う決断をするなんて。あらためて何をどうするか具体的に考えると少し尻込みしてしまいそうになる。
「いざという時に役に立たないんじゃ話にならないしね。原作の夏休みイベント、ガチで挑むからよろしく」
私だけじゃない、アイリスは予知夢をひっくり返すために真剣なのだ。愛する幼馴染を守るためにも。
(心強いったらないわね)
アイリスのこの姿勢は見習わないといけない。




