17 未来の分岐点
アイリスは驚いた顔をして私とルカを交互にみた。私達は急いで首を横に振る。どちらもアイリスの秘密を話してはないというアピールだ。
アリバラ先生は五年前から変わらず痩せていたが、服装は以前のようにヨレヨレではなく、キッチリしたものに変わっている。
『うちがまともにお給金払ってないと思われるでしょう!?』
という母サーシャの怒りと共に、仕立て屋を呼ばれたそうだ。
慌てている私達を見てほんの少し笑った先生は、相変わらず淡々と話す。
「失礼。昨夜夢にみましてね」
という事は、この出会いは先生にとってとても重要という事だ。
「それじゃあもうお話しなくても?」
「せっかくなのでどうぞ」
いつものように抑揚のない声だが、口角は少し上がっている。
アイリスを紹介した後、予知夢についての報告をした。
「先生、予知夢の内の一つが解決しました。現時点で、予知夢通りの記事が出るように今から準備を進めています。予知夢は実現しますが、私が生徒を虐殺する未来は実現しません」
実現させません。
「それはいい。リディアナ様が積み上げてきた信頼の結果ですね」
これは仲間に打ち明けたことを言ったんだろう。そう言えばアリバラ先生はこの能力のことを公表しても良かったんだろうか。
「ですがもう一つの方、飛龍による王都襲撃だけは予知夢通りに、とはいきません。それで夢の詳細をもう少し詳しく伺いたいのです」
「そうですね」
そう言って席を立つと、何やら金庫から色々と描き込まれた図面のような紙を持ってきた。
「絵〜うまっ!」
「私も生き残るために必死ですからね。これは夢の内容です」
アイリスの言葉使いは気にならないようだ。
見せてもらったのは王城の前の広場で、逃げ惑う人々と、飛び交う飛龍、燃え盛る炎……王城の塔の上には明らかに飛龍とは違うフォルムをした大きな龍と、黒髪を風に靡かせてその景色を見つめるリディアナの絵だった。
(額に付いているのは魔石?)
これが龍王の特徴の一つだ。とはいえ文献でしか情報がないので、額にあるツルッとしたものが本当はなんなのかはわからない。
「ちなみに二枚あります」
先生が並べたのは私達と出会った時に見た予知夢と、最近見た予知夢の二枚だった。
「間違い探しね」
「よくこんなに細かく覚えられましたね」
「これほど睡眠中に気合を入れた事はありませんよ」
冗談めいていたが、瞬時に記憶し絵に起こす特訓は、この『予知夢』を引き継いだ者の必須訓練だと後から教えてもらった。
一回目のものより二回目の絵の方が描き込みも細かいのがわかる。一枚目は人々の顔まではわからないが、二枚目はその表情までわかるのだ。私達が話し込んでいる間も、アイリスは集中して絵を見比べていた。
「みっけ!」
早い! あっという間に何かに気づいたようだ。
「影が違うってことは時間が違うってことでしょ?」
「本当だ!」
ルカが感心していた。確かに影の角度が違う。
「ええ。時間は違うと思います。ただ時計を見たわけではないので正確にはわかりません」
日中だと言うことはわかっているが、それ以上のことはわからないままだった。先生は予知夢を見ると必ず日時に繋がりそうな情報は探すようにしているらしい。実現するタイミングがいつも一定ではないからだ。
「よし! 広場に時計塔建てよう!」
「金持ちムーブきた~~~!」
アイリスがキャッキャと騒ぐ。
先生が次に予知夢を見た時のために必要だろう。そこから何かわかることがあるかもしれないし。前回はまさか二回目があるとは思わず……油断した。
「飛龍と人の数も違うねぇ。飛龍は減って、人は増えているような」
今度はルカだ。逃げ惑う人と飛び交う飛龍の数をそれぞれ数えている。
「はい。私のように飛龍に対抗した人が何人もいました。私も前回の予知夢より討伐数は増えています」
「ということは、王都までやってきた飛龍の数自体は変わってないんですね」
こんなに多くの飛龍は一体どこから? ジェフリーだけでなく、さりげなくフィンリー様にも飛龍の大群のいそうな場を尋ねたがわからないままだった。
「え……この人、この男の人! うちの村の人じゃん!」
急にアイリスが声を大きくした。二枚目に飛龍に向けて剣を向けている。身なりから冒険者かと思ったが、どうやら彼女の知り合いのようだ。
「先生! この人のこと、他に何か覚えてませんか!?」
描かれた青年は背格好や服装はわかるが、ちょうど角度が悪く顔まではわからなかった。
「アイリス嬢の村の人はなにか特徴でもあるの?」
「この剣……村に伝わる剣の一つなの……」
知り合いがこの場にいるのは心配だろう。アイリスの顔色が悪い。
「……真実を?」
先生もアイリスの知り合いとわかったからか、言い淀んでいる。
「うん」
「……お亡くなりになりました」
その瞬間、アイリスはわっと泣き出してしまった。先生の話ぶりから悪い内容だとわかってはいたのだろう。
そっと背中をさするが、なんだか罪悪感が酷い。私が引き起こすつもりは絶対にないのだが、未来を変えてしまった私のせいな気がして……。
「リディ…ア…ナ…のせい……じゃないがらね……!」
こんな時でも他人を気にかけるなんて……泣きながらも私をフォローしてくれている。
「この人、一枚目にもいない?」
「え!?」
「ほらここ!」
ルカの指差した人物は、二枚目と似たデザインの服を着て、腰には剣をぶら下げていたがこちらは逃げ惑っている。二枚目のような勇敢さは感じない。
「アラン……」
彼の名前だろう。年齢は私達とそう変わらなさそうだ。
「まさか彼って……」
アイリスの好きな人!?
「この人……一枚目の時はどうなったの?」
「この辺りの人達はこの後すぐに騎士団が来ていましたからその時点では……私が死んだ後のことはわかりませんが」
そして再びわんわんと泣き始めた。
「あたしのせいだ……! あ、あたしが……」
落ち着くまで背中をさすり続ける。途中で、ごめん、ごめんと言いながら泣き止もうとしていたが、どうにもならないようだった。
「私のせいじゃないって言ってくれたじゃない。同じように何があってもアイリスのせいなんかじゃないよ」
「あたしと一緒に特訓したのよ……いつか来ると思ってたリディアナ戦に向けてさ……それで変に自信つけちゃったからこんな事に……」
たまにしゃっくりをしながらも落ち着いてきたようだ。
「リディアナ、ごめんね……ちゃんとわかってなかった……大切な人が死んじゃう未来ってめちゃめちゃ怖いね……」
そんなことまで謝らなくっていいのに。
「わかる。焦るよね」
「それな! とりあえず何かしなきゃ! ってなる!」
少しずつ前向きなやる気が出てきたようだ。泣き腫らした目を袖で拭きながら熱く語り始める。
「私の方も頼みますよ」
「先生は僕が助けますよ!」
「頼りにしてます」
聖女の涙、と言うか大号泣に戸惑っていた二人が急いで会話に入ってきた。
「絶対にこの予知夢を覆してやるからね!!!」
ヒロインである聖女と悪役令嬢の目的が一致した瞬間だった。




