15 カミングアウト
これまで私がレオハルトにアイリスを売り込んでいたのが仇になっていた。それに加えて、入学してからはアイリスや他の女子との付き合いを優先していたこともあってか、どうやらまたヤキモチを妬いているらしい。
まさかアイリスに対して当たりが強くなるなんて。当のアイリスが全く気にしていないのが本当に救いだ。後から彼女から、『レオの反応、めっちゃ可愛くない?』と余裕の感想を聞いて安心したと同時に、ヒロインってすごい……と恐れ入った。
「私、初代聖女の末裔なんですよぉ」
突然、原作の終盤で判明する真実の爆弾を投下した。全員予想外の告白に面食らってしまい反応しない。私の告白の時より明らかに驚いており、思考が止まってしまったようだ。
「アイリス嬢、流石にそれは、ふ、不敬ですよ!?」
一番初めに我に返ったジェフリーが慌ててアイリスに注意する。
「いや、これガチ情報だからー! だってジェフリー様も初代聖女のちゃんとした墓がないって知ってるっしょ?」
「そ……それは学者間では公然の秘密になっていますが……」
「ね? お墓はうちの村にあるし」
「いやでも……なんで……」
初代聖女はこの国にとって特別だ。最も神聖視されている存在で、覚醒したアイリスが受け継いだ特別な力を有していた。
初代聖女は死者すら蘇らせることが出来たのだ。そして老いすら克服する治癒魔法を使いこなしていた。この二つの力は通常の治癒師には不可能だ。私はもちろん、今の聖女である叔母にも出来ない。
(その死者を蘇らせる力でフィンリー様を助けてよ! って大泣きしたなぁ~)
死者を蘇らせる力は本当に愛している人物にしか効かないという設定だった。今回、その効力の範囲は例の幼馴染だけだろう。
ただこの真実を知っているのは原作を読んでいる私たちだけのはずだ。というか、そうでないとアイリスが困る。この力を欲する人間は世界中にたくさんいるだろうから。ルカにすら話していない事柄だ。だから今夜の告白会ではこの件についても知らせない。
「そんな話が信じられるか! そもそも、私はどうして君がここにいるか聞いているんだ」
「ちょっ! レオハルト様!」
混乱しているのか語気が強いままだ。
「まあまあそんなカッカしないで、話聞いてよ〜」
「レオハルト様、今はお静かに願いますわ」
ピシャリとアリアに叱られたらレオハルトも黙るしかない。
「えーっと、まず私がなんで隠れてた村から出てきたかって言うと、この国がピンチになるっていう御告げがあったからなんだよね〜」
「御告げ?」
全員が聞き返す。
「うちのオババ……村長が予言の特殊魔法の使い手でね〜まあ滅多に御告げなんてないんだけど、今回のはガチだったらしくってさ!」
「そんな特殊魔法があるのですか?」
ジェフリーすら知らない特殊魔法だ。原作でもさらっと流された箇所だが、予知夢とはまた違うのだろうか。
「あるの! で、初代国王と初代聖女との約束で、国がピンチの時はまた協力するってのがあったから、私が出てきたってわけ!」
「確かに、君の治癒魔法は群を抜いていると聞いたが……」
「防御魔法もいけまーす」
部屋の暗い雰囲気に負けないように、元気にピースサインをしている。が、反応はゼロだ。全員それどころではない。
「予知夢の話、先にアイリス嬢に伝えたのはどうしてだ?」
レオハルトは今度は抑え気味に尋ねてくる。怒っているのか、悲しんでいるのか……自分が一番じゃないのはやはり嫌か。
「私から先に真実を話したの! だってリディアナ様なら信用できると思って」
これはある意味本当だ。アイリスから積極的に前世の記憶を共有してくれた。
私が褒められたと感じたのか、気をよくしたようだ。これ以上は追求されなかった。
「それで、私が聖女の末裔だっていう証拠だけど〜」
おもむろに首にかけていた丸くシンプルなロケットペンダントをレオハルトに手渡した。全員がそのペンダントに駆け寄って覗き込んでいる。
ペンダントを開けると、二つの紋章がホログラムの様に宙に浮かび上がった。王家と聖女、それぞれの紋章だ。どんな技術で出来ているんだろう。偽物を作るのは無理だと全員が思ったようだ。
「御無礼をお許しください」
ジェフリーが頭を下げるのをみて、アイリスが慌てた。
「いやいやいや! 私は聖女じゃなくてただの子孫だし! 気にしないでよ!」
まだ聖女じゃないってだけだけどね。と、私だけが知っている。
全員がどんどん深刻な顔になってきた。聖女を出した家系はそれなりの地位を得る。最近じゃそのほとんどが有名治癒師の家系なので、特別視されるようなことはなかったのだが……それが神聖視されている初代となれば、この貴族社会の中でどのくらいのポジションになるのか誰もわからない。
今の今まで平民として扱っていたアイリスとどう接していいかわからないようだ。
(カミングアウトのタイミングがかなり早いからな……)
原作と違い、それぞれとの友情や愛情といった信頼関係性を築き上げてきてからの告白ではない分、レオハルト達の戸惑いは大きい。
「今はまだ公表するつもりはないからさ! これまでと同じでよろしく~!」
重い空気を察してか、再度全力でおちゃらけて軽い雰囲気を出そううとしていたアイリスだったが、誰も笑わないしつっこまない。
アイリスと視線が合う。
(なにか……なにか他に話題は!?)
「えっと……どうして聖女様は王都を出てそちらへ?」
アイリスも慌てたように答える。
「えっと、えっと、初代聖女とこの国の初代国王は結婚する予定だったんだけど、どっちも他に好きな人がいたから、それぞれと結婚するために初代聖女は王都から逃げ出したんだって!」
(しまった!)
今のこの空気じゃとてもラブロマンスを楽しめる余裕なんてない。案の定空気は変わらないままだ。誰もその真実を知らないから当たり前だ。外聞を気にする貴族の家に生まれた我々からすると、駆け落ち話を表立ってもてはやすことはできない。
だが、それを打ち破ったのはまさかのアリアだった。
「初代国王様は一途な方でいらしたのですね」
現国王陛下とも重ねたのだろう。確かに代々の国王は現国王のように後継者問題がない限り側室をとらなかった。愛情深い血筋のようだ。レオハルトもそうだし。アリアには腹違いの弟もいるので、余計にそう感じるのかもしれない。
「そうだな」
少し寂しそうに笑いながらレオハルトが答えた。自分の母親はその対象ではないからだろう。なんだかそれが切なかった。
「情熱的なのはいいことだわ!」
「確かにー!」
ルイーゼもアイリスもそう感じたのだろう。明るい答えで打ち消そうとしているのがわかった。
「どちらの初代様もお幸せだったのでしょうね」
レオハルトの方を向いて告げる。初代国王は国家建国に活躍した大魔術師と結婚し、夫婦仲睦まじく力合わせて、生まれたてのこの国を守ったという言い伝えがある。
今度はちゃんと笑っていた。
「そうだな」
思っていたよりもあっさり、告白の会は終わった。私の件もアイリスの件も皆が受け入れてくれた。これで次に進める。今度こそ、予知夢を打ち砕いてみせる。




