5 働き口
アイリスはライザの原作との違いにすでに気が付いていた。
「やっぱり!? ライザがいたから声かけようとしたんだけど、近づけもしなかったんだよね。取り巻きがめっちゃ怖いんだけど」
「……そうよね」
それは私もさっき見た。イケメン軍団に囲まれている私を見てコソコソと大きな声で話していた。
「バイト先、学園の医務室は難しいかもしれないけど、学生街にある兵士の駐屯所なら伯父に頼めば雇ってもらえると思うわ」
まあそもそも治癒師なんて引っ張りだこだから、この街をちょっと外に出ればいくらでも仕事はあるだろうけど。
「本当!? あー助かった! ここ、何もかも高いんだもん。休みの日生きてけないよぉ」
「街を出るのも大変だもんねぇ」
「そうそう。天馬か自転車でもあれば自力で移動するんだけど」
「選択肢がすごいわね……まあ、ちょっと待っててよ」
こういうのって前世なら職権濫用で問題になるだろうな、なんてぼんやり考える時があるけど、この世界で前世の倫理観で生きてもしかたがない。使えるコネはなんでも使う。
「リディアナの方の奨学金の方で入学すればよかったー! だってその辺も出してくれるんでしょう?」
「一応、学業優先って事にしてるからね。休日に働くくらいなら勉強してねって意味で困らない程度には出してるけど」
だけどこれは仕方ないのだ。アイリスのような特待生はおそらくなんの問題もなく卒業できる。だけど、私が出している奨学金で入学したメンバーは違う。基礎的な学力も魔法の使い方も生まれた時からそれに触れてきた貴族達とは経験に差がありすぎる。だけど学ぶ能力と意欲のある者、そういう人物が選ばれている。だから奨学生達は休日も自室で勉強に励んでいると聞いている。
「あーけどそんなことしちゃったら、一人枠がなくなっちゃうもんね。余計なことしなくてよかった!」
「あなたって色んなこと気にするのね」
「……それ、前世でもよく言われた」
なんだか無理矢理笑顔を作っているのがわかって、失言だったと気がついた。
「ごめん!」
「いやいいの! これは自分の短所であり長所でもあるって思ってるからさ」
手を横にブンブン振りながら答えてくれた。
「カルヴィナ家のこともごめん。私が物語を変えたから……」
「それもいいって! リディアナは当たり前のことをしただけじゃん! そっちも気にしすぎ~」
今度は私の肩をバシバシと叩く。だけどライザの助けがないのはアイリスにとって死活問題のはずだ。それにレオハルト達と恋仲になる気がないのなら、やたら学業外のイベントが多いこの学園でイケメン軍団からの貢ぎ物も期待できない。ドレスや靴がなければ参加できない行事が多すぎる。どう考えても原作と違ってハードな学園生活になることが予想できる。なのに……。
これで決まった。リディアナのお助けキャラは私がなろう。未来の聖女のパトロンだ。これで私も一つ徳を積めるだろう。
「アイリスが嫌じゃないなら、私がお助けキャラを引き継ぐから」
「それってもしかして……ドレスとか?」
「うん」
原作を読んでいるだけあって話が早い。幸い金銭面に関して私は余裕のある暮らしを送っている。だけどこういう金銭の援助はプライドも傷つく人もいるし……特に前世の価値観を引き継いでいるから……あくまでアイリスが望むカタチで支援したい。
「マジで! ラッキー! パーティ系は諦めようと思ってたんだよねぇ!」
よかった! その辺は気にならないようだ。パーティに出れば、未来の貴族の当主や王宮で重要なポジションにつく予定の学生達との交流も深まる。あって困らない人脈づくりができるのだ。
「あんがとー! あー早速新入生歓迎パーティが楽しみ!」
「それよ! 急いで準備しないと!」
やたらパーティの多いこの学園、早速歓迎という名のお披露目会が行われるのだ。
「週末までまだ時間あるじゃん」
「いや! マジでドレスなんてすぐに用意できないからね!? ここ漫画の世界じゃないから! 現実だから! 次のコマでドレスでてきたりしないから!」
「そーなの!?」
本来このパーティでドレスを用意してくれるライザは、アイリスと体型がよく似ているからそのまま自分のを渡すことが出来たのだろう。
だけど私とアイリスは背丈がかなり違う。私は長身だが、アイリスは小柄だ。
「エリザ!」
「はい」
別室で控えていたエリザがすぐにやってきた。今からドレスを仕上げてくれるところを探さなきゃ。けど王都周辺じゃこの学園の生徒達の注文で手一杯だろう。だからもうコネと家の力を使ってゴリ押しのねじ込みをするしかない。
「今から私が声をかけてドレスを仕立ててくれそうな所知ってる?」
「はい。すぐにお呼びします」
エリザがそう言うということは本当にすぐに見つかるだろう。どうやら間に合いそうだ。
「すごい! 本当に貴族みたい!」
アイリスにとって私は初めて関わる貴族のようだ。
「フン! 私に逆らえる人間なんてこの世にいないわ!」
そう言って肩にかかった自分の長い黒髪をサッと後ろに払って見せた。
「きゃー! 元祖悪役令嬢様~~~!」
悪役令嬢ごっこなら楽しめそうだ。
エリザはやはり優秀だった。それから一時間後には学生街で人気の衣装店の店主を連れてきたのだ。
「サーシャ様には以前大変お世話になっておりまして」
初老でセンスのいいジャケットを着た店主が愛想良く頭を下げた。どうやら母が以前に治療をおこなったようだ。いや、服を買い込んだのかな? 母もブランドものが好きなタイプだ。
「うそ! ルクサーヌじゃん」
ルクサーヌは王都でも有名なドレス専門の衣装店だ。去年から学生街にも店を出している。彼が胸につけているこのブランドロゴのブローチをみて気がついたようで、目をキラキラと輝かせている。
だがよくこの人気ブランドの店主を連れてくることが出来たな……それこそ今週は特に忙しいだろうに。
「この子のドレスを頼みたいの。今から間に合うかしら」
「お願いします!」
アイリスは嬉しそうに彼の目を見つめている。
「もちろんでございます。時期が時期ですので、若干デザインの幅が狭まることはお許しくださいませ」
そう言ってテキパキと連れてきたお針子の女性に指示してアイリスの採寸を始めた。
この人のすごいところは、公爵令嬢の私に媚びへつらうことなく、というかビビることなく、サクサクと、しかし愛想よく会話が続くことだ。貴族のご婦人方を相手にしてきた歴戦の戦士というところか。
「デザインはリディアナ様もご一緒に?」
「私じゃよくわからないから!」
採寸が終わったアイリスと一緒にルクサーヌの店主とドレスの詳細を詰める。この作業は楽しい。生地にどれを使うかとか、どこにどんな飾りをつけるかとか……。
「貴族がドレス自慢する気持ちがわかるわー! めっちゃ楽しいね!」
にこにこと生地を選ぶアイリスを見て、店主も口元をほころばせていた。
「ドレスの作り甲斐があるというものです」
私の視線に気がついたようだ。少しハニカミながら答えてくれた。
「今回、空きがあって助かりました」
「いつもこの時期は二着分は余裕を持っているのです。直前に作り直しや、あの子よりいいドレスにしたい、なんて話は少なくないのですよ」
貴族相手の商売は大変だ。私のように家名を使ってゴリ押してくる人間も少なくないのだろう。
「ご無理申し上げました……」
「とんでもございません。私どもも商売ですので」
そう言って、胸元の装飾のスケッチをいくつかアイリスのために用意し始めた。
出来上がりが楽しみだ。




