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4 幼馴染

 レオハルトはアイリスのことをずっと探していた。あの初恋に、アイリスに惹きつけられて五年間探し続けていた。同時に、いつも側にいる私にもなんとも言い難い愛情が生まれたようだ。ヤキモチを妬いたり、しっかり私の婚約者としてあっちこっちにアピールもしていた。

 私もどうせアイリスと出会うまでのことだと思ってあまり対策もしてこなかった。なにをしても無駄な労力になると思って。


「嫌じゃない? 私を好きだって言ってるのに、しっかりリディアナの婚約者してるわけでしょう? 仲睦まじいって聞いてるよ」


 嫌じゃない? って聞かれても……。


「五年前ならキレてるわね」

「じゃあ今は……」

「報われないレオハルト様にちょっと同情してる」


 でも仕方がない。人の心は変えられない以上、レオハルトは今から頑張るしかないだろう。彼ならこれから頑張れば十分可能性はある。十分魅力的に成長した。

 アイリスは今度はちょっとだけ申し訳なさそうに視線を落とす。


「実は……他に好きな人がいてさ」

「え!!? 誰!? ルカ? ジェフリー? まさかフィンリー様!?」


 私みたいにレオハルト以外の推しがいたの!? どうしよう……レオハルトに入り込む余地はあるだろうか……。


「いや、村にいる幼馴染なんだけどね」


 私のテンションとは真逆の反応だ。ちょっと切なそうにうつむいたまま頬を染めて、その幼馴染のことを話してくれた。いつもアイリスの側にいて守ってくれていた事、心配してくれた事、努力を認めてくれた事、叱ってくれた事、だけどどこか一線引かれていた事。


「私も、いつかレオと結婚するんだと思って諦めてたんだけどね……そうじゃないって気がついたから、卒業したら気持ち伝えようと思って」


 彼の話をしているアイリスは嬉しそうに、誇らしそうにしていた。ずっと大好きだったんだろう。


「そう……」


 私は納得した風を装うも……。


(いやいやこれからどうすんのよ!?)


 だけどアイリスはその彼に本気のようだ。彼女は縛られた運命などなかったと気付けた。これからの未来がきっと楽しみのはずだ。それなのにレオハルトを選べなんて強制などできない。


 物語開始後、私が考えていたストーリーはこうだ。

 

 まず、レオハルトとアイリスが出会い恋に落ちる。この流れで婚約破棄する。あくまで穏便にだ。理由は卒業後更なる勉学の為に留学したいからということにする。ルカに留学の話が来た時に思いついた。学園内でそのまま仲良く過ごせばどちらにも非があるようには見えないだろう。


(昔約束したように、それでもレオハルトが私に側にいて支えて欲しいってんならその後でもいいしね)


 むしろ対外的には一度距離を置いていた方がいいだろう。そう思ったのだ。


 物語が進めば、アイリスのチカラを周囲が認め始める。そうしたら正式にレオハルトとお付き合いをすればいい。アイリスの実力なら真の聖女として覚醒しなくても、規定通り、この国で一番の治癒魔法の使い手として聖女にはなるだろうから。あとは二人の努力で愛を育んで欲しい。

 ずっと迷っているのは、フィンリー様の側で彼の命を守るか、フィンリー様から離れて、私が彼を殺すという運命を物理的に出来ないようにするかだった。


 だけど物語開始早々に大幅な計画変更が必要になってしまった。


「だけどよかったぁ。リディアナと戦ったり、封印しなくてよくなって!」


 アイリスは心底安心したように嬉しそうに微笑んでいる。


 そうか、その事をアイリスに話しておかなければ。

 

 私はアイリスにアリバラ先生の予言の話をした。卒業パーティでの虐殺と王都襲撃、この可能性は今だに消えていないことを。絶対にフィンリー様に死んでほしくないこと。


「でも、リディアナはそんなことするつもりないんでしょ!?」

「当たり前よ! だけど……」


 私達が学園へ発つ数日前、アリバラ先生が再び同じ予知夢を見たのだ。私が卒業パーティで生徒達を虐殺し、龍王を従えて王都を襲撃するというあの夢だ。ひび割れは前回よりさらに広がっていたが、夢の内容は同じだったらしい。


「今のリディアナ見てたらそんな夢信じられないよ……きっと嵌められたんだ! 王都に居たっていうのもきっと皆を助けに来たとか色々考えられるじゃん!」

「ありがとう」


 私にビビってその場しのぎで言っているようではない。本気でそう思ってくれている。まだ会って間もないのに。


「だけどもし私がその実行犯になりそうだったらかまわずに倒して欲しいの」

「え?」

「原作通りじゃなくていい、フィンリー様を手にかける前に必ず……お願い」


 返事は聞かなかった。こんな重い話を急にされてアイリスも困るだろう。知り合った初日に、私を倒してくれなんて言われてどうすればいいというんだ。だけどこれは本心からの願いだから……。


「今はただ知っておいて」


 沈黙が流れた。アイリスも今の私の『お願い』について考えこんでいたようだったが、まだ答えはでないと自分でわかったようだ。小さく息をはきだした。


「お腹すいてないの?」


 アイリスが全然減らない私のお皿を指さす。


「うん……実は物語のスタートに緊張して胃をやっちゃてるのよ」


 よかったら食べて。と伝える前に彼女の手が私の腹部に触れる。


「いいかな?」


 頷くとすぐに治癒魔法がかけられた。腹部だけではなく体中が楽になる。まるでマッサージを受けている時の気分だ。身体の余計な力が抜けていく。リラックス効果がすごい。これが本物の聖女の治癒魔法か。


「すごい!」


 少し照れたようにふんわりと笑った。可愛いな、と感じるけれどこれまでの私の頑張りは結局この聖女の力には到底及ばないことがわかってちょっと悔しい。


「いやぁ……実はめっちゃ頑張ったんだよね。村じゃそんなに怪我の人も病気の人もいないからさ。天馬とか、植物とかが相手だけど」

「うそ!?」


 前言撤回、私の努力はアイリスに到底届かない。天馬のような聖獣や、まして植物の治療なんて、並みの治癒師じゃ到底できることじゃない。そもそも人間と仕組みの違う動物を治すのも難しいのに、更に魔力を持つ聖獣となると……どうやるんだ? 植物なんて、ちょっと元気を与えるくらいしかできない。私はその辺に必要性を感じなかったから人間ばかりを相手にしてきた。


「いやだって、あのリディアナを相手にすることになるんだよ!? めっちゃビビってたし。とりあえず治癒魔法と防御魔法のレベル上げはマストっしょ」


 ということは、このアイリスは原作より遥かに高い能力を持ってこの学園に入学している。


「こんなに凄かったらもう校医の先生の出番ないわね」


 アイリスは特待生だ。この学園の学費や制服、教材費、寮費など授業に関わるものは全て無料ではあるが、学園生活が全てではない。生きている以上学費以外にもお金はかかる。だから学園の医務室で放課後はアルバイトをして生活費を稼いでいるのだ。特待生というだけで能力は国からのお墨付きなので、アイリス以外の特待生もそれぞれ別にアルバイトをしている。


「いや……それがアルバイト、面接で落ちちゃったんだよねぇ」

「落ちちゃったってなに!? そんなことある!?」

「それで相談なんだけど、なんかいいとこ知らないかな?」


 申し訳なさそうにしょんぼりしている。この時点でアイリスはまだ誰も頼る人がいないはずだ。この子、出会った時が一番テンション高くてそれからどんどん元気がなくなっている。私のせいだろうか。すでにあのテンションが懐かしい。


「やっぱりこの格好がまずかったよね。考えなしだった……」

「いや、それは違うと思う。だってその能力……学園側がその価値に気づかないわけないわよ」


 じゃあどうして。いや、確か学園の校医は……、


「そうか、カルヴィナ家の……」

「そうそう。だから(アイリス)が落ちるってよっぽどだよね」

「カルヴィナ家はもう原作とは違うわ。アイリスの味方にはならない」


 今じゃカルヴィナ家は貴族主義の筆頭だ。ライザが第二王子と婚約して、その色合いが更に濃くなった。だから平民であるアイリスを受け入れることはないだろう。

 カルヴィナ家は原作でもやはり貴族主義の家系だったが、その中でライザだけは違ったのだ。彼女は平民であるアイリスに貴族と分け隔てなく接した。学園の医務室で働くことを勧めたのも彼女だった。名門カルヴィナ家の嫡子がこのような公平な性格であったから、アイリスは将来を悲観せず過ごすことができたのだ。


 私がこの物語を変えて一番、そして唯一と言っていいほど悪い方向に変わってしまったのが、このライザ・カルヴィナだ。だけど元々かなり性格は悪かった。言い訳がましいが悪役令嬢としての素質があったのだ。リディアナが悪役令嬢になることによって、なにか改心イベントがあったのだろうか……。

 

 今となってはもうわからない。

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