3 再会
どうやらレオハルトは私の体調を心配して探してくれていたらしい。他のメンバーもそれぞれ別の場所を探しているそうだ。
(私愛されてるな~)
なんてノンビリはしていられない。
「レオハルト様がきます! 好みじゃないとこ悪いけど、好感度だけは上げておいて欲しい!」
今後共闘する事になった時、仲が良くて困ることはない。
「オッケー! 好みじゃないけど仲良くはできるよ!」
なんて贅沢な! 相手はあのレオハルトだぞ! アイリスはそう言いながら、ササッと前髪と制服を直していた。
「リディ! 大丈夫なのか?」
「ご心配をおかけしました。早速お友達が出来たのでちょっとおしゃべりを」
「なかなか戻ってこないから心配した」
「申し訳ございません。ちょっと盛り上がってしまって」
アイリスに目配せをする。さあ、行け!
「ヤッホー! めっちゃ久しぶりじゃーん! 五年ぶりだっけ?」
脳内で雷の効果音が響き渡った。うそだろ! 膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか堪える。そっちのノリで行くの!? この世界では歴史的再開なんだけど!?
「す、すまない……人の顔と名前を覚えるのは得意なのだが……」
ほら! あのレオハルトが面食らってんじゃん!
「ごめーん! 緊張しちゃって……私、アイリス・ディーヴァ! 魔物の森でレオを助けて偉そうに説教した女の子だよ!」
(もうそこまでネタバラししちゃうの!?)
「……!?」
言葉もなく固まっているレオハルトにどう声をかけていいかわからない。頭の上にハテナマークがたくさん出ているのが見える。
「全然変わってないね! ていうか更にイケメンになってんじゃん!」
アイリスは結構変わったよね……まあこの姿も可愛いけどさ。第一王子の目はどこに焦点があたっているかもわからない。
「レオハルト様……?」
「もしもーし?」
そうしてようやくハッと我に帰ったレオハルトは薄笑いを浮かべていた。
「君達二人で私を騙そうとしているな?」
「いいえ」
出来るだけ真剣さが伝わるように真面目な顔で答える。
「リディが彼女に話したんだろ! 俺が鬱陶しいからって酷くないか!?」
「だから本当です」
(鬱陶しい自覚はあるんだ……)
とりあえず信じる気になれないようだ。
「王子だからって自由に生きられないなんて間違ってるわ! って、天馬の刺繍がしてあるハンカチ、渡したよね?」
「え?」
「右足の太ももと、左足の膝の擦りむき、左の二の腕の三ヵ所治療した記憶あるんだけど~」
「あ……」
どうやらレオハルトが胸に秘めたままにしていた情報のようだ。またもフリーズしてしまった。
「アイリス様、以前からその髪の色だったのですか?」
「染める前はピンクブラウンだったよ! 会った時はまだ染めてなかった気がするけどそれでかな?」
いやそれでじゃないだろうけど……そういうことにした方がレオハルトは納得するだろう。
「じゃあ本当に君が……あの時の……」
「イメチェンしたんだけど……ガッカリしちゃった?」
「いや! その! ビックリしただけだ……」
本当にまだビックリが続いてるようだ。二重の意味でビックリしたんだろうな。まさか学園でずっと探してた初恋の女の子と再会するとは思わなかっただろうし、その子が記憶に残る雰囲気とはだいぶ変わっていたのだから。気持ちはわかる! わかるよ!
「その……あの時はありがとう」
今度はアイリスをしっかり見ながら五年前のお礼を改めて告げた。だけどすぐに私の方を向く。目を見開いて。どう言うことか説明しろと言いたいんだろう。
「アイリス様は特待生で入学されているんですよ!」
「あ……ああ、君が治癒魔法と防御魔法どちらも使いこなすって噂の……魔力量もすごいとか」
あれ? アイリスにビジネススマイルを向けている。レオハルトがよそ行きモードになってきた証拠だ。完璧な王子を演じ始めたぞ。自分の想像と違ったから現実逃避でも始めたのだろうか。勝手な話だ。いや、勝手にストーリーを変えた私がそれを責めたらダメか……。
(アイリス、見た目は変わったけど、きっと中身は変わってないと思うんだけどな)
レオハルトを王子としてじゃなく、個人として見てくれる。そういうの、これから激化が予想される後継者争いできっと心の支えにもなると思う。
(ちょっと初手からインパクト強すぎたかしら)
後でフォローはするとして、一旦このイベントを咀嚼する時間をレオハルトにあげよう。
「私、今からアイリス様とお食事に行くのですがよろしいかしら」
本当は五人で学生街に繰り出す予定だったが、男四人で楽しんでもらおう。
「あ、ああ……もちろん……」
「変なお店行ったらだめですよ」
「またなんてことを言うんだ!」
ここの学生街は王都より治安がいいが、実は裏では危ない商売もはびこっている。貴族や商人の子ども達ばかりなのだ、一部の人間から見たら鴨が葱を背負っているようにしか見えないだろう。
◇◇◇
「私、やらかしちゃった?」
せっかくの入学式だが、話題が話題なので私の自室に移動した。アイリスがサンドイッチをかじりながら少し申し訳なさそうに言う。
「若干ね」
「やっぱり……?」
悪くはないけど、仲良くなるにはまだまだ時間が必要そうだ。
「原作風にすればよかったのに。読んでるんでしょ?」
レオハルトは見た目が少しイメージと違ったくらいでアイリスのことを諦めたりはしないだろう。……驚ろきはしたけど。
「さっきも言ったけど、レオは好みじゃないんだよね。だから今後どうこうなる気ないっていうか」
「う……そう言ってたわね。押し付けるつもりはないけど、レオハルト様、なかなかいい男に育ったわよ」
原作ほど夢見てないし、地に足がついている。ちょっと重たい所はあるが、それをチャラにできるくらいの器量もある。それになんだかんだずっとアイリスのことを想っていた……はずだ。
「自意識過剰って言われるかもだけど、人には好みってあるでしょ……レオ好みの発言をして、彼の気持ちが盛り上がるのが嫌だったっていうか……」
何か言いにくそうに、紅茶にスプーンを入れてクルクルと回している。
「それに……そんなことになったらリディアナが嫌じゃない?」
伺うようにこちらを見ていた。
そんなことを気にしてくれたのか。確かに仲のいい人に彼氏や彼女ができて、相手の幸せを喜ぶ前に、なんか寂しいなと思ったことは前世で経験がある。だけど今日この日の事はずっと待っていたことなのだ。レオハルトだってアイリスと再開できることをずっと祈ってたはずだ。
(アイリスともう一度恋に落ちることをきっと願っていた……)
アイリスとレオハルトの幸せが私の幸せにも繋がると勝手に思っていた。アイリスに手を出さなければ、そもそも原作のようにレオハルトの怒りも買わないだろうから。そうすれば私が悪役令嬢として卒業パーティで断罪されることもなく、生徒や兵士を殺すことも、その後の王都の襲撃もないはずだ。
「嫌じゃないよ」
「うそ……マジで?」
「マジで」
「でも……」
アイリスはまだ何か言いたそうが、なんと伝えようか迷っているようだ。思ったより相手の反応を気にしている。
「レオのさっきのあの目……彼、リディアナのことが好きだと思う」
「いやそれはそうよ」
そこは否定しない。どういった類の『好き』かはさておき、レオハルトは私のことが大好きだ。しっかり愛情は感じている。なんせこの五年の積み重ねがあるのだ。戦友、といった表現が近いかもしれないが。
「だけどアイリスのことも好きなのよ。彼の心が救われるきっかけになったんだからね。それにほら、恋って理屈じゃないっていうでしょ?」
「えー! そんなのあり!? 思い出を美化してるだけじゃない!?」
なかなか鋭いことを言う。流石原作を読んでいるだけある。
正確に言うと、レオハルトはあの魔物の森で出会ったアイリスのことをずっと好きだった。だけど初っ端から本来あるべきルートから逸れた道に進んでしまっている。
「そ、それも恋の内でしょ」
「そうかな~~~?」
はぁ……これからどうしよう。




