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悪役令嬢が生まれる瞬間 【幕間】

 あの女のことは昔から気に食わなかった。せっかく私が仲良くしてあげようと思ったのに、相手は少しもその気がないようだ。私達二人が組めば、なにも怖いものなんてないのに。


(相手にされていない)


 いやだ。そんなこと考えたくもない。なによりプライドが許さない。私はライザ・カルヴィナ。治癒師の名門カルヴィナ家の嫡子なのだ。私に逆らえば治癒師達に圧力をかけて、治療魔法を受けられないようにしてやるのに。あの女だけは関係ない。同じ治癒師の名門家に生まれたから。


「リディアナ様! よろしければ今度一緒に登城いたしませんか? レオハルト第一王子が同じ年ごろの子を集めて交流を深めるそうなのですが、父が特別に女の私も参加できるようにしてくださいましたの」


 こんな機会滅多にない。私ですらこのチャンスを手に入れるために父に頼み込んだのだ。我が家は第二側妃様との方が関係が深いため、いつもなら何でも言うことを聞いてくれる父が、なかなか首を縦に振ってくれなかった。

 だけど私は少しでもあの方のお側にいたい。美しい黄金の髪、吸い込まれそうな深いブルーの瞳、そして剣を持った時の凛々しいお姿……天使のような微笑み。第三側妃様は平民出身だが、大商人の娘というだけあって、マナーや礼儀はしっかりしていらっしゃる。殿下もすでに王子として完璧な振る舞いをされている。学業の面も同年代の中で突出しているという話だ。いくら母親が平民出身だとしても、ここまで素晴らしい人物が王にならないなどあるのだろうか。それなのに……。


「お誘いありがとうございます。ですが結構です」

「どうしてです? あの第一王子にお会いできるのですよ?」


 私だけではない。お茶会の席では誰もが彼の噂をする。皆の憧れの王子様だ。特別にあなただから誘ってあげたのだ。私と唯一立場が同じのあなただから。


「あら? まだご存知ないのですね」


 そして勝ち誇ったように笑った。


「私、レオハルト様の婚約者になりましたのよ」


 煮え湯を飲まされた心地だった。だってあなたは……、


「それでは……フローレス家の嫡子は?」

「妹のソフィアがおりますので」


 確かに、フローレス家の子ども達はルカ様を除いて皆魔力量が凄まじいと聞いたことがあるけれど、あなたはその中でも特別なはずだ。


「お相手に強く望まれたものです。両親も多少は迷ったようですが、とても名誉なことですものね」


 私がショックを受けているのを知っていて嘲笑っている。レオハルト様がこんな軽薄で残酷な女を選ぶなんて。第三側妃様のお立場が弱いから後ろ盾を得るためにこんな女の家を頼るしかなかったのか。


(レオハルト様、お可哀想に……)


 我が家が第二側妃よりなばかりに、こんな女を妻にしないといけないなんて。


 悪いことは続いた。私にも婚約者ができたのだ。

 相手は七歳年上のライアン・ウェスラー。年齢差は仕方ない、最近では減ったとはいえ、このくらいの差ならたまにある話だ。

 ウェスラー家なのもわかる。あの家は建国当時からの伝統と歴史のある名門貴族だ。生まれる子ども達は、この時代でも魔力量が多いことが多い。魔力量に難のある我が家が欲しくてたまらないものだ。

 だが、なぜよりにもよってライアンなのだ。名門貴族の一員だというのに、いつも酒臭く、小汚い格好でいる。私に初めて会った日ですら前日の酒が抜けていないようだった。私を女として扱う気もないようだった。小娘だと馬鹿にしているのが伝わってきた。そして最悪なことに、私の父にまで金の無心にきている所を噂好きの貴族たちにバレてしまった。

 

(どうして私だけ……!)


 腹立たしい。同じ治癒師の名門家系に生まれたというのに、なんであの女はあの美しい第一王子で、私があのような心も体も不器量な男と結婚しないといけないのだ。


 あの女も落ちてしまえばいい。そうすれば、第一王子との話も消えてなくなるかも……。


「あの髪色にあの瞳、まるで魔王のソレですわね。おぞましい」


 私が一言そう呟けば、取り巻き立ちはすかさず賛同する。あの女は友人と呼べる人間を作らなかった。私のようにそれを有用なものとは考えなかったようだ。私の友人達は勝手にどんどん話を膨らませていく。その内どのお茶会でも必ずその話題がでるようになった。


「本当、いつもお一人でいらして。やましいことでもあるのかしら」

「あのお姿は父方の由来だそうですわよ。何を食べたらあんな色になるのかしら」


 クレアというジェンナー家の娘がうまくやってくれた。あのリディアナが怒り狂ったのだ。クレアの顔を目がけてカップの中の紅茶を浴びせた。それだけでは飽き足らず、給仕からティーポットまで奪い取り投げつけたのだ。

 公爵令嬢……しかも第一王子の婚約者ともあろう令嬢のすることではない。こんな場面に出くわしたことなどない貴族の子女達は怯えていた。だがあの女はまだ続けるつもりだった。他に何かぶつけられるものを探す仕草をしたのだ。そうしてやっと侍女が止めに入った。


 リディアナはこぶしを強く握り締めていたのだろう、手のひらに爪が食い込み血が流れていた。


「うちの治癒師を呼びますわ」


 他の誰もリディアナには怖くて近づけない。私は怖くない。嬉しくてたまらない。これでこの女の評価は地に落ちたも同然だ。


「結構ですわ。自分で治せますので」

「まあそんな。そんなに血が出ているではないですか。あちらに控えておりますから」

「ライザ様では治せないのですか?」


 なんですって?


「念のためでございます」

「家名だけの三流治癒師が言いそうなことですわね」


 その台詞が、すでに静まっていたお茶会の会場に響いた。

 

 やっと私は、あの女を直接倒すのは難しいことを理解した。自分の評価など気にも止めていない。婚約破棄したと言う話も聞かない。


 氷石病に罹ったというのに死ななかった。それまで多くの有能な魔術師がそれで死んだのに。なのにあの女が甦った時から氷石病は死の病ですらなくなった。

 

 王の前で以前のお茶会のような失態を晒してもらおうと、今度は貴族から見たルカ様の現状を伝えた。仮にも貴族の子だというのに、あの魔力量だ。話題にならない方が可笑しい。

 だがこれは結果的に彼自身が自分の評価をひっくり返した。あんな魔力操作、見たことがない。しかもリディアナにライアンのことが知られていることがわかった。なんて忌々しいやつ。こんな所でも私の足を引っ張るなんて。


 フローレス家でのお茶会なんて、もう思い出したくもない。油断したのだ。嵌められた。まさかあの女が友人をつくるなど思っていなかったし、私以外の貴族の子を楽しませる為に心を尽くすなんて……。


(私達は楽しませてもらう立場の人間よ。それ以外の子が私達に尽くすべきなのに!)


 それに陛下とすでにかなり仲がいいようだ。そんなこと、お父様は言っていなかった。いよいよ第二側妃は厳しい状況なのではないだろうか。そっち側についているから、私がこんな屈辱を感じる羽目になったのでは? それ以外考えられない。


「このままフローレスに馬鹿にされたままでいいのですか!?」


 毎日のように父に訴え続けた。


「我が家がなんと呼ばれているかご存知ですか!? 三流治癒師の一族ですよ!?」


 毎日毎日かかさず伝えた。


「カルヴィナ家の将来ことをちゃんと考えてくださいませ!」


 毎日毎日毎日何年も。


 四年後、やっと父は重い腰を上げたのだ。


「第二王子が婚約してくださるそうだ。これからは自分の力で欲しいものを手に入れなさい」

 

 ああ、これで私もあの女と同じ立場になった。


 今度こそ私と仲良くしたくなるはずだ。

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