3 治療薬と治療法
ボソボソと話声が聞こえる。重たい瞼を無理やりあけると夕日が部屋に差し込んでいた。半日ほど眠っていたのか。目線の先に父が見えた。なにやらエリザと話し込んでいる。すぐに二人ともこちらの視線に気が付いたようだ。
「リディ! 大丈夫かい!?」
「……シェリーは?」
まだ眠気が強い。しかしこれは聞いておかなければ。この物語には矯正力があるかもしれない。無理矢理に身体を起こすとすぐにエリザが支えてくれた。
「よくなったよ! もう目を開けてるんだ! リディのおかげだね!」
くしゃくしゃの笑顔で頭を優しく撫でてくれる。父から溢れる安らぎオーラで、目をつぶるとまた眠ってしまいそうだ。
「ああ、ごめんね。ゆっくりお休み」
「いえ、治療の方法を……!」
「いや! とにかく今はゆっくり……!」
父と押し問答していると、バン!!! と勢いよく扉が開いた。
「リディー!!!」
勢いよく母サーシャが飛び込んできた。そのまま父を押し退け抱きしめられる。これがまた心地よくて眠気を誘う。
「ゴメンねぇ〜! せっかく目覚めたっていうのに私が眠っちゃってて〜!」
母は基本はお茶目で可愛らしい人だ。だが同時に若くして前当主のお爺様を退け、公爵家の当主となった女性でもある。
「お母様……治癒魔法を……かけてください……!」
正直今にも寝落ちしそうだが、なんとか声を絞り出す。
「へ? いいけど」
身体全体が暖かい空気に包まれる。みるみるうちに身体の怠さもとれ、頭がクリアーになっていった。これよこれこれ! これこそ治癒魔法!
「魔力が戻ったわけじゃないから、無理したらダメよ~」
「ありがとうございます!」
「さて、じゃあ話を聞きましょうか」
目つきが少し鋭くなっている。当主としての顔がみえた。一方父の視線はまだ心配だと言っている。
周囲への言い訳はあらかじめ考えていた。このファンタジーな世界なら受けいられれる可能性が高い気がしている。
「夢に見たんです。お腹の中に何かが巣喰っていてそれが魔力を食べてるって」
「夢?」
あながち嘘ではない。前世の記憶を思い出したのも夢の中みたいなもんだ。
「夢にみただけで小さな妹にあんな治療をしたのね?」
含みのある言い方だ。実際、過去に似た方法で治療をした者がいる。単純に魔力が減ってきているから魔力を注いだのだ。前世でいう輸血のように、患者へ魔力を渡す。だがそれはただ寄生魔物に多くの餌を与えただけ。結局、魔力を注がれた患者はより早く成長した寄生魔物によって、通常よりも早く亡くなるという結果が待っていた。
(お母様、ガチで治癒魔法で無理矢理私を治しちゃったのよね〜スゴイわ……)
まさに死にかけている私に、問答無用で私の体内の全ての異常を治療したのだから大したものだ。魔力の技量盛り盛りの暴力的治療魔法といったところか。
「サーシャ!」
父が庇おうとしてくれているのがわかる。しかし今は母に納得してもらうのが先だ。この治療法ができる人物は限られている。
「お母様にしていただいた治療で確信しました」
「確かに一気に大容量の治癒魔法をかけたからね」
母の言葉の続きを待つ。
「予知夢か」
「リディくらい魔力量があれば見るかもしれないよ!」
母はまだ今一つ納得出来ない様子だったが、これ以上追求されることはなかった。
ただ私も反省はしなければならない。治療途中でこちらの魔力が尽きたら危なかったのだ。今はまだ十歳になったばかり。自分の、リディアナの魔力量を過信しすぎていた。この治療は一度始めたら絶対にやめられない。
(もう少しちゃんと調べないとダメね)
かと言って今も苦しんでいる他の妹弟を少しでも早く楽にしてあげたいとも思う。
「それで、具体的にどうやって治療したの?」
「えっと……シェリーの身体にではなくて、お腹の辺りにいる何かに直接魔力を送り込みました。すごく小さなやつみたいですが、どんどん魔力を食べちゃうんです」
自分の胃の当たりを手で押さえながら説明する。
「だけどずっとずっと与え続けたら急に食べるのをやめたんです。そしたらシェリーの手が暖かくなって……念のためもう一度魔力を送ってみたけど、やっぱりもう反応はなくて……」
十歳っぽく伝えられただろうか。今はそれも少し心配なことではある。
「治療魔法じゃなくてただの魔力なのね?」
「はい。必ずしも治療魔法である必要はないと思ったんです。単純に魔力が無くなっていく病気だって聞いてましたので」
魔法は、魔力を加工して発現する。魔力は単純に魔法を使う為のエネルギーだ。治療魔法は魔法の中でトップクラスに魔力コストが高い。この病に関して言えば、衰弱死を防ぐには有効だったが、根本的に解決するのは厳しいと言わざるをえない。それでも治療魔法を使って私を治してしまったのだ……母の魔力は計り知れない。
「他に何か夢に見たことは?」
一瞬言葉に詰まる。母には全て見透かされてるんじゃないかと感じてしまう。だがしかし、前世で読んだ少女漫画の内容など、この家族にとっては残酷すぎて話すことなどできない。
「成長したそいつは、見た目は植物だけど動き回ることができる魔物でした!」
あくまでこの病に関することだけ話すことにする。
「あと! その魔物によく効く薬がお父様が住んでた国にあるって……確か虫下っていう薬で……」
「薬かあ……」
実はこの国、医学はもちろんのこと薬学が絶望的に進んでいない。それだけでなく魔道具の分野においても他国にかなりの遅れをとっている。
(このへんの進歩のなさに危機感持つのが遅すぎでしょ〜)
今後医学や薬学の改革にもヒロイン一派が関わって、すごーい! って平民から人気を得るというストーリーも出てくるが、あまりにもお粗末では? なんて大人の人格をゲットした今だから思うわけである。
元々、魔力量が多い人々が多く暮らす国だったためか個人が使える魔法、魔術というものに誇りを持っている。病気は治癒魔法で治すべきだし、魔道具など魔力の極端に少ない者が使うものだと馬鹿にしている人もいるくらいだ。当たり前だが、漫画からは知り得なかった情報がたくさんある。
「わかった。兄上に薬を手配してもらえるよう急ぎ手紙を送るよ」
この薬は八年後、父が生まれた国から来た貿易商のドラ息子(もちろんアイリスに惚れる)が、この国に大量に持ち込んだことにより広く普及、またこの病の特効薬になるよう改良される。これによって氷石病は死の病ではなくなるのだ。
(アイリス~! 手柄横取りすることになってごめんねぇ~! だけど人命かかってるから許して~!)
私や母がやった治療方法では到底全員を救えない。そもそもこれだけ魔力量がある者もそうそういないし、何よりその魔力量が多い者が罹患しやすいときている。
「治療魔法が必要ないというのは朗報ね」
「え?」
「複数人ですればいいわ」
「なるほど!」
そう言われればそうだ。治療魔法は使える者が決まっている。治癒師の家系に生まれても使えない者もいるくらい貴重な魔法だ。その必要がないなら簡単に言えば誰にでも治療ができるのだ。必要なのは量なのだから。
「虫下も民間療法でこの国でもどこかにあるんじゃないかなあ。ちょっと昔の伝手で探してみるよ」
父は昔、冒険者をしていたらしい。今の穏やかな姿からは想像できないが、結婚前は魔物と激しく戦い報奨金を得て暮らしていた、と武勇伝を語っていたが真偽は不明だ。
あっという間に解決に向かって進んでいく。なんと頼りになる両親だろうか。
「さて!するべきことをしましょうかね!」
母の目は、またお茶目な輝きに戻っていた。