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33 楽しい夕食

 ライアス辺境伯はそれはもう豪華な食事でもてなしてくれた。所謂ご当地料理である。牛型魔獣の肉のソテーや、スライムゼリー、大きな鳥獣の卵と食人植物の実を使ったオムレツ……。


「美味しい!」


 素材名を聞くとゾッとしなくもないけど、どれも味がしっかりしていている。こっちの世界の料理は薄味が普通なので久しぶりにジャンキーなものを食べている気分だ。


「ああよかった! フィンリーがこの方が喜ぶと言っていて、正直信じられなかったのですが……」

「リディアナ嬢はこのような食材に怯むような人ではないよ」


 フィンリー様が私を評価してくださっている! なんという光栄! 


(フィンリー様は芯が強そうな女の人が好みなのかしら)


 アイリスもそういうタイプ。さらにフィンリー様のお母様もどうやら全体的に強そうに見える。ライアス辺境伯夫人は髪を短く刈り上げ、その肩書きにも関わらず、身につけている宝石は結婚指輪くらいだった。

 新年のパーティにはいなかったから今日初めてみたが、なんと美しくカッコいい女性だろうか。フィンリー様が女として生まれていたらまさにああなのだと思うと見惚れてしまう。


「見つめすぎ……」


 ルカにそっと注意されてしまった。


「申し訳ありません。このような姿の貴族など不思議でしょうね」

「いえ! とってもお似合いで見惚れてしまいました」

「ふふっありがとうございます。ですがこの髪は飛龍に焼かれてしまって仕方なくこうしているだけなのですよ」


 愉快そうに笑いながら答えてくれた。


「まあ私もこちらの方が気に入っているので、飛龍は良い言い訳なだけですが」


 フィンリー様の両親は私が思っていたよりもずっとわかりやすくフィンリー様を可愛がっていた。両親だけでなく、それこそ飛龍の世話係や門番に至るまで全ての人が彼を可愛がっている印象だった。正確にいうと、ライアス家を家臣達はこの一家のことを深く愛しているように感じた。


(よかった……フィンリー様の心が傷つく未来はなくなったのね)


 いつかアイリスが癒す傷とはいえ、そもそも傷付かずにいてもいいじゃないか。推しにはいつだって幸せでいてほしい。


「失礼! 名残惜しいけど今日はこれで……皆は楽しんで!」


 急にフレッドが席を立った。昼間と同じくニコニコしているが、どうも顔色が悪い。氷石病は治ったという話だったが……。家臣の一人が急いで彼の元に駆けつけ、付き添われながらふらふらと部屋を出ていった。


「私が……!」

「いえ! リディアナ様のお手間を取らせるようなものではありません。もうすでに治癒師の方には見ていただいておりますので」


 辺境伯がハッキリと、しかし少し悲しそうに言った。


「兄上は少し疲れやすいだけなんだ。今日は日中はしゃいだからね」


 私達に心配かけないよう笑顔で答えてくれたが、目が寂しそうなのがわかった。ならば私のするべきことは一つ、力にならなければ。おそらくここに来た全員がそう思ったのだろう。お互いに目を見合わせた。


◇◇◇


「リディがライアス領に行きたいって騒がなかったら、ずっとわからないままだったのかな」

「そうね……やっぱり余計なおせっかいかな」


 今はルカの使っている客室で会議中だ。

 嫡子の体調不良など、出来れば知られたくないだろう。しかしどうやら屋敷内では知れ渡っているようだ。あちこちから心配の声が聞こえてきた。


「恐ろしいと噂の公爵令嬢相手に、フレッド様を助けてくれ! って直談判した兵士が何人いたと思う」

「五名ですね。他にも料理人や従者他……私としては礼儀がなっていない者ばかりで気になりましたが」

「命懸けだったんだ。許してやれ」

「すごい人望だよねえ」


 言いたい放題いいやがって! だけどその通り、夕食から部屋に戻るまでに、屋敷中の人間が私に期待の目を向けていた。そういえば到着してから皆必要以上に優しく親切だった。氷石病の治療法発見者としての歓迎ではなく、この件への期待があったかもしれない。


「すでにフィンリー様に嫡子を譲る事をお考えのようです」


 エリザの侍女情報は馬鹿にできない。


「フレッド様の婚約者であられるダージ伯爵家も色々と言ってきているとか」

「なんて?」


 原作でフィンリー様を襲った例の女の実家か。どうせ碌なことじゃないんだろうけど。


「婚約者をフィンリー様に変えたいそうです」

「……は? はああああ!?」


 はあ!? はああ!? はあああ!?


「リディ! 落ち着いて!」

「自分達はライアス家の嫡子の元に嫁がせるつもりだったから当たり前の要求だと」

「ふっっっっっざけんなっ!!!」


 ざけんなざけんなふざけんなー!!!

 立場も場所も言葉遣いも忘れて怒りのまま吠えてしまう。


「確かにふざけた話です。そのような話が罷り通るわけがありません。そんなことわかっているでしょうに」


 ジェフリーは私の激怒をスルーして冷静だ。


「どうしても辺境伯夫人になりたいんだろう」

 

 レオハルトは私と同様に怒りを感じているのか、騒ぐことはなくとも声が低い。

 

 さて奴らをどうしてくれようと話していると部屋をノックする音が聞こえた。


「ライアス家にはなかなか花嫁が来なくってね」


 フィンリー様だ! 顔を見ただけでスッと怒りが遠のく。 


「ごめん。リディの怒りの声が聞こえてきて」


 笑いながら、怒ってくれてありがとう。と呟いて部屋の中へ入ってきた。


「うちの領の一番の産業は魔物の森関連だからね。領主夫人と言えども命懸けな所もあるし、なかなかね。だけどいつも景気はいいからさ、金銭的に困ってる家が身売りのように娘を差し出すんだ」

「信じられない!」

「そうだよね。酷い話だよね……」


 この信じられないはライアス家に嫁が来ないと言う点だったのだが。フィンリー様以外は私の言いたい事がわかっているようで、レオハルトにはため息をつかれた。

 だいたいライアス家の家格は侯爵家と同等だ。金銭的な余裕もある。なのに最近の令嬢達はキラキラした生活を夢見ているので、荒々しい印象の強いライアス領での暮らしを嫌厭しているのだ。


(絶対そんなこと言う家とフィンリー様を結婚させるわけにはいかない! 阻止よ! 絶対阻止!)


 出来ればフレッドとも結婚させたくはないのだが、そこはおいおい考えよう。


「やるわよ!!!」


 全員が私のメラメラと燃える闘志を感じとったようだ。ちょっと遠目に見るのはやめてほしい。


「フィンリー様、でしゃばるような真似をして大変申し訳ございません。なんとかお兄様をお救いする手立てを考えたいのですがよろしいでしょうか……」

「まったく! いつもフィンリーにだけ気を使うんだから」


 レオハルトは不満気に洩らすが、フィンリーの方を見ながら答えを待っている。


「実は、リディ達がこちらに来てくれるって決まってから、勝手だけどこうなる事を期待してたんだ」


 珍しく、ポツポツと話すフィンリー様はどこか緊張をしているようだった。


「さっきもここに来るまでの間、どう言い訳をしてお願いするか考えてたんだ。……卑怯でごめん。どうか頼む、兄上を助けて欲しい!」


(卑怯!? なんの話!?)

 

 まさか私の気持ちがバレててそこ付け込んだからとか!? え!? どうしよう! 全然付け込んでもらってかまわないんだけど!


「もちろんだフィンリー! だけどなんで卑怯なんだ? 友達に助けを頼む事が卑怯なんてことはない」


 レオハルトも励ます。同じところに引っかかったようだ。


「兄上に元通り元気になって欲しいなんて当たり前じゃんか!」

「そうですよ! 快適な生活を求めるのは生命体として当然です」


 ルカもジェフリーも口々に励ます。


「違うんだ……僕は……当主になりたくないんだ。兄上の代わりにやれる気がしないし、兄上以外にいないとも思っている。他にやってみたい事もあって……だからものすごく勝手な気持ちが心の底にあって……僕の将来の為に兄上に治って欲しいって思ってることがわかったんだ……こんな最低な奴で……ごめん」


 この胸の内を晒す事がどれだけ苦しいだろう。別に表面的に兄の為に、と言えば誰だって納得する。力を貸す私達へ向けて誠実にいようとしているようだ。


(実際のところはフレッドを助けたいし、自分は家を継ぎたくないっていう二つの理由あるんだろうな)


 原作の飄々とした、本心を隠してちょっぴり悪なフィンリー様もカッコいいが、真っ直ぐ純粋で自分にも他人にも正直なフィンリー様もなんて愛おしいんだろう。


「わかりました! 私、リディアナ・フローレス。フレッド様とフィンリー様の将来のために全力を尽くします!」


 突然の大声での宣言に、フィンリー様は目をぱちくりとしている。可愛い。


「そうだな。フレッドを治せば二人とも幸せになれるんだから。何もそんなに自分を卑下する事はないぞ」

「ではまず、現状確認をしましょう」

「あ! 僕は父上と母上と叔母様……あとアリバラ先生に手紙書くよ」


 レオハルト、ジェフリー、ルカもやる気満々だ。


「フィンリー様! 明日朝一番で飛龍を手配してくださいませ!」

「……わかった!」


 フィンリー様の表情が安心したように柔らかくなっている。

 こうしてライアス領での初日が終わった。

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