30 妖精の国-2
「やめるんだトルネア!」
総長が夫人を羽交い絞めにする。その一瞬をルーフェンヤは見逃さなかった。また体を霧散させ、その煙は夫人の体へと入っていってしまった。
「母上!」
オルデン夫人にとり憑いたルーフェンヤは再び風の刃を使い始める。一番側にいた総長が避けきれず、耳と太ももから血が溢れていた。急いでオルデン家の兄弟が母親の周りにシールドを張り閉じ込めるが、宝剣の力なのか、かけてもかけてもすぐに破られてしまう。
「私が!」
姉ダリアの防御魔法はかなり強度が高いようだ。ヒビは入るものの、すぐに修復し閉じ込めることに成功した。それに合わせて、防御魔法を使える人間全てがオルデン夫人に向けてシールドを張った。何重にもなった防御魔法だが、長くは持たないだろう。
「ジェフリー!」
ジェフリーは一瞬迷ったが、シールドを解いてくれた。急いで総長のもとに向かい治癒魔法をかける。すでに血を流しすぎたのか、目を覚まさない。
(でもまだ生きてる!)
急に私の横に厚く高い土の壁がそびえ立った。
「こっちにきたらダメじゃん!」
横を見るとルカ、レオハルトが私の側にいた。お前が言うなと目が言っているが。
「大地の魔法であの刃くらいは止められるよ!」
「ごちゃごちゃ言わず集中しろ!」
正直言って心強い。治療魔法をかけてる最中、他の魔法は使えないのだ。だから私はビビっていた。今にもシールドを割って出てきそうなルーフェンヤが近くにいるから仕方がないと思いたい。
総長の治療は順調にすんだ。だがまだ目を覚まさないので、3人でズルズルと大きな体を引きずりできるだけ端に寄せる。
「リディ、いけるかい?」
「私が引きずり出すんですね」
伯父が防御魔法をかけながらやってきた。
「やり方は?」
「高濃度の治癒魔法を高出力で流し込むんだ。本来あるはずのない体の異常を体外に押し出すイメージで」
「毒の時のように?」
「そうだね。分解でなく排出する時に近いかな。でも今回は魔力量でゴリ押しだよ」
「わかりました」
伯父はこのような時でも笑顔だ。それに父も。自分が信頼されているのがわかって誇らしい。
「それじゃあ皆さん、仕切り直しです!」
オルデン夫人を囲っていた防御魔法が解かれ、再度腕と足にシールドの枷がかけられる。先ほどよりは勢いがない。オルデン夫人が削った分が効いているのだろう。父と伯父に付き添われてオルデン夫人の側に行く。
「ウアアァギアァァァァ」
もう言葉も失ってしまったようだった。ただただ怒りと恨みの塊がそこにある。伯父がやっていたようにオルデン夫人に触れ、一気に治癒魔法を流し込む。上手くいったと思った。だがルーフェンヤも必至だ。半分以上押し出したところで拮抗状態になってしまった。
(失敗はできないのよ!)
魔力ごり押しと言われて負けるわけにはいかないのだ。私のアイデンティティと言ってもいいくらいなんだから。だけどヤバい、なんだか目がかすむ……
「リディアナ様、娘のためにありがとうございました。どうかこれからもよろしくお願いします」
オルデン夫人だ。ルーフェンヤを半分追い出したことで意識が戻ったようだ。
「ヘルガ! 右腕を解きなさい!」
「母上!?」
「早く!」
解かれた右腕にはまだ宝剣が握られていた。まさか!
「お前の恨みなど知ったことではない! さっさと消え失せろ!」
自分自身の胸を刺した。妖精を殺す宝剣で。その瞬間ルーフェンヤが夫人の体から弾け出てきた。私も一緒に吹っ飛ばされるが、父がしっかりと受け止めてくれた。
そうして、ルーフェンヤは断末魔とともに消えてしまった。
◇◇◇
(早くいかなきゃ!)
伯父が必死にオルデン夫人に治癒魔法をかけているのが見える。だが伯父ももう限界ギリギリだろう。私はすでに体が鉛のように重くなってしまっていて父に支えてもらっている状態だ。
(ルカが泣いてる……ダメダメ! 自分のために母親が死んだだなんてルイーゼに言えるか!)
気持ちとは裏腹に、体が言うことをきかない。悔しい! 何のために訓練してたんだ! こういう時の為だろう! ダメだ、まだ私が泣くわけにはいかないのだ。
「交代よ!」
聞き慣れた声だった。
「サーシャ!」
颯爽と現れた母は速足で夫人の方へ向かっている。
(ああ、もう大丈夫だ)
その安心感を最後に、私は意識を失った。




