30 妖精の国-1
レオハルトの登場に一番驚いていたのはジェフリーだった。彼にしては珍しい、ワタワタと大慌てでレオハルトの周りにも防御魔法を張っていた。
「ルーフェンヤ様のお望みはなんですか?」
伯父は早速最新情報を使っている。レオハルトの登場にも動じない。
「永遠ノ苦しミヲを! 奴が望ンだ力を得ルものニ!」
「ルーフェンヤ様、何故それほどお怒りなのですか?」
伯父が名前を呼ぶたび、ほんの少し自分を取り戻したかのように叫び声がおさまってきた。久しぶりに自分の名前を呼ばれたからだろうか。
「妾ノ剣で妾ヲ殺シたのダ!」
「ルーフェンヤ様を刺したのはヴォルフ様のお孫様ですよ」
「ソうじゃあ! 奴はヴォルフの居所ヲ吐かなカった……ヴォルフが死ンだと妾ニ嘘ヲついたのじゃ……」
そう言うと、急に大人しくなった。何か記憶を巡らせているようだ。一点を見つめて動かない。
「レオハルト様! お許しが出たのですか?」
「いいや? だが仲間はずれはゴメンだね」
すました態度で我々の防御魔法の中に合流する。
「その感じ、まだいいネタ持ってますね?」
「なんだその言い草は……もちろんあるが……ここから叫んでも大丈夫だろうか」
すでにルーフェンヤは五分ほどフリーズしている。誰一人持ち場を動かないが、このタイミングで伝えに行っても大丈夫だろうかと状況を見守っていると、伯父がこちらを見て頷くのが確認できた。それでレオハルトは少し声を大きくして新たな情報を伝える。
「オルデン家の力は、初代当主ヴォルフと妖精王の娘であるルーフェンヤの間で結ばれた契約によるものらしい」
確かにさっきそれらしいこと言っていた。
「オルデン家の初代当主は我が国建国の際にもかなり活躍した方ですから、彼が一番最初に天賦の才を得た者かもしれませんね」
ジェフリーがそう納得するのに便乗して私もなるほど、と言葉を出す。
「契約の詳細は見つけられなかったが、ヴォルフが妖精の国で暮らすという類いの話のようだ。その許しを得る為にルーフェンヤ様が国に戻っている間に時は流れ、こちらの世界に戻った時にはもう彼はいなかったそうだ」
妖精は基本不老不死。故に時間の概念が人間と全然違う。そんな浦島太郎現象が起こるのも納得だ。
「彼女はヴォルフの死を受け入れられられず、その憂さ晴らしに彼の領地を荒らしたらしい」
「えええ……理不尽にもほどがありますよ」
「妖精は自然そのものって言う人がいるくらいだもんねえ」
自然は理不尽ということか。私とルカはそれは困ったと同じ表情になっていた。
「その討伐に出てきたのがヴォルフの子孫で自分が与えた天賦の才を持っていた者だったわけか〜……」
「ムカツイちゃったのかなあ」
「しかも自分が与えた宝剣で殺されちゃったわけか〜……」
「腹立たしかったかもしれないねぇ」
だけど逆恨みとしか思えない。オルデン家の子孫達は嘘を言っていなかっただろうし。
「ルーフェンヤはヴォルフ様のことが好きだったのかなあ」
「彼には当時妻子がいたかと思いますが?」
あれ? そんなことジェフリーが言うの!? 原作では私との婚約破棄前からレオハルトとアイリスの二人を応援してたじゃない?
「ジェフリーったら! ロマンスっていつ始まるかわかんないじゃん!」
ルカ、ワザとだな!?
「私は不倫反対派!」
一応言っておかなければ。くっつきたいならちゃんと順序立ててお願いします。
「好きにも色んな好きがあるだろう」
レオハルト、なんだかわかったようなこと言っちゃって!
「それに……国の為に決断しただけかもしれない」
ヴォルフの子孫達をみていると確かにその可能性は十分考えられる。オルデン家は皆、誰かを、家族を守ることに対して全力だ。
そんな我々の呑気な話し声が聞こえてはいなかっただろうが、ルーフェンヤは突如再起動し始めた。自分の思考に耐えられなくなったようだ。
「ヴォルフが死んだなんて嫌じゃ……嘘じゃ! 嘘ジゃ! 妾ニ黙ッて……妾トの約束ヲ破るナど!!!」
また嫌な感じに復活してしまった。今度は体を捩ってなんとか防御魔法から逃げ出そうとしている。ただその動きが体へのダメージを全く無視したものであるためすぐにでも辞めさせたい。ミシミシ言っているのが聞こえる。全員で彼女の名前を叫んだ。
「ルーフェンヤ様!」
「ルーフェンヤ様! 落ち着いてください!」
だが、すでに外の声は聞こえなくなってしまったようだ。
「引きずり出します!」
伯父が全員に声をかけた。そしてルイーゼに触れ、大量の魔力を使って治癒魔法を流し込んでいく。
(治癒魔法使うの!?)
そしてそれに押し出されたように、ルーフェンヤの幽体がルイーゼの体から出てきた。半透明になっても相変わらず喚いている。
伯父がふらついて、総長が支えてくれようとしたがそれを断っていた。
そう、本番はここからなのだ。
すでに話し合いは決裂したと言っていいだろう。そうすると次の段階は強制排除。
ルーフェンヤは私が原作を読んで知っている妖精の姿とは違った。小さくてパタパタと飛び回る可愛い姿かと思っていたが、羽もなく、身長も成人女性と変わらない。耳だけが尖っていて妖精の名残がある。
「あれが妖精?」
「本に載っていた絵姿とはずいぶん違うな」
「最大の特徴である羽もありませんね」
防御魔法が解除され、ルイーゼが地面に倒れた。それを急いで兄ヴィルヘルムが拾い上げる。ルーフェンヤは天井の側で顔に爪を立ててかきむしりながら、何故、とか、嫌だ、などと叫び続けていた。混乱している。
「ルイーゼのことも頼めますか」
「頼まれました!」
ヴィルヘルムがこちらに連れてきたルイーゼはまだ気を失っていたが、ここ最近で一番顔色がよかった。
「ルーフェンヤ様、どうされますか。そのまま妖精の国へお帰りになりませんか」
その言葉に反応したのか、透明な体が一直線に伯父に襲い掛かる。
「もウ帰れヌ! 羽ヲ捧げたノに! せっカくこの体を得タのニ!」
すかさず伯父の前に防御魔法が張られるが、強度が足りなかったのかすぐに割れてしまった。が、すぐ後ろに控えていた総長の剣がルーフェンヤの体を貫く。
「物理ではだめだな」
彼女の体は靄のように霧散しただけで、すぐにまた体を作り上げた。そして腕を振り回し、刃物のような風がいくつも飛び出してくる。
「うわぁ!」
いきなり全員ピンチだ。だが、同じような風の刃が全てルーフェンヤが出したそれとぶつかり相殺した。父とアリバラ先生だ。
「かっこいい!」
ルカが感嘆の声を上げる。そのまま今度は魔法戦である。作戦通り、父とアリバラが積極的に攻撃をあてにいき、危ない時はオルデン家が絶妙なタイミングで防御魔法のシールドを張る。試行錯誤しているようだったが、どうやら一番効くのは氷魔法とわかったようだ。彼女の体の一部が氷のように固まり始めた。
「このまま全身いきましょう」
しかしここで予定外のことが起こった。
「母上! いけません!」
ルイーゼの母親が宝剣を片手にルーフェンヤに向かっていったのだ。彼女は静かに怒っていたのだろう。息子を殺され、娘も殺されかけた。
魔法で固まりかけているルーフェンヤに臆せず突き進み、凍った体を宝剣で刺し崩す。
「キィイヤアアアアァァァァァ!」
妖精は金切声を上げて地面に崩れ落ちた。オルデン夫人は少しも躊躇わずそれに馬乗りになって、何度も何度も刺し続ける。少しずつキラキラとした妖精の氷が崩れてくるのが見えた。
その異様な光景が恐ろしいのか、美しいのかわからなかった。皆息をするのを忘れていた。




