28 国王
現国王のランベールには側妃が三人いるが、それぞれと滅多に会うことはない。それは若くして亡くなられた正妃様を今でも深く愛しているからと言われている。
だが私は王に会うためのフリーパスチケットを手に入れた! そのチケットがお菓子である。特に甘いものが大好きなのだ。原作ではアイリス特製のチョコレートチップ入りのクッキーを食べて、まだその時点ではただの平民だった彼女と第一王子との仲を認めたくらいである。
その王が、私の出したフルーツサンドやらシュークリームやらを食べたら? 側近にすらしたことがない下賜を私にしてくれたのだ。それも生前正妃が愛用していたものを。よっぽどのことだ。
(正妃様も甘党だったから、美味しいお菓子を食べると幸せな思い出が蘇るってエピソードがあったけど、これほど効果があるとは……)
正直お菓子だけでレオハルトを次期王に指名してくれるんじゃないかと勘違いしてしまいそうになる。
「おお! よくきたな! 待っていたぞ」
「陛下、お久しぶりにございます」
執務机から立ち上がって、今日もなんとも嬉しそうに言葉をかけてくれた。
「本日はドーナツをお持ちしました。お口に合えば良いのですが」
ノーマル、砂糖をまぶしたもの、チョコレートでコーティングしたもの三種類を持ってきた。それをどれもうまいうまいとあっという間に食べ上げてしまう。ドーナツ三つをペロリってなかなかすごい。
「それで、今日は何が望みだね?」
目の奥がギラリと光った。まあ魂胆はバレているとは思っていたので焦りはしないが。
「この間はうまくカルヴィナ家の令嬢を出し抜いたらしいじゃないか」
「情報をいただきたく思います」
都合の悪いことは答えず、率直に要件を伝える。この方が王の好みなのは知っているから。というか、この王様、私が何をしにここまで来たか知っていそうだ。
「皆、下がれ」
「しかし陛下!」
「良いのだ。相手は幼い令嬢だぞ」
側近が渋々扉の外に出たのを確認して話し始めた。
「オルデンの末娘の件だな」
ほ〜らやっぱり知ってた。
「陛下が国民のことを考え、多くの命を救うために『救国の騎士』が必要なことは百も承知で申し上げます」
救国の騎士、と小さな声で繰り返したのが聞こえる。
「ただ、陛下の国民の中にルイーゼ・オルデンも含まれている事をわかっていただきたいのです。せめて彼女を非業の死から遠ざけるチャンスをいただけませんでしょうか」
ふむ、と顎を触っている。どっちのふむだ!?
「それにしても昨日の今日でこのような菓子を持ってくるとは、そなたまだ他にも美味いものを隠しておるな」
あれ!? お菓子の話に戻った!?
「週に三度、妃教育がある日に新しい菓子を持ってきてもらおう。そうだな今月いっぱい」
「へ、陛下……?」
「なんだ? 情報が欲しいのだろう。その対価として要求しているのだが」
揶揄うように口元が笑いながら、全て違うお菓子だぞ? と念押しをしてくる。
「陛下にご満足いただけるものをお届けいたします!」
でもいいの!? お菓子でそんな重要なこと決めちゃっていいの!? 国民の命とお菓子天秤にかけてお菓子選んでない?
私の返事に満足するように頷くと、王は手元の書類を広げ始めた。
「あれは呪いだ。だが天賦の才が呪いなのではない。狂戦士化することが呪いなのだ」
書類に目を通しながら、唐突な話し方だった。ちょっとした世間話をするかのように。何気なく。
「天賦の才と呪いは別物ということですか?」
「ああ。呪いは後の世代で発生したものだ」
最初はなかったってこと!?
「では呪いの部分だけどうにかすれば!」
「厄災に打ち勝つ為の力のみ残るだろう。もちろん厄災後も『救国の騎士』として生きて名を轟かせることができるはずだ」
よかった……道が開けた。けどなんで記録にないんだろう。それがわかっていたら解決するために動いたはずだ。それになんで総長に教えなかったんだろう。
「今朝わかったのだ」
「え!? 今日でございますか!? ではまだ昨日は」
「ああ、なにも情報はなかったのだ。オルデンが隠していたことに対して腹を立てたのは間違いないが、家臣の幼い娘に国民の命を背負わす王などとは思われたくはないね」
「も、申し訳ございません!」
それこそ昨日の今日でどうして? どうやって?
「レオハルトがかなり古い歴史書を見つけてきてな。いい側近を持ったものだ」
「殿下が!? しかし殿下はこのことを……」
それにジェフリーも!
「もちろん知らないはずだが、どうやらあれは全て知っているようだったぞ」
面白そうに話す。どうやらレオハルトの評価も上がったようだ。
「オルデン領には残っていない書物のようだから、当主であっても知らない情報だろう」
「そんなものが……」
まあこの国は度々大事件が起こっているから、書物のような燃えやすいものは守るのが大変かもしれない。
「そなたが今日こうして来てくれてよかった」
王が書類から顔を上げた。深いブルーの瞳が美しい。
「オルデンを信用していた分、王として奴が隠した事を簡単に許すわけにはいかないのだ。だが一方で、私が王子の時代から支えてくれた強い恩もある」
王も立場上、気持ちが板挟みだったのか。
「登城を禁じたオルデンには話せなかったが、ルイーゼ嬢の友人に伝えることができた」
先ほどとは違って真剣な表情に変わっている。
「どうかオルデンの愛する娘を救ってやってくれ」
◇◇◇
「レオハルト様〜! ジェフリー様〜!」
訓練場にいる二人に遠くから大声で声をかける。明日城の教育係にドヤされることは覚悟の上だ。
「あーりーがーとーごーざーいーまーしーたー!」
二人とも手をあげてくれた。伝わったようだ。
二人の気持ちが本当に嬉しい。こんな暖かな気持ちになれたのはいつぶりだろうか。帰ったらルカにもお礼を言わなければ、関わっていないわけがないだろうから。
急いでオルデン家に向うとちょうど伯父も来ていた。謹慎処分になった総長を心配してやってきたようだ。二人に王からの言葉と、渡された古い歴史書を見せる。それは古いが綺麗に装飾された妖精についてまとめられた本だった。
総長は少し考え込んだ後、
「天賦の才と呪いは別物……確かに我が家には、『王国に危機あれば必ず救う者現れる』という初代からの言い伝えが残っております」
「やっぱり初代様からは呪いについての言及はないのですね」
そこが何より大事だ。だって救う力はあるけど、その代わり呪われま〜すってかなり大事な部分でしょ。
「はい。この言葉を我々は、オルデンの名を持つ者はいついかなる時も王国を救うために戦うのだ、という風に解釈しておりましたが……」
「言葉通り受け止めると、天賦の才を持つ者が生まれるという一種の予言みたいだね」
伯父は執務室に飾られた歴代のオルデン当主の肖像画を見ながら少しずつ話し始めた。
「初代だけ赤髪ではないのですね」
本当だ、彼だけ暗いブラウンヘアだ。それもなにか関係あるのだろうか。
「僕が東の方を旅していた時、オルデン家のように非常に武道に優れた人間が生まれやすい家系にお世話になってね」
この間は南の端の国の話をしていたのを聞いたぞ? 本当に世界中を周ったんだな。
「その家系の祖にあたる方が、我が身をその地域の神に捧げることにより、子々孫々その力を手に入れ続けることが出来たんだって」
セルフ人身御供みたいなものだろうか。
「……確かに初代ヴォルフ・オルデンの墓は残っておりません。諸国放浪の旅に出てそのまま戻ってこなかったとも言われています」
ピンとくるものがあったのか、総長はまさかといった表情になっていた。
「初代様は誰かにその身を捧げたのでしょうか……。いえ、というのもその家も今回と同様に呪いのような症状が出る一族でして、調べるとその神の影響ではなく、どうやら祖に因縁がある者の仕業だったのです」
あまりにも状況が似ているせいか、オルデン家の原因も似通ったものではないかと伯父は考えているのだ。
「それで伯父様、その呪いを解く術はあるのですか?」
一番大事なことだ。原因も気になるが、なにより解決方法を知りたい。総長もそれを待っているような眼光を伯父の方へ向けていた。
「ごめんごめん! ちょっと思い出してしまってね。……それで呪いの症状が出たのは三代目のあたりでしたっけ?」
「はい。そう考えております」
「失礼……」
伯父が本棚からこの国の歴史書を取り出した。分厚くて重そうだ。
「……二代目、三代目の時期ですと、デメテール地方で多くの自然災害があったとありますね」
「ええ。妖精が暴れたのが原因と伝わっています。その時にオルデン領もかなり焼かれてしまい、正式な記録が残ってはいないのですが……」
デメテール地方は我が国の穀倉地帯だ。そこがやられると、多くの人が飢えることになる。オルデン家の領地もそのエリアにある。
「いやしかし……妖精ですか……あまり公表していませんが、我が家は妖精に縁がありまして……三代目の兄に当たる方が妖精を討伐した伝承も……」
私が持ち帰った古い歴史書に手を触れながら総長は動揺していた。
(そんな裏話が!?)
「ではこの自然災害があった頃?」
「はい。原因となった妖精を討伐し、やっと平穏を取り戻したと言われています」
キラキラした妖精は原作では聖女となるアイリスと縁のある存在だ。ゴリゴリ武闘派のオルデン家とも縁があるのはちょっと意外である。
「なによりオルデン家には代々伝わる宝剣があるのですが、それは妖精王の姫から賜ったという伝説があるのです。この剣を使って妖精を討伐したと」
「妖精を殺す剣を妖精王の姫が……?」
なにか妖精側でも理由があったのだろうか。
伯父が優しく古い妖精について記された歴史書を開く。パッと見では読めないのだが、伯父はそうではないようでフムフムと頷きながら続きをめくっていた。
(ジェフリーもレオハルトもこれを読んだんだよなぁ……すご……)
古い日本語を簡単に読めなかったように、古いこの国の言葉を読み解くのも簡単ではない。
「うん。やっぱり今までの情報をまとめると、どうやらその妖精を討伐した人物からこの呪いは始まっていそうだね」
「でも妖精の呪いなんて聞いたことがありません」
妖精の加護ならアイリスが受けていたが。それにしてもこのファンタジーの世界でも妖精は特殊な存在だ。どうにかなるだろうか。
「そうだね。妖精なんて今ではもう幻みたいな存在だし……でもこの本によると遥か昔にはあったみたい」
さすが妖精専門の歴史書。中にはオルデン家の名前も出てきており、いよいよ信憑性が増してくる。
「うん……妖精を討伐した後二代目フィン・オルデンの息子であるライアン・オルデンが発狂死……」
指で文字をなぞりながら読み上げる。総長が言っていた伝承とも一致するような内容だ。
そうして伯父は静かにそれを言葉にした。
「総長、この呪い解けると思います」
「本当ですか!?」
ガタンと大きく椅子が揺れた。
伯父はゆっくりと頷く。やはり先ほど話していた一族と似通った呪いだとわかり、それであればその呪いを解く方法があるのだと総長に告げる。
「すぐにルイーゼ様に知らせてきますわ!」
本当によかった! 今日はいい日だ。私は部屋を出ようと駆け足になる。
「お待ちください……! その希望が打ち破られた時の娘のことを考えると……その呪いを受けていない私が……期待と不安で震えているくらいですから」
総長の手がワナワナと震えていた。確かに、助かると希望を持たせてダメだった時の精神的ダメージは計り知れないだろう。
「失礼いたしました……そこまで考えが至らず」
私でなく伯父が謝った。
「いえ! 私の精神力の弱さが原因です! 大変申し訳ございません」
伯父はいつもと少し違う、労わるような包み込むような優しい笑顔になっていた。
「それでは一緒に娘さんを助けましょう」
やっと道筋がたった瞬間だった。




