26 木剣
騎士団総長宅、オルデン家は貴族街の端にあった。飾り気はないが品がよく重厚感のある屋敷が、騎士の名家のイメージにぴったりだった。敷地は広く、ほとんどが訓練用の広場のようだ。
「誠に申し訳ございません!」
馬車を降りた途端、出迎えてくれた第五騎士団団長のヘルガが、土下座せんばかりの勢いで謝ってきた。
「いえ、あの……」
「愚弟が勝手なことをいたしました。こちらまでご足労いただいたのに申し訳ございませんが、すぐにお屋敷までお送りさせていたいだきますので」
こちらの話も聞かず、ぺこぺこと頭を下げっぱなしだ。隣では先ほどの笑顔はどこへやら、シュンとした顔のヴィルヘルムが立っていた。どうやら彼の独断だったようだ。
「後ほど父と共に改めて謝罪に伺いますので……!」
「まあまあ落ち着いて団長さん。僕達は全然かまわないんだから」
ねえ? とこちらを見てくる。伯父はどうやらルイーゼの話に興味があるようで、馬車の中でワクワクしていたのだ。
「ありがとうございます!」
ぱぁっとヴィルヘルムの顔が明るくなった。
「こら! あ……いえそんな我が家のゴタゴタにフローレス家の皆様を巻き込むわけにはいきませんので」
団長という肩書きを持つ屈強な男が、可哀想なくらい慌てていた。
「リディアナ様?」
入り口の騒ぎを聞きつけたのか、ルイーゼがひょっこりとやってくる。
彼女は一瞬不思議そうな顔つきをしたが、すぐに今何がどうなっているのか理解した。
「お兄様方! これはあまりにもやりすぎですわ。ほんの少しお父様に剣のお相手いただくだけですのよ! フローレス家の方をお呼びするなど大袈裟すぎます!」
「いやこれは……」
ルイーゼの為というより、この国の騎士団総長の為なのだがまだ言えない。
「何事だ」
今度は帰宅したばかりの一家の主人、グレン・オルデン騎士団総長だ。我々の姿を確認して目を丸くしている。
「大丈夫です。来たくて来たので!」
また謝罪が始まる前にこちらから声をかける。
「……申し訳ございません……しかし、正直申し上げて大変心強い。実際どうなるか分かりませんので」
ルイーゼはまだそんなことを言って! と鼻息を荒くしていた。
案内された訓練場は綺麗に道具を片付けられた跡があった。大きな的や重そうな盾などが端に重ねられている。
ルイーゼは防具等着けず、軍服のような、華美ではないが品のいい服を着ていた。これは騎士団員が戦闘に参加しない時に着ている服に似ている。
「お似合いですわ!」
「お兄様のお下がりですの」
まるで綺麗なドレスを着せてもらった時の女の子のようにうっとりと嬉しそうにしている。この姿をみると、とても狂戦士になるとは思えないのだが。
伯父は総長の側、私はルイーゼ側に待機することになった。どちらもかなり離れたところにはいるが。私の側にはルイーゼの兄達も控えてくれている。
「ルイーゼ! 今日はただお前の状態を見るだけだ。決して気負いすぎるなよ!」
「わかっております! お父様に認めていただけるよう頑張りますわ!」
違う違うと慌てる兄達には目もくれず、ルイーゼは闘志を込めて渡された木剣を見つめていた。
ついに親子が訓練場の真ん中へ揃い立つ。
「ルイーゼ、お前は本当に覚悟があるのか?」
「なにを今更。私がやらずに誰がお兄様の仇を討つのですか」
二人とも不敵に笑う。緊張感が漂っているのに、あまりにもそれが親子で似ていて思わず笑ってしまいそうだった。
「魔法はなしだ。剣技のみをみる」
「わかっております」
私の目の前に防御魔法のシールドが張られた。ここまで離れているのに防御魔法まで使うなんて、ガチだ。
ルイーゼが構えた瞬間、空気がピンと張り詰める。初めての体験にゾッとした。悪役令嬢なのに。これは恐怖からくる不快感だろうか。なにか不穏な、悪いものが周囲に満ちている気がした。
「顔つき……変わってない?」
私の疑問には誰も答えてくなかった。全員、何も見逃すまいと二人から目を離さない。
先に動いたのはルイーゼだった。強く踏み込んだかと思うと、総長へ突進していった。一発目、総長は少し身を引き、剣を下から上へ振り上げ、うまく衝撃を緩和したようだった。が、はじかれたと思ったルイーゼの剣はすぐに下に振り下ろされる。
間一髪、総長は身に当たる前に剣で受けることはできたが、すでに彼の剣は彼の身体にめり込んでいた。何がびっくりかって、ルイーゼはそれを片手でやっている。片手で大柄の男に力勝ちしているのだ。
総長はなんとか身をひるがえして抜け出すが、ルイーゼはそれを逃がさない。そのまま攻めるルイーゼ、なんとかかわす総長……という攻防が続いた。どんどん伯父の方へと追い詰められていく。
「もう止めた方が……」
「ええ」
これ以上は危ない、全員そう思ったのだろう。見守っていた者たちがそろそろと動き始めた瞬間、総長が吹っ飛ばされ、伯父の前にある防御魔法にぶつかった。
「あ……剣が!」
総長の剣はボロボロになってしまっていた。それにも関わらずルイーゼは剣を振り上げ追撃に走る。
「ルイーゼ! そこまでだ!」
兄達が大声で叫ぶも止まらない。聞こえていないのか、聞く気がないのか。ルイーゼの口角が上がっているのがみえた。身体がゾワゾワと震える。私は一体誰を見ているのだろう。
「危ない!」
誰かが叫んだその時、総長の前にもう一枚のシールドが張られた。どうやら防御魔法を使ったのは伯父のようだ。
(伯父様、防御魔法も使えたの!?)
いや、そんなことを考えている暇はなかった。ルイーゼはシールドを破ろうと、何度も何度も打撃を与えている。これは異常だ。あれはルイーゼか? 根本的な疑問がわく。
「そろそろいいですかね」
「ええ。お願いします」
伯父はさらにもう一枚シールドを張った。今度はルイーゼの周り全体にだ。もちろん彼女はそれを破ろうと剣を振り回すが、ついにその剣は壊れてしまった。そうしてやっと、おとなしくなった。
「リディ、総長をお願いできるかな」
急いで駆け寄り治療魔法をかける。身体全体を確認すると、あばらが折れており、それが内蔵を傷つけていた。ここに私達がいなかったと思うとゾッとする。なのに平気な顔しているとは……総長の肩書も伊達ではない。
彼女の周囲にはまだ牢屋代わりの防御魔法が張られていた。ルイーゼはぼんやりと空を見ている。そうして伯父はルイーゼの兄達と目で合図をとり、シールドを解除した。
◇◇◇
「呪いの類ですね」
「やはり」
オルデン家の客室で、伯父と総長との三人で向かい合って今日の出来事のついて話し合っている。威圧感があって少々居心地が悪い。
「思い当たることがあるのですか」
「はい……我が家では何代かに一度、ルイーゼのような力を持つ子が生まれるのです。最近だと五代前になりますが……」
五代前だとどのくらいだ? 百年から二百年くらい前? この国だと大戦中だろうか。
「その者達のおかげでオルデン家はその都度家名を揚げることができました。しかしその者自身は必ず非業の死を遂げます」
ということはルイーゼもいつかそうなるのだろうか。嫌だな……。
「最期には破壊衝動を止められなくなると言われています。結局、味方が決死の覚悟でその者を殺すか、自らの身体が滅びるまで暴れるか……封印されるか」
封印!? 実際に使っている人の話を初めて聞いた。詳しく聞きたいが今は無理だな。
「ジェド・オルデンをご存知で?」
「先の大戦の大英雄ですね」
知ってる知ってる。有名な偉人だ。
「彼は三年前まで封印されていたのです。その封印が解けたため、急ぎ討伐に向かったのですが……息子を一人失ったにも関わらず倒しきれませんでした」
総長は俯く。彼にとっても、この家にとってとても辛い思い出だろう。
「それ……失礼、その方は今どうなっているのですか?」
「再び封印いたしました。しかしそう長くは持たないでしょう。近いうちにまた討伐に出ねばなりません」
伯父は何か考え込んでいるようだったが、急にいつものお茶目な笑顔に戻った。
「この件、僕に任せていただけますか?」
「え?」
「その代わりと言ってはなんですが、例のお話、陛下からのお許しを勝ち取っていただきたいのです」
「……わかりました。こちらとしては願ってもないことです。どうか娘を……よろしくお願いいたします」
騎士団総長は深々と頭を下げた。




