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2 一人目の治療

 まずは幼い妹弟の命を救うのだ。この流行り病、この時点では原因不明で薬もない状態。わかっていることは、近親者や看病に当たる者に病がうつる気配がないこと。それから身体の弱い、魔力量の多い者が多く罹患していることぐらいだった。


「特効薬が出来るまであと八年か……」


 現在この魔法と剣と魔物の世界、特に私が住んでいるエルディア王国は、個人の魔力量の減少という難題を抱えている。この魔力量の多い者の死というのは国力に直接的に関わってくるのだ。魔法というのは時に個人で世界をひっくり返せるほどの威力を持っているのだから。主人公のアイリスや私リディアナがまさにそれである。


(この魔力量だけでそりゃあもう国からの待遇は抜群にいいのよね〜)


 相対的に恵まれた人生を送っているというのに、な〜んで悪役令嬢——どころかラスボス令嬢になっちゃうんだよ!


 ノロノロとベッドを抜け出し、ノロノロと扉に向かう。ちまちまと自分にも治癒魔法をかけていたが効き目はイマイチである。トントン、とまたノック音が聞こえた。


(ヤバい!)


 急いでベッドに戻ろうとするが、ゴソゴソという音が聞こえてしまったのかエリザが声をかけてきた。


「お嬢様、車椅子をお持ちしました」


 そのまま返事も待たず、ガチャリと扉を開けて車椅子に私を乗せる。ベッドから抜け出した私の言い訳も何も聞かない。

 リディアナとしての記憶を辿ると、エリザは以前からこちらの行動を先読みしたかのような動きが多々あった。そしてたまに礼儀もなにもスルーしてサクサクと行動する。教育係から礼儀作法やマナーを口酸っぱく言われ続けていた私は、その行動を合理的に感じて好感を持っていた。


「どちらへ?」

「一番調子がよくないのは誰か知っている?」

「シェリー様でございます」


 そのまま返事も聞かずエリザはシェリーの部屋へと移動し始めた。


「助かったわ」

「あまりご無理されませんよう」


 お礼を込めて笑顔を向けたが、相手は相変わらずの無表情だった。

 シェリーが私の部屋と近い部屋で寝かされていた。屋敷が広いので移動にもなかなか時間がかかるだろうと覚悟していたが、どうやら流行り病にかかった者たちを近くの部屋に集めたようだ。これなら次は車椅子がなくともいける。

 扉をノックするとすぐに返事が返ってきた。ベッドの側にはシェリーの世話係のリサがいる。父ロイと同じように目の下にクマを作り頬が少しこけており、涙の跡も見えた。私の姿をぼーっと見たあと、ハッとしてすぐに立ち上がる。


「申し訳ございません! 大変な失礼を……」


 焦っているが、眠っているシェリーに気遣ってか小さな声で謝罪する。


「いいのよ。あなたも疲れているでしょう。座ってちょうだい」


 そうは言ってもリサは座らない。私もこれ以上椅子を勧めることはしない。エリザがシェリーのベッドまで連れて行ってくれる。まだ小さな身体が一生懸命に呼吸をしているのがわかった。手に触れると氷のように冷たい。これがこの病の特徴の一つである。

 この病は、亡くなった者の身体がどれも氷のように冷たく硬くなっていたことから、『氷石病』と呼ばれている。


「なかなかお身体が温まらないのです」


 消え入りそうな声でリサがささやく。手をシェリーのお腹のあたりへ持っていき、そっと魔力も流し込む。ただただ純粋な魔力だ。一度の量が多すぎてシェリーの身体の負担にならないよう慎重に。


「ふぅ……」


 ゆっくり呼吸をしながら力を調整する。


(大丈夫! そのうち歴代最高の魔術師と呼ばれるのよ……私ならできる!)


 しかし、私の魔力はドンドンとシェリーの身体に吸い込まれるだけだった。だけど止めるわけにはいかない。治療方法は現時点ではこれしかないはずだ。


 氷石病の原因は、新種の寄生型の魔物によるものだった。植物や虫に近い形状のそれは、夏の間に種を飛ばし、魔力が高い者の胃の中に寄生する。寄生相手の体力が落ちたタイミングで発芽し、魔力を吸収しながら成長を始める。熱が苦手なので身体の体温も奪うのだ。 

 どのくらい時間がたっただろう。時計が見当たらない。リサとエリザは一言も発することなくじっと待っている。


「リサ、よければシェリーの手を握ってあげて」

「はい……あっお嬢様!」

「えっ!?」


 リサが急に声を上げたのでびっくりしてお腹にあてていた手をはなす。


「温かいです!……手が……」


 涙をぼろぼろとこぼしている。そっとリサの肩をさすった。


(よかった。これで大丈夫)


 再び手をお腹にあてる。シェリーの呼吸が先ほどより穏やかになっているのがわかった。サラサラな銀色の髪の毛を何度か撫でる。


 リディアナはもともと膨大な魔力をもっていたが、十八歳の時点でのそれは規格外もいいところだった。


 物語でのリディアナは今から五年後の雪の日、氷石病で死んでしまった家族の眠る墓地へ向かった。

 そこは公爵家の墓地にも関わらず、氷石病の死者が眠る場として恐れられ誰も近寄らない場所だった。基本的にこの流行り病で亡くなった者は他への感染の恐れから火葬されていたのだ。だが、それを父が許さなかった為、領地の辺鄙な場所での埋葬となった。

 リディアナはその場所で、家族の墓が地面から荒らされているのを目の当たりにした。そして遺体の体内から外に出た魔物の痕跡を発見したのだ。この魔物は死後五年間、寄生者の体内に留まりゆっくりと成長していた。この国で一番初めにその魔物の存在に気が付き、家族の遺体すら無惨に食い荒らされた怒りからその魔物を研究し尽くした。結果、他者から魔力を奪う力を手に入れたのだった。


(リディアナの過去、ヘビー過ぎない!? 悲惨が過ぎるでしょ!?)


 いざ自分が該当者になって思うことだが……。悪逆の限りを尽くした悪役令嬢の過去はそれなりに辛いものであるべきだったということだろうか。


「引き続きしばらく温めてあげてね」


 そう言って手を離し、車椅子の背もたれにもたれかかる。思っていた以上に疲労感がすごい。薬がない以上今できることは、体内にいる寄生虫を熱で殺すか、魔力を必要以上に与えて飽和状態にして殺すかないはずだ。風船のように破裂してもらう。まさか熱湯を飲ますわけにもいかないので、私は後者、体内の寄生虫が抱えきれない程の魔力を与えて殺した。私自身が助かったのも母サーシャの魔力のおかげだろう。

 この世界で魔力の枯渇は死につながる。氷石病での死因は、魔力が完全に枯渇してしまうか、その前に衰弱死するかどちらかだ。


「お母様は眠っていらっしゃるのね?」

「はい」


 やっぱりか。昨日から父の顔は見たが、母はみていない。あの母がこれだけ長く眠っているのだ、そうとうの魔力量を使ったのがわかる。


「私も少し眠るわ……他にこの病気にかかってる子たち……なるべく温めて……」

「承知しました」


 瞼が重たい。本当はこのまま全員同じ治療をしたかったのだが、考えが甘かった。そのままプツリと記憶が途絶えた。


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