25 女騎士
今日は第十二騎士団の訓練に参加させてもらっている。ここは全騎士団の中で一番兵士数が多い。王都と王都周辺の警備が主な仕事だ。所謂治安維持を主とした憲兵の——警察のような役割も果たしている。若手の騎士や兵士が多いのもこの第十二騎士団だ。
「リディアナ様、先日は妹が大変お世話になりました」
燃えるような赤髪にくりくりとした可愛らしいブラウンの瞳の若い騎士が話しかけてきた。この特徴には見覚えがある。
「失礼いたしました! 第十二騎士団所属のヴィルヘルム・オルデンです。ルイーゼ・オルデンの兄になります」
「いえ、こちらこそ失礼いたしました。先日はルイーゼ様にとても助けていただきました」
ありがとうございます。と丁寧にお辞儀をするとヴィルヘルムは慌てていた。彼が私に話しかけてきた理由はわかっている。妹ルイーゼの訓練のことだろう。
先日のお茶会の後、ルイーゼから真剣な顔で相談されたのだ。
『リディアナ様、私、騎士になりたいのです』
『……ええっと、はい』
前のめり気味な宣言に戸惑ってしまったが、ルイーゼが騎士団に入りたがっていることは原作情報で知っている。彼女の家は男兄弟だけでなく、姉ですら騎士団に所属しているという家系だ。彼女も家族と一緒に戦いたい、国を守りたいとアイリスに語っていた。そして学園卒業後、希望通り騎士団の魔術部隊に所属し家名に恥じない活躍をする。
「失礼いたしました。リディアナ様は今騎士団の訓練場で治療をおこなっていると伺いまして」
「ええ。治療魔法の向上のために皆様にご協力いただいております」
「それであの……私もその訓練に参加したいのです!」
なぜ私に言うのだろう。父親の騎士団総長に言えばなんとでもしてくれるはずだ。私に真意が伝わっていないことがわかったのか、ルイーゼは一度大きく息を吸った。
『私、魔法騎士になりたいのです』
『え!? 魔術部隊ではなく?』
魔法騎士というのは、この国では一般的な騎士のことを指す。剣などの武器と魔法を組み合わせて戦う、騎士団の主戦力だ。もちろん女性魔法騎士もいるが、数は圧倒的に少ない。通常の男性騎士の三倍は強くないと入隊が認められなかった。女性が多いのは前述の魔術部隊か救護部隊である。
(原作情報と違うんだけど!? 私、オルデン家関係は何もしてないわよ!?)
彼女は魔術部隊に入隊するために学園で真剣に学んでいた。女性が騎士団に入ること自体なかなか狭き門だからだ。
騎士団総長は私も知っているが、平民出身だろうが女だろうが全員を公平に評価している。実力主義であることが周知されており、今の騎士団副総長も女騎士だがそれに意を唱える人もいない。人格的にもとても優れた人だからこそ、猛者の集まる騎士団をまとめ上げることができるのだろう。娘だからといってホイホイ身内採用するような人物ではない。
『やはり……リディアナ様もそう思われますよね。家族からもそのように進められました。私は女ですし……』
そのように言われると前世の倫理観がうずく。『男女雇用機会均等法』がある世界の前世を持つ女だぞ私は。
『いえ、失礼いたしました。実力が伴えば性別など関係ありませんわね。それで私が何かお力になれることがあるのでしょうか』
今日はルイーゼのおかげでライザをうまくさばけた。借りは返さなければ。
『父や兄がいつも言うのです。剣を握ればたとえ訓練といえども傷なしではいられないと。だから嫁入り前の娘が剣術の訓練を受けるなどもってのほかだと』
『ご家族の皆様、ルイーゼ様に騎士団に入ってもらいたくないのですね』
『そうです。色々理由を付けてはいますが、結局はそこなのです。今では剣を握ることすら許されていません』
とても悔しそうだ。家族はルイーゼを少しでも安全な場所に置いておきたいのだろう。オルデン家の次男は数年前の魔獣討伐の際亡くなっている。
『結婚など私は望んでいません! なのに怪我をしたらダメだとか、痛い思いするだけだとか……』
えええ!? まだ十歳でそこまで決めてるの!? レオハルトと結婚できないからとかじゃないよね……と罪悪感で少しドキドキしてしまう。
『魔術の訓練はおこなうのにですよ? あれだって下手すれば怪我くらいしますわ!』
『わかりました。訓練に付き添って私が治療魔法をかければよろしいのですね』
怒りのボルテージが上がってきたのがわかったので、これ以上興奮される前に結論へ急ぐ。
『よろしいのですか!』
ぎゅっと握ってきた手が温かい。
『ええ。今日のお礼もしたいですし』
『ふふ! 私、役に立ちましたでしょ?』
あれ? ライザへのあの態度はわざとだったの!? なかなか侮れないな。
『傷跡一つ残さずご自宅にお返しいたします。と皆様にお伝えください』
『まあなんて頼もしい! きっと将来リディアナ様をお守りできるような立派な騎士になりますわ!』
(まあそこはアイリスになるんだけど……いっか!)
と言うわけで、ルイーゼと約束してしまっている。だから兄ヴィルヘルムから妹を訓練に参加させないでくれと言われても断るつもりだ。
「妹の訓練の件、どうかお考え直しいただけないでしょうか」
「ルイーゼ様についた傷は綺麗さっぱりに治してみせますわ。どうかご安心なさってください」
キッパリと言い放つ。
「あ……いえ……その、実はですね、ルイーゼには剣を握らせられない理由があるのです」
何か他にちゃんとした理由が? それともまたこじつけたような理由を探しているのだろうか。
「ルイーゼは剣の天才なのです」
なにその設定!? 私知らないけど!
「それなら尚更騎士として活躍できるのでは?」
天職じゃないか。家族も誇らしいだろう。
「ただの天才ではありません。七歳で私の兄達を上回る剣技を見せたのですから」
「なんですって!? お兄様のお一人は確か……」
「ええ、第五騎士団の団長をしております」
無双できるやつじゃん! もしかしてルイーゼも転生者!?
「妹は才能に恵まれてはおりますが、剣を持つと人が変わったようになるのです。まだ幼いため、手加減ができないだけだったのかもしれませんが」
狂戦士状態になるということだろうか。
「自分が傷つけた相手を見た後の妹が心配なのです……現に止めに入った父が大怪我をしたのをみて泣きじゃくっていましたから」
「……この件、総長様やルイーゼ様ご本人はどうお考えなのですか」
ちょっと話が違うじゃないか。これじゃあ私が治療するのはルイーゼじゃなくてそれを相手にする方だ。いや、別にそれはいいんだけど、あの総長が大怪我をしたとなると、通常の騎士、死んじゃわない? 流石に死んだら治せないんだけど……。
「父は、ルイーゼが強く望むならもう止められないだろうと。今ならリディアナ様とルーク様がいらしてくれていますし、力を慣らすために今ほどいい状況はないとも」
わぁ……責任重大だあ……。
「ルイーゼは自分の実力をわかっていません。おそらくあの時兄達が手加減したものだと思っています。……今日その件で家族で話し合うのです。リディアナ様、同席してはいただけませんか」
やられた! その話し合いで揉めた場合の救護要員の確保、こっちが本命のお願いだったか。この家族、揃いも揃って油断ならないな〜。
「私を同席させたいということは……」
「ええ、剣を握らせるつもりです」
わぁ……それ、大丈夫?
「正直に申し上げます。このような家庭の事情を他家には知られたくないのです。妹の今後にも響きます。その点リディアナ様はルイーゼと仲良くしてくださっていますし」
いや、確かに借りはあるけど彼女とは数回お茶会で会ったくらいだ。
「はあ……まだ殿下へ憧れていた時はよかったのですが……あの活発な妹がドレスを喜んで着るようになって……」
それを出してくる!? 悪いけど初恋のフォローまではしないわよ!?
「カルヴィナ家には頼めませんし」
うわぁ! それを言われたら弱い! 一緒にライザをやり込めちゃったもんね……。
「わかりました! 行けばよろしいんでしょ!」
そこまで言われたら行くしかないだろう。
「わぁよかったぁ! 是非ルーク様もご一緒にどうぞ!」
少し遅れて訓練場にやってきた伯父に目を向ける。
「ヴィルヘルム様……最初からこれが最終目的だったでしょう」
「そんな! 公爵家相手にそのような畏れ多いこと……!」
ああ、うまく目的を果たしていい笑顔をしている。仕方がない。乗りかかった船だ。天才剣士の覚醒でもみせてもらうか。




