24 お茶会-2
「ライザ様……不手際ばかりで申し訳ございませんでした」
「ええ……恥をかくのはレオハルト殿下なのですよ。婚約者がこのような方で本当にお可哀想」
こちらが下手に出るとわかったからか、発言が過激になっていく。どこの姑さん?
それにこのしおらしい態度を本気にしているのなら、ライザは私のことを全くわかっていない。ライバル視しているならもうちょっと私に興味持ってくれてもよくない?
そもそもライザは私とレオハルトとの不仲説を本気で信じている節もある。というか不仲だと信じたいのだ。悪役令嬢に意地悪するには思考が少々お粗末だな。
「うぅ……申し訳ありません……」
泣いた振りが上手く出来る気がしないので、私はとりあえず顔を隠すために俯く。だがこれでルイーゼとアリアが焦り、ライザの勝ち誇った声が聞こえたので、ハンカチを当て薄目をして顔を上げる。ニヤつく口元も隠せるし。
「なんてことをおっしゃるんですか!? 先程からお言葉が過ぎます!」
「貴方のような方が殿下の婚約者に選ばれなくてよかった! 候補にすらならないはずですわ!」
二人とも声のボリュームが大きい。
「私はこの国を心配して言っているのです! そもそもこの程度の教養もない方がこの国の第一王子の婚約者など、恥でしかありませんわ」
「なんですって!」
どんどん私を置いてヒートアップしていっている。ついに他の客たちもコチラに注目をし始めた。
「ルイーゼ様、アリア様……いいのです。私が調子に乗りすぎたのですわ」
しんと静まり返っていた。視線が集まっているのがわかる。
「陛下が大変気に入ってくださったので、皆様にも味わっていただきたくって」
さあ、どうでる?
「陛下がですか?」
ルイーゼが高揚したように尋ねてきた。
「ええ、まずお茶をとても優雅だと気に入ってくださったので父はすぐに金箔を献上いたしましたわ」
一瞬でライザとクレアの顔が青ざめた。それを見て笑いそうになるのを必死で堪える。ちょうどいい感じに声が震えた。
「お菓子に関しましてもとても美味しかったからと、褒美をくださいましたの」
ほら、と今日つけていた深い青色の大きな宝石がついた髪飾りを見せる。途端にどよめきが起こる。なぜなら陛下はこのような事を直接の家臣にもしたことがないのだ。
「今日もこの後陛下へこのお菓子をお持ちする予定だったのですが……ライザ様のお言葉で私の至らなさを思い知りました。事情を話してお断りいたします」
「ちょっと……! へ、陛下のご予定を狂わせるような事するのはよくないのではないでしょうか……」
あらあら、挙動不審になっちゃって。
「いえでも、さもしい飲み物を陛下に飲ませるわけにはいけませんし」
「陛下がお褒めになったものになんてことを!」
一部の子供達が騒ぎ始めた。帰ったらパパママに報告するぞ! と息巻いている。そう、この国には国王陛下過激派の家がいくつもあるのだ。特に宮廷貴族——領地を持たず、王都かその近辺で官職についている家系に多い。王様の言うことは~? ぜったーい!
私はそれを聞こえないふりをして話し続ける。
「それに陛下へ胸焼けするような食べ物をお出しするわけには……これまでのことも含め急ぎ陛下へ謝罪に向かいます! 準備してちょうだい!」
「承知いたしました。すぐに」
エリザがノリノリで演技しているのがわかった。
「やめて!」
ライザが叫んだ。
そうだよね。殿下ならともかく、陛下はまずいよね。
当たり前だが、国王陛下を否定するような発言をするのは大変まずい。もちろん内輪の話ならまだしも、このように大々的に開かれたお茶会という名のパーティで、全員に聞こえるように高らかに否定するなど言語道断だ。
実は私がいたテーブル以外、今日のこの飲み物とお菓子類が全て一度国王陛下がお食べになって気に入られたものだ、と記載したカードを置いておいたのだ。小さなご令嬢達はそれを有り難がってさらに会話が弾んでいた。なので周りから見ると、ライザは陛下の感性と味覚をわざわざ馬鹿にしているように見える。つまりは不敬だ。
国王陛下は大変厳しいお方だが、子供の粗相に対して罰を与えるような狭量な王ではない。なので実際の所大丈夫なのだが、当の本人はすでにパニックのようだ。ことの重大さに震え上がっている。
少し可哀想かな、と思わないでもない。しかしこの国では十歳はもう立派なレディとして扱われる。こうやって両親抜きでお茶会に参加するくらいには。厳しいようだが分別をつけなけばいけない年頃なのだ。具体的には、敵に回すべきではない人をキッチリと見極めてもらいたい。
「お嬢様、ライザ様はお加減が悪いようです」
「まあ大変! お口に合わないものを食べられたせいかしら……皆様どうぞ、ごゆっくりお茶の続きを」
エリザのアシストで名門治癒師の嫡子を別室へ連れて行った。もう猫を被る必要はない。
「それで? 何か言うことは?」
「なっ!? 貴女わざと!」
ライザの青かった顔が急激に赤く変わり始めた。
「そんなに手の込んだことはしておりません。自滅していただいて楽ができましたわ」
相手の握りしめた拳が震えている。殴られたら嫌だな。嫌だけど、言っておかなきゃ。他に誰も言えないんだから。
「私に嫌味を言っている時のご自身のお顔、一度鏡で見た方がよろしいかと。悪意に歪んだなんとも醜い笑顔でしたわよ」
それでもライザは黙ったままだ。
「それじゃあ馬車を飛ばして陛下に会いに行きますか!」
すると急いで私の腕を掴む。
「……申し訳ありません……」
か細い声だった。
「えっ!? 何か言いました!?」
「申し訳ありませんでした!」
ヤケクソで言ったごめんなさいだろうけど、プライドはズタズタだろうからこの辺にしておこう。
「それでは今回のこと、私から直接陛下へ話したりなどはいたしません。が、皆様お聞きになっていることをお忘れなく」
また顔が青くなった。調子に乗りすぎた結果だ。反省しろ。
「エリザ! ライザ様がお帰りよ」
さあさあ帰れ! そして二度とくんな!
今回のお茶会の成果は上々だった。今まで皆無だった同年代の女子人気を得たのだ。まあ大半がお菓子目当てだが。それに、ライザから虐められているように見えたのが良かったようだ。皆私がわがままで凶暴な公爵令嬢という認識を改めたようだった。
「テーブルの上に美しい絵画があるようでした」
「まあ! そうしたら次のお茶会はもっと頑張らなければなりませんね」
「我が家のお茶会にご招待してもよろしいでしょうか……」
「ええ! 是非とも!」
皆私が泣いていたと思って気を使ってくれているのか、帰る前に一人一人優しい声をかけていってくれる。
全員が帰った頃にはもう夕陽が見えていた。
「大人気だったねえ」
ルカはまたお菓子をもぐもぐと食べていた。お行儀悪いぞ。
「私にかかればこんなもんよ!」
最後の力を振り絞って強がる。今日は人生初の無双体験と言ってもいいだろう。達成感はあるが、後味はあまりよくない。
「そうなの? そしたら次のお茶会も楽しみだなあ」
「いや嘘、もうやりたくない」
生まれ変わってから一番疲れた一日となった。




