21 成果
騎士団の訓練風景はここ半年以上頻繁に見ていた。もちろん遠くから邪魔にならないよう。なによりほとんどがフィンリー様の姿を追う時間ではあったが。
訓練中は五人ほどで連携の確認をしていたり、個人で剣、弓、槍の訓練をしていたり、ニ人で模擬戦をしていたり。魔法を使った攻撃の確認をしていたり……。
現在この国は国境での小競り合いや、魔物の討伐でそれなりに騎士団の出番はある。しかしこれと言って大きな敵はいない。少なくとも物語が始まり、リディアナが厄災として出てくるまではそうなるはずだ。
(これからもずーっとそうであってくれなきゃ!)
争い事なんてないに越したことはない。
「本日よりお世話になります。リディアナ・フローレスでございます。微力ではございますが、皆様のお役に立てれば幸いです」
騎士や兵士達の前で挨拶をする。誰一人何かを発する事なく、こちらを見ていた。
「リディアナ様、我々にその貴重なお力をお貸しいただき感謝申し上げます。この国を守る事で少しでもその御恩に報いる事ができるよう、全力で訓練に努めます」
新年のパーティで母と話し込んでいた騎士団の総長だ。全員が私に礼をした姿は壮観だ。
「ルークじゃないか!」
第八騎師団の隊長が、後ろに控えていた伯父に気付いて話しかけてきた。今日はこの第八騎士団と一緒に訓練する。
「マッドか! なんだ隊長なんかになって! 偉くなったな!」
お互い嬉しそうに顔を見合わす。どうやら伯父の旧友のようだ。第八騎士団といえば、実力のある平民から集められた集団として有名だ。平民からしてみれば大出世、嫡子になれない貴族から見ると少々認め難い存在だ。彼らにとってこの騎士団という存在はとても名誉な就職先だからである。
なぜ令嬢の私がこんなことを知っているかというと、もちろん原作で活躍するからである。第八騎士団はレオハルトとアイリスカップル推しの団体なのだ。だからマッドと呼ばれるフリューゲル隊長にも見覚えがある。作中では顔に大きな傷があったから、これからの戦いでつくのかもしれない。
で、肝心の実地訓練はというと、皆遠慮して治癒魔法を受けに来ないんだけど……。
(え? あれ怪我してるわよね?)
(今の絶対火傷してる)
(うわぁ! 痛そ〜〜〜思いっきりぶつかってるじゃん!)
などとこちらが思っても誰もこない。そこでようやく気付くのだ。
(もしかして私……嫌われてる?)
最近少しは評価が回復したと思ったんだけど……違った?
「いやぁ。すみませんねお嬢様!」
「あ、いえ。皆様我慢強いんですね」
暇そうにしていた私を見かねてか、フリューゲル隊長が気を使って話しかけてくれた。さすが出世頭。気の回る男。
「お嬢様には刺激が強くないですか?」
「気合いを感じますね」
いつにもまして訓練が過酷な気がする。動きが激しい。実戦を想定して動いているような……。
「来月うちの隊、魔獣討伐に向かうんです。全員功績残したくって必死ですよ」
魔獣討伐は騎士団の花形仕事だ。功績も残しやすく、またとない出世のチャンスである。
「なら尚更怪我をしたままにはできませんわ」
だから私の練習台になってくれ。
「ご存知かもしれませんが、平民出身のやつが多くてですね……貴族様にお願い事するのは苦手なんですよ」
「なるほど……まぁ我が家は貴族の中でもトップクラスに人気ないですからねぇ」
「アハハハ! これでもちょっとはマシだと思いますよ。お嬢様の功績は皆知ってますから」
フリューゲル隊長の強みはこの嫌味のないざっくばらんな態度だろう。
(このよそよそしい態度でマシなのか〜)
つれないねぇと言いたいが、それは小娘の私が上の立場だから言えることだ。
彼らからしたら、なんで公爵家の令嬢で第一王子の婚約者が治癒師として来てるんだよ〜治療を頼めないならいてもいなくても同じだろ! くらい思っているに違いない。
「それじゃあ勝手にやってもいいですかね」
「ええどうぞ」
伯父もフリューゲル隊長も面白いものを見ている顔になった。
(こちとら何年もブラック会社で社会人やってたんだぞ! セクハラパワハラクソ野郎どもに比べたらここの騎士なんて上客じゃい!)
ただ訓練場の端っこでポツンしていても意味がない。押し売り営業することにする。相手はどうやら貴族にビビってるという話だからちょうどいい。貴族の権力を使わせてもらおう。私の言うことは〜? ぜったーい!
「はいそこの人! 今の絶対ぶつけてるからこっちにきて!」
「今の絶対痛いやつじゃん! あなたもこっちね〜」
「何その歩き方!? はいこちらへどうぞ!」
騎士達は、あぁ……、ええっと……、いえ……、と歯切れ悪く消え入りそうな声を出していたが、やはり貴族には逆らい辛いらしく、しぶしぶ私の治療を受けた。夕方になりほとんどの怪我人を治し切ったあたりで、ようやく騎士達の緊張がほぐれてきたようだった。
「恐れ入ります! リディアナ様、よろしいでしょうか」
やっとあちらからお声がかかり始めた。と、思ったら少し離れたところで誰かが倒れているのが見える。遠目からでも血の色が確認できた。無理やり起こそうとしていたので急いで止める。
「動かさないで!」
頭部か……緊張する。
「頭を打っている時は動かさない方がいいってよく知ってるね。勉強しているなぁ」
伯父が感心してくれているが、これは前世のなんちゃって知識である。
傷を確認すると、少し深めに切れているだけだとわかった。頭部は怪我をすると出血が多いとは聞いたことがあったがこれほどとは……前世の記憶があってもこれはビビる。
「リディアナ様、血が付きます」
騎士の一人が気にかけてくれた。もちろん革手袋は使っているし、極力血液には気を付けるが、いざとなったらそんなことを気にする暇があるだろうか。フローレス家式治癒魔法の基本は全身スキャンからだ。どうしても相手の体に触れる。
「ありがとう! でもこの革手袋の替えなんて公爵家に戻れば売るほどあるから大丈夫よ! ドレスの数も聞きたいかしら?」
渾身の金持ち貴族ジョークは伝わったようだった。相手は目を見開いた後、小さく笑ってくれた。
再度怪我人の頭を中心に体全体をチェックする。どうやら他に怪我はないようだ。そのまま治癒魔法をかける。ジワジワと傷が治っていき血はすぐに止まった。
「三十秒だね」
この日一番緊張した治療が終わった。
「そうしたらこの後どうしたらいいかわなるかな?」
伯父が隣に座り、一緒に患者の顔に張り付いている血を拭ってくれた。我々の行動に周辺の騎士や兵士が慌てている。そんなことは自分達がするから、と。それを伯父が手で静止していた。私の教育中だ。
「あ……そうか……血が」
患者が出血量が多い場合は追加で治療をおこなう。
「このくらいなら本来は必要ないけどね。今日はせっかくなので練習台になってもらおうか!」
言われた遠り、追加で治癒魔法をかけた。体に不足したものをゆっくり補うように。倒れていた騎士は落ち着き、安心した表情に変わってきていた。これは本物の血が増えたわけではなく、治癒魔法がその代わりを補っているだけではあるが、十分な効果がある。
「リディアナ様、本日はありがとうございました」
本日の訓練が終わり、第八騎士団の団長とフリューゲル隊長がうやうやしく頭を下げた。
「こちらこそ大変いい経験になりました。またよろしくお願いいたします」
「いや本当に助かりましたよ~! 最後のやつは結構まずかったですよね? 気合い入れすぎだってあとで注意しときます! それにしてもこの治療が無料だなんてラッキーですね〜団長!」
「フリューゲル!」
騎士団長がギロリと睨みつけた。どうやら彼の貴族に対するマナーが気に入らないようだ。伯父はそんなやり取りをニコニコと見つめているだけだった。
「またよろしくお願いしますよ!」
「フリュ〜〜〜〜ゲル〜〜〜〜!!!」
帰りの馬車の中、気になっていたことの答え合わせを伯父に聞いてみる。
「フリューゲル隊長とはお知り合いだったのですね」
「うん。平民街にいた時に僕の護衛になってくれてたんだ。いいやつだったろ?」
「はい。おかげで仕事しやすかったです」
第八騎士団の貴族への嫌悪は、騎士団内の救護隊や王宮治癒師による差別からきていると描いてあった。彼らは平民出身騎士よりも貴族の子弟を優先させた。その方が後から自分に返ってくるリターンが大きいからだろう。
(職業倫理というか……ヒポクラテスの誓いというか……そういうの、この国にないのよねぇ……)
だがそれをレオハルトが正し、実力者揃いの第八騎士団を重用した。そして彼の愛するアイリスは全ての人に平等に治癒魔法をかけると同時に、治癒師の在り方について問題提起もしたのだ。しかもアイリスは平民だというのにどの貴族よりも能力の高い治癒師ときた。第八騎士団はその二人を誇らしく思い、彼らのために戦うようになる。
(第八騎士団はその成り立ちからアイリスに出会うまで多くの騎士を失ったとあったわ。何か早目に対策をたてなきゃ)
言いたくはないが、騎士団の中で捨て駒扱いされていたのだ。
一度会ってしまうとどうしても情というのはわいてしまう。今日会うまで彼らはただ物語の設定の一部だったのに。
帰ったらルカに相談してみよう。……まだ起きていたらだけど。




