17 恋敵-2
ライザが積極的に他の令嬢を取り込んでいることはエリザからの情報で知っていた。
(原作ファンとしては裏話が知れて嬉しいと同時に悲しいよ私は〜〜〜)
こんなキャラではなかったのだ。確かに気は強かったが、誰かを意図的に傷つけるようなことはしなかった。まあまだ十歳だし、これから成長していくのだろうか……そうであってくれ!
簡単に言うとライザは私をハミっていた。十歳児のおままごとになんぞ興味がないのでメンタル面でのダメージは一切ないのだが、公爵令嬢として——第一王子の婚約者としては大変よろしくない状況だということをエリザに言われてしまう。女性の支持を得られ無いようではレオハルトの王への道は遠いということらしい。貴族の半分は女性だしね。
「フローレス家のリディアナ様とあろうお方がお一人でどうされたのですか?」
(それ言う!? お前らこの一瞬をめっちゃ待ってたじゃん!)
滅茶苦茶人気者だったぞ今日の私。ハミられてますね。友達いないですね。人望ないですね。惨めですね。王子の婚約者には相応しくないですね。と言いたいのだろう。敵意むき出しか……ちょっとは隠せよ。そのクスクス笑ってる取り巻き、お前らも!
「今、弟が飲み物を取りにいってくれていますの」
平常心平常心、今年の目標はこういったメンバーと仲良くする事と決めたばかりだ。十歳の精一杯の嫌味、可愛いもんじゃないか。
「ああ〜……ルカ様でしたか……あの……フフッ」
「フローレス家のご長男といえば……色々とお噂は伺っておりますわ」
「フフフッ……ご姉弟で唯一氷石病を免れたとか」
こいつらが今何に笑ったかというと、ルカの魔力量である。名家の——特に治癒師の家系にありながら魔力量の低いルカは我が家の味噌っかすだと馬鹿にしたのだ。
(ルカがいない時でよかった)
これでこいつらの作戦がわかった。私は以前、別の令嬢のお茶会で似たように家族を馬鹿にされてキレて大暴れしたのだ。私を怒らせて同じことを王の前でさせたいのだ。
(残念でした〜! 死にかけ前の私とは違うんですよ〜〜〜だ!)
先にやったのはそっちだからな。
「そういえばライザ様、最近ご婚約されたと聞きましたわ! おめでとうございます〜〜〜で、その方はどちらに?」
もうこいつと仲良くするのは諦めた。早々に新年の目標の変更を余儀なくされるなんてね。
(だがこいつは許さん。公式悪役令嬢舐めんなよ)
ライザは黙っている。私が何を言おうとしているかわかったのだろう。先程までの意地の悪い笑顔が消えた。
「ウェスラー侯爵家のライアン様と伺ったのですが違いましたか?」
「え……ええ……そうです」
ライアンはウェスラー侯爵家の次男でライザの家に婿入りすることが決まっている。家柄も魔力量も申し分ない昔からの名家だ。しかしライアンは我々の七歳年上で、粗暴で賭け事ばかりの人物として一部では既に噂になり始めている。子供達までまだ話が伝わってはいないので、なに? なんの話? と取り巻きがキョロキョロし始めていた。
(何よりあの男の容姿も中身もライザの好みではないでしょ〜)
ライザの初恋はレオハルトなのだ。つまり私はライザにとって最初の恋敵。二番目の恋敵アイリスには彼女の清さと優しさに絆されて素直に負けを認めているが、我儘放題の傲慢令嬢と名高い私がレオハルトの側にいるのは認め難いに違いない。
(こんなことしちゃって……フラストレーション溜まってるのかしら)
同じ治癒師の名家に生まれたというのに、評判の悪い私の婚約者は容姿端麗で秀才。一方で自分は訳あり物件ともなれば悔しいのは分かる。
しかしカルヴィナ家は伝統や血統を重んじる家だ。どちらにしろ母親が平民の第一王子との婚約はないだろう。カルヴィナ家もウェスラー家も伯爵家出身のセレーナ様サイドの家柄だ。
(まあだからってさっきのを許すつもりはありません!)
それはそれ。これはこれ。
「ライアン様といえば、先ほど少々気になる噂をうかがいました……大丈夫ですか?」
「あ……いえそんな……」
まさか自分の婚約者の話をされるとは思わなかったのだろうか。あからさまに目を逸らした。取り巻きは急にさっきまでの勢いを失ったライザの表情に戸惑っている。
「なにかお力になれることがあればおっしゃってくださいね。レオハルト様もきっと力になってくださいますわ。とってもお優しい方なので」
いいでしょ〜! と、婚約者自慢の開始だ。同じレベルまで落ちてやり返すわよ! 私、十歳なので!
ライザは私の狙いがわかったのだろう。悔しそうに睨みつけてきた。
「それにしても、レオハルト様は本当に素晴らしい方ですわ。そのお姿はもちろんのことですが、才能に溢れてるのにそれに溺れることなく日々努力されていますし。私のような者にも真剣に向き合ってくださって……私、心を入れ替えましたの」
ついでに改心アピールもしておく。現在進行形で大人気なくこんな仕返ししてる真っ最中ではあるけどね!
「実際、ライアン様はどのような方ですの?」
「いえ……その……」
「ああそうだ! 今度我が家で久しぶりにお茶会でもいたしませんか? その時是非ライアン様とご一緒にいらしてください!」
「……ありがとうございます……予定が合いましたら是非」
どんどん声が小さくなっていく。行けたら行くってことは行かないってことね。その時後ろからルカの声がした。
「お待たせリディ! お友達?」
なんだそのお父さんみたいな聞き方! 友達いないの知ってるだろ。わかって言っているのか、ニヤリとしながら冷たいジュースを渡してくれた。
途端に取り巻き達が色めき立つ。どうやらルカとは気がついていなかったようだ。どうだ! カッコいいだろううちの弟!
(この悪役令嬢リディアナ・フローレスの弟よ! 原作のメインキャラよ!)
悪役令嬢っぽい高笑いしたくなるのをグッと我慢する。
「それ、ぬるくなってない?」
急にルカが取り巻きの一人に向かって話しかけた。小さなご令嬢は顔を真っ赤にしている。
ルカは瞬時に指先に魔法で星型の小さな氷を三つほど作り出した。空中でフワフワと浮いた氷が、大広間の照明に反射してキラリと光る。
「いいかな?」
「は……はい!」
令嬢のコップに氷が落ちるとSNS映えしそうなドリンクが出来上がりだ。
「僕最近氷魔法の練習してるんだ! よかったらリディのお友達も協力してくれると嬉しいな」
人懐っこい笑顔のルカに小さな令嬢達はハートを撃ち抜かれたらしい。次々とグラスを持つ手が前に突き出された。ルカはその中に流れ星のように操り氷を入れたり、ジュースを凍らせ彫刻のように魔法で削って鳥や馬を作り出したり……パーティに退屈していた他の子供達も集まってきて、ルカは一躍人気者になっていた。
「あの年で氷魔法をあれほど使いこなすのか」
「治癒魔法は使えないと聞いたが……流石はフローレスの血ということか」
大人達の驚きの声に私も鼻が高い。結局今回のパーティでの一番の注目株はルカになってしまった。
気が付くとライザがいなくなっている。少し消化不良ではあるが、ルカが活躍するきっかけをくれたことだしこの辺にしといてやるか。
(ライザも婚約破棄すればいいのに……)
結局原作の彼女は学園卒業後に婚約破棄する。ならば今のうちの方がダメージは少ないはずだ。もちろん、簡単なことではないが。こちらに八つ当たりするくらいならそっちにエネルギーを注いてほしい。
「どうやら問題ないみたいだな」
「あら、お帰りなさいませ」
少し嬉しそうなレオハルトが横に立っていた。目線の先にはルカがいる。
「リオーネ様はなんと?」
「いや、リディが解決してくれたから問題ない」
後で聞いたところ、どうやらカルヴィナ家とウェスラー家の当主が頻繁にセレーナ様を尋ねていることがわかったらしく、その両家に気を付けてほしいという内容だったようだ。例の噂を広めたのもこの両家だろう。
新年のパーティは滞りなく終了し、ほっとした気持ちで家路につくことができた。
「僕が他所からなんて言われてるかくらいわかってるよ」
「ルカ……」
「気を使うなんてリディらしくないじゃないか」
帰りの馬車の中でルカは笑っていた。
「魔力量以外の武器を持とうと思ったんだ」
以前、アリバラ先生が作っていた雪の結晶をキラキラと手のひらに浮かばせている。
「皆褒めてたね」
でしょ? と弟は嬉しそうな顔をしていた。
「まあ今年から魔力量を増やす訓練も始まるし、うかうかしてると未来の歴代最高魔術師の座はいただいちゃうよ」
今日の様子を見ていると、あながちあり得ない話ではなさそうだ。今年の目標に魔術操作力の向上を追加しておこう。




