17 恋敵-1
薄いグレーのドレスに深いブルーのイヤリング、他のアクセサリーも全て控えめなものにする。そして髪はアップに。だが清潔感を持って。飾りも最小限だ。
「リディ! とっても綺麗だよ!」
「ええ! なんてお美しいんでしょう!」
ルカとマリアが気持ちいいくらい褒めてくれる。そうでしょうとも! 私もそう思うわ! 流石ヒロインのライバル役のルックスだ。
「お顔が華やかなのでシンプルなドレスだとバランスが取れて少し大人びてみえますね」
珍しくエリザも褒めてくれた。今日の出来の良さがわかる。
「ルカもカッコいいじゃん!」
いつにも増してモデルのような立ち姿だ。今日は前髪を上げている分、可愛さより男前のバロメータが上がっている。新鮮でいい。二人で色合いや飾りを揃えて、なんちゃって双子コーデだ。写真に残せないのが残念で仕方ない。
レオハルトは予定よりだいぶ早く迎えにきてくれた。
「殿下の家に行くのにわざわざこちらに来ていただくのって非合理的ですよね」
「そんなこと言って迎えにこなかったら絶対に大騒ぎしたくせに!」
私達と同じグレーの装いでやってきたレオハルトの襟元には、ウミウツシ石が光っていた。
「私のより大きくない!?」
「君は二つあるだろう!」
いかん。つい大人気ないことを。
「そんなことより殿下! お嬢様をちゃんと見てあげてくださいませ!」
第一王子にこんな軽口たたける侍女なんてマリアくらいだろう。ここにそれを気にする人がいないのは幸いだ。
「き、き、き、綺麗だ……」
耳まで真っ赤にして褒めてくれるレオハルトをみて、いじってやりたくなるが我慢する。そう言えばレオハルトに外見を褒められるのは初めてだ。毎回思うが、こういうのはちょっとくすぐったい。
「殿下もいつにも増して完璧なお姿でございます」
「二人ともすぐに照れるよねぇ。婚約者なのに」
そう。今日の目標は『仲のいい婚約者』を演じきること。憎まれ口をたたいて照れ隠しをしている場合ではないのだ。
第二、第三王子の母、セレーナ様の動きが怪しい。前世の記憶から、レオハルトを引きずり下すために何かやってくるだろうとは思っていた。
『婚約破棄すると噂になっている』
心配そうな顔で教えてくれたのはフィンリー様だった。
『……他にも色々……悪い噂も流されているようだ』
歯切れが悪い。
『私のことですね』
ああ! そんなにしょんぼりとしないで!
(誰だよ! フィンリー様のお心を煩わせやがって!)
ターゲットにするなら私だろう。ネタならいっぱいあるのだから。ジェフリーが噂を辿って出てきたのがセレーナ様だった。
「殿下! 覚悟はよろしいですね!?」
「わかっている!」
「他に好きな子がいるから~とか言って中途半端にするのはダメですよ!」
「君もフィンリーをみて変な態度をとるなよ!?」
「それは無理かも!」
この大事な日にそれはないと言いたいけれど、正装姿のフィンリー様を見たらわからない……。
「殿下、いい加減、君じゃなくってリディって呼びませんか?」
ルカからの提案にレオハルトが動揺する。そういえば、原作でもレオハルトはリディアナのことを『君』と呼んでいたから気にならなかった。断罪以降は『貴様』だったが……。
「レオハルト様~! リディって呼んでくださいませ~!」
その挙動不審が可愛かったのでついついからかってしまった。
「リ、リディ……」
「声が小さくて聞こえなーい!」
「リディ!」
「よろしい!」
さあ! 気合を入れて出陣だ!
◇◇◇
陛下による新年の挨拶があった後、前世の記憶を得てからの初のパーティが始まった。
事前の通告通り、例年より華美さが抑えられた質素なものになっている。大人達はわらわらと各自挨拶に周り始めていた。この辺は社会人も貴族も同じなんだな。もちろん、最近株が急上昇中の私達のところにはとめどなく人が集まる。
今日七度目となるどこかの貴族のおじさんからの、
「リディアナ様が氷石病の治療法を見つけたというのは本当で?」
という質問に答えた後、ダンスの音楽が流れ始めた。ダンスは別に好きではないが、愛想笑いをしすぎて表情筋が死にそうだったのでレオハルトに視線で合図する。この顔、全然愛想笑いして生きてこなかったせいか、本気で頬と口の端の筋肉がつりそうだ。
「リディ、一曲お願いできるかな」
「ええ、喜んで」
ダンスの練習はここ一ヶ月、二人で散々練習をした。カップルにとってダンスは見せ場である。全体に仲良しアピールするには一番手っ取り早い。
予定通り、私達のダンスを見て感嘆の声が漏れているのがわかった。
「流石第一王子……ダンスまで完璧ですね」
「リディアナ嬢のあの優雅な動き……まだ十歳でいらっしゃるでしょう?」
「結局婚約破棄の噂はなんだったんだ?」
「二人ともなんとまぁお美しい!」
(そうでしょうそうでしょう!)
だが同時に、一部の視線が刺さってくる。同年代の令嬢達である。残念ながら相変わらずお茶会に誘われることもなく年が明けてしまった。まあ私もお茶会を開いているわけではないので、仕方がないといえば仕方がないのだが。だって忙しかったんだもん! そこまで手が回らなかったんだもん! ということで、同年代の子女との交流が今年の私の目標だ。
「相変わらず怖がられてるねぇ」
「そう思うなら可愛い姉の誤解を解いてきてよ」
レオハルトはダンスの後、リオーネ様に呼ばれていた。母は騎士団総長と何やら話し込んでいるようだ。ルカが飲み物を取りに行き、私が一人になったその瞬間を待っていたのだろう。数人の令嬢達が近づいてくる。
「リディアナ様、お久しぶりでございます」
おとなしめな声とは裏腹に、目には力がこもっている。アイリスの未来の親友、ライザ・カルヴィナ侯爵令嬢だ。取り巻きを引き連れて、私よりもよっぽど悪役っぽいじゃないか。
「本当にお久しぶりですね。ライザ様」
久しぶりにゴングの鐘の音が脳内に響いた。




