16 贈り物
その日、王都では降り積もった雪が太陽に照らされキラキラと反射していた。そんな中、なんの前触れもなくレオハルトからプレゼントが届く。それは深いブルーの宝石が飾られたビー玉サイズのイヤリングだった。
「まあ! 殿下の瞳のお色ですね」
「なんで今頃こんなものを?」
騒いでいるマリアには悪いけど、私は公爵令嬢だ。お金で買えるものは大体手に入る。急にご機嫌取りなどしてどうしたんだろう。それに悪役令嬢と言えば赤色だろう。わかってないな。
「新年のパーティ楽しみですね!」
「え!? まさかそれ用に!?」
この国では大きなイベントがある際、貴族の男性は成人していたらドレスを、未成年であればアクセサリーを婚約者に贈る習慣がある。とは言っても私とレオハルトだ。
関係が改善したとはいってもこういった婚約者としての慣習を守るとは思っていなかった。いつもの気軽な感じでそれらしい適当なものを渡されるかと思っていたのだ。いや、散々蔑ろにするなと文句はいったけど、改めてこういった対応を取られると、ちょっと気恥ずかしい。
「今回はちゃんとしたもの贈ってきたみたいね。これ、ウミウツシ石だわ。このサイズ……すごいわね」
「へぇ。そしたら小さいけど高いんですね」
「オースティン商会さまさまね。希少性も高いはずよ」
フローレス家の当主が言うからそうなのだろう。今回はレオハルトがちゃんと自分で決めたというのもわかる。なぜなら十歳の誕生日に贈られたのは、ギラギラと宝石が散りばめられた髪飾りと、子供の指にそれつける? というサイズの大きな指輪だった。
おそらくオースティン家が財力の誇示のために選んでおり、リディアナ個人が喜ぶかどうかは二の次だったのだ。いや、あの時のリディアナならこういう物を喜ぶと思われてもいたのかもしれないが……。
「なかなかセンスいいじゃない。やっと改心したのね」
母はいまだにレオハルトの態度に腹を立てていたので、今回の贈り物はそんな母に今のレオハルトの状態を知ってもらう良い機会になった。
「この石、あてる光によって色味が変わるのよね」
そういって指にロウソクのような火を灯してくれた。
「綺麗……」
太陽の光で見る時と違って、ロウソクの近くだと赤色に変わった。
(なかなか憎い演出するじゃんか!)
用意しているグレーのドレスともよく合いそうだ。今回の新年の催しは、氷石病で多くの貴族が亡くなっていることもあり、例年より質素に行われることが決まっていた。亡くなった人たちを悼むといった側面もあるため、あまり華やかな装いは皆避けている。
前世の記憶が戻ってからの初めての公式行事。億劫でしかたなかったが、小さな楽しみができた。
◇◇◇
「殿下。素敵なイヤリングをお贈りいただき感謝申し上げます」
開口一番、レオハルトにお礼を告げる。レオハルトは照れているのだろう。なかなか目を合わせようとしない。
「気に入ってくれたならよかった」
「母も喜んでおりました」
「サーシャ様が! ……はあ、よかった」
ほっと胸を撫で下ろしている。よっぽどうちの母のクレームが怖かったのだろう。「よかった」の度合いがこちらの方が大きそうだ。
「あの石は君のお父上の国から取り寄せたんだ」
父は今国に戻って、うちの国に輸入するための薬の調整をしている。家族全員が回復してからだからもう長い間あっていない。まさかそこまで考えてくれたのだろうか。
「そこまでご配慮いただき、恐悦至極にございます」
「どうしたんだ今日は!? 悪いものでも食べたのか!?」
本気で慌てている。こっちは天下の公爵令嬢だぞ。
「治癒師を呼ぶか?」
「大丈夫ですよ。新年のパーティに備えて今から慣らしておこうと思っただけです」
どうにも最近緩みすぎていて、当日ボロがでそうだった。楽に過ごせる相手とばかり過ごしているせいだろう。生きる上では気楽だが、こういう時に困る。
「殿下もお気を付け下さいませ」
「確かに……」
最近では私達の仲が改善したとみられて、レオハルト側につく人間も増えてきた。つまり、彼が将来王位に着く可能性大と判断され始めたということだ。リオーネ様もそれはそれはお喜び。
だが、実際の私達の関係を知ったらどうだろう。ただでさえ元の立場が弱いレオハルトに不安要素が出てくれば、あっという間に手のひらをかえす者が増えるかもしれない。
「信じるのは大変だが、信用しなければ始まらないことが多すぎる」
上に立つ者は大変だ。レオハルトもそれはよくわかっているようだった。
「君たちのような者ばかりならいいのに……」
八年後が原作通りであれば、第二王子はリディアナに殺され、かろうじて生き残った第三王子はまだ幼い。そこにリディアナを倒した功績もあるレオハルトは問題なく王に選ばれる。
だが今はリディアナに関連するストーリーが発生しない前提で王にならなければならないのだ。
さらに愛しのアイリスの覚醒イベントもリスクが高すぎて試すことはできない。こうなると決定打がなく王位に着くのはなかなか厳しい。だが次期王に指名されるくらいの力をつけなければ婚約破棄ができない。
(結構ハードモードよねぇ)
だからこそ周囲に少しの弱味もみせたくない。まだ十歳なのに。
「殿下、気合いを入れねばなりません」
「そうだな」
珍しくあっさりと意見が一致した。
そうして一年が終わっていく。婚約し、死にかけて前世の記憶が戻り、流行り病を止め、婚約破棄を計画し、妃教育を受け始めた。こうやって思い出してみると怒涛の一年だったことがわかる。
さて来年はどうなることやら。




