40 参戦
「シャーロット!!」
「ああ、ランベール……貴方にもう一度会えて本当に嬉しい……」
驚きと歓喜の叫びと、穏やかで柔らかで慈しみに溢れた声が交差する。
鋼色の龍の咆哮を背に、王と王妃が見つめ合っていた。シャーロットは助け出されてからずっと、学園都市の地下で眠りつづけていた。だが、どういうわけか今、王城の中に一人でたたずんでいたのだ。
ランベールは迫りくる自分を殺そうとする龍には見向きもせず、愛しい妻から目を離せずにいた。喜びで震える指先で、妻の頬に触れようとしたが、
「ゆっくりお話ししたかったけれど……それより大切なことがあるから……」
『大好きよ』と王妃の口元が動いた途端、彼女は真っ白な龍の姿へと変わった。
城の壁を壊し現れた鋼色の龍を前に怯むことなく、その首元をひと噛みして外へと放り投げると、相手は結界の壁にぶつかり、大きな音と共に地面へと落下した。
白龍の黄金の瞳は哀れみの目と共にその鋼色の龍の側へと降り立ち、彼女の額に埋め込まれていた真っ黒な核に鋭い爪先でそっと触れる。
――可哀想な人……
声は聞こえないというのに、確かに白龍がそう言っているように周囲の兵士達には思えた。鋼色の龍はなんとか体を動かそうともがいているが、首筋から流れ出る血が止まらず苦しんでいるようだった。
ガラスが砕け散るような甲高い破裂音と共に、その龍は息絶えた。大きな鋼色の龍のまま、第一側妃マリー・ナヴァールは二度と人間の姿に戻ることはなかった。
◇◇◇
(城の方が気になるけど……)
先ほど、城に張ってある結界の側に二体の龍がいるように見えたのだ。気のせいで終わってほしいが、龍を見間違えることはないだろう。
(もう一体の龍はきっとシャーロット様……)
どうやって結界の中に入ったのか、どうして龍化してしまったのか……いや、どうしてかはわかっている。
(王を守るためね)
もう一度人間の身体に戻れるだろうか。そんな心配が湧いてくる。
「リディ! こっちに集中するんだ!!」
「ッ!」
レオハルトの声で我に返る。彼だって城が気になってしかたないはずだ。だがアンデッド龍の執拗な攻撃から私を守り続けてくれていた。
「ここを倒しきってすぐに向かおう!」
「ですね!」
ルカとジェフリーがアンデッドを斬り刻んで核を見つけ出し、すかさずフィンリー様が核を破壊していた。それでようやくアンデッドは再生できなくなる。
私はレオハルトのサポートでアンデッドに直接触れ、治療していくと、彼らは今度こそ動きを止めた。
(魔力派の思い通りになんかさせるかっての!)
私とアイリスの魔力を削る気だったんだろうが、アイリスの力は温存だ。怪我人の治療に専念してもらっている。余裕があるわけではないが、アンデッドは生きていた時より動きが単純化した上に俊敏さを失っていたので、攻撃を当てるのは容易になっていた。
(けどやっぱり……なかなか倒せない……)
そもそも治癒魔術が使える者は基本、戦闘が得意ではない。アンデッドに対して特効の魔術が使えると言っても当たらなくては意味がないのだ。結局は核を壊す戦法がメインとなり、兵士達は徐々に疲弊していき、そうなると兵士達を治療する治癒師達も徐々に魔力を失っていった。
「あたしもっ」
アイリスもそのことがわかっていたので、自分も戦うと声を荒げ始めるが、彼女が治療してくれると思うからこそ、兵士達は安心して戦えている。どんな怪我をしても必ず治してくれると信じているからだ。正直、私も。だから、
「大丈夫! こっちでなんとかするわっ」
デルトラ・ルーベルがまだ姿を現していない。一部の魔力派の魔術師達も。その為に私も魔力量を温存して戦っていたが、背に腹は代えられない。ここでまず生き残らなければ話にならないのだから。
「レオハルト様、決着を少し早めたいのですが」
「……わかった。フィンリーと代わるか?」
これだけで私の意図が通じるのはありがたい。第一印象は最悪だったのがウソのような今だ。改めてシャーロット様に感謝しなければ。未来を変えようとしてくれたことに。
「いえ。あの三人もリズムが出来ているでしょうし、今相棒が代わるのは得策ではないでしょう。私達も散々一緒にダンスを踊ってきた仲です。なかなか戦いやすいですよ」
「ははっ! 確かにな」
二人で目を合わせたと同時にニヤリと笑いあった。色気が全くない状況だが、レオハルトと気持ちが通じたように感じて心地がいい。
魔力を温存なんて言ってる場合ではない。明らかに兵達は疲労が見え始めていた。いつ終わるかもわからない極限の戦いをハイペースで進めているのだから。
(こっからは根性見せなきゃ)
手のひらに治癒魔術を込めて圧縮する。これを連発してアンデッドに当てればあっという間にその体は崩れるはずだ。
だがそんな気合いを打ち砕いてきたのは、まさかの味方陣営だった。
「なにをなさっているの!!?」
「ライザ!!? ……様!?」
結界を通り抜け、カルヴィナ家の治癒師の面々が現れたのだ。学院の校医ワイルダー先生がこちらにヒラヒラ手を振っていた。状況が状況だけに表情は硬いが……。
「ダニエル!?」
私より驚いた声を出したのはレオハルトだ。第二王子であるダニエルが、ブルブル震えてライザの後ろに隠れていた。以前のように見下したような視線も、驕り高ぶった態度も皆無。ただ自分の恐怖心と戦いつつ、飛龍が閉じ込められたこの結界の中へなんとか入って来た……といった風だ。
「あの忌々しい魔力派が残っているというのにこんなところで消耗するなど! まともに頭を使う気があるのですか!? 貴女のその無作法なほどの魔力を向けるのは、たかだか二世代前程度の魔力を保有して偉そうにしている魔力派の愚か者どもです!!!」
話している途中で思い出して更に怒りが増してきたのか、ライザの拳に力が入っている。
「殿下! 防御魔術を張ってくださいませ! ……なにをしているのです! 早くなさって!」
「わわっわわわわわわかった!」
第二王子は慌ただしくカルヴィナ家の治癒師達に防御魔術を施した。以前ならこれほど短時間で、この人数に魔術をかけるなんて、第二王子にはできなかった。ライザに徹底的に鍛えられたというのは本当のようだ。
(何が起こってるの!?)
呆気にとられている場合ではないので、会話中(というか、ライザの独壇場)もアンデッドに治療魔法をかけようと私は手を伸ばしたが、
「ここは我がカルヴィナ家が引き受けると言っているのです!!」
治癒師達が一斉に空に手を掲げた。突然の眩しさに思わず目を細めるも、光の中で三体のアンデッドが同時に苦しんでいるのが見える。
「エリアヒール!!?」
まさかの領域治癒魔術。広範囲にいる生き物を一気に治療する荒業だ。それこそ初代聖女のみが使えたと言われる特別な魔術なのだが、実際のところ一般的な治癒師も習得可能だが、術者に負担が大きすぎるため使える者が徐々にいなくなり、今では術の研究すらままならず、実質は失われた魔術と言われていた。
(カルヴィナ家、侮れないわ……)
治癒師が治癒魔術を複数人で合わせて使うなんてこと自体、とんでもなく難易度が高い。だがそれを克服し、ここぞというタイミングで見事成功させた。
「今回の功績はフローレス家の独占とはいきません!」
不敵に笑ったライザの顔はどこか晴れ晴れとしているようだった。
「と、言いたいところですが……」
突然ライザがどこか不満そうに黄金のブレスレッドを外し、ポイッと地面に投げると、突然大きな魔法陣が現れ青白い光がその線を駆け抜けた。瞬きをする間にその魔法陣の上に一人の女性が現れたのだ。
「ルイーゼ!!?」
名前を呼び終わるより早く、彼女は向かってきたアンデッドを一人で斬り刻み、核を破壊する。
「ヴィンザー帝国の転移魔道具だ!」
どこからかルカの明るい声が聞こえてくる。
「言ったでしょ! 国を跨いでるからって私は止められないってね!」
別れ際に話したことだ。まさかルイーゼが本当に有言実行してくるなんて。
彼女は私ではなくライザと契約魔法まで使って、有事の際には自分を特別な魔道具を使い召喚するよう話を付けていたらしい。代わりに、ヴィンザー帝国皇帝の寵姫であるルイーゼが第二王子の後ろ盾となると約束をして。
『だってリディアナ達が大事な時にちゃんと私に連絡を寄越すか心配だったんだもん!』
ということらしいが、実際、事前に連絡しなかった。もしもの時はもちろん頼る気ではいたが……。彼女の機転のお陰で助かった。
「さあ早く城へ!! デルトラ・ルーベルの狙いは龍王です! もうこちらに来ることはないでしょう!」
「だが……!」
レオハルトの心配そうな視線を受けて、今度は少し寂しそうにライザは微笑んだ。
「心配無用ですわ。ただの飛龍ならともかく、アンデッドは唯一治癒師が戦える魔獣ですのよ」
初恋は実らずとも、ライザはずっとレオハルトの事を大切に思い続けているのだ。歪むことなく、一方的に愛をぶつけることもしない。
「どうか我がカルヴィナ家と弟君の名誉挽回の最後の機会だと思って、この場をお任せくださいませ」
騎士団長達の視線がレオハルトに集まった。十分な戦力が補給された今、それでかまわないとばかりにコクリ、と頷いている。
「任せた」
「任されました」
レオハルトの返事を聞き、満足気にライザは目を伏せた。
直後、レオハルトは震えながらも的確に防御魔法を張り味方のサポートを続ける第二王子の肩に触れ、私達は時計塔を後にした。
(最後の舞台が変わった……!)
これが良い変化か悪い変化かわかるのに、それほど時間はかからないだろう。
「あなた達は”絶対”と言われていたものを変えたのです! ”絶対”など存在しないと、彼女に見せつけてあげてください!」
後ろからアリバラ先生の声が聞こえる。そっと背中を押されたようなそんな気がした。




