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37 通告

『魔力派に大きな動きあり。間もなく王都を襲う気だ』


 そう連絡が入ったのは、学院がそろそろ冬期休暇に入る頃。本来なら年始のパーティに着ていくドレスの確認をしたり、三学年である私達は卒業後どう生きるか、学友達と語らいあう季節だ。


(よくも二度目の青春を台無しにしてくれたわね!!?)


 なんて気持ちは半分。実際は、シャーロット様の予知夢と時間が大きくズレたことに内心ほっとしていた。約三ヶ月のズレだ。卒業パーティは三ヶ月後。その後フィンリー様はアイリスを庇って亡くなり、私は封印され、龍王も再び死を迎えた。愛する王と共に。


(三ヶ月のずれでどれだけ変わったのかしら)


 飛龍の群れを迎え撃つ準備はほぼ完了している。前回、拡声器を携えた飛龍が破壊した広場を修復しながら、罠や武器、更に兵士が隠れる場所をいくつもコッソリと仕込んでいた。アイリスもどこにどんな結界を張るか、騎士団と打ち合わせを進めている。


 そんな中私はというと、まさかの締め出しをくらっていた。


(まさか王に言われるとは……)


 自分で言うのもアレだが、私はそれなりに戦力になる。誇張なしに自分の生き死にがかかっていたので、必死に訓練を積んできた。治療魔法も使えるし、攻撃に関しても魔力量にものを言わせて大暴れだって可能だ。なのに、外された。


『愛する者を失う辛さを、レオハルトに味わってほしくないのだ』


 という、まさかまさかの親心のせいで。


(今更親面!? こんなタイミングで!?)


 王はこれまでのレオハルトに父親として接してこなかった。なのに突然、過去の自分と重ねてこんなことを言い出したのだ。これまで王の前ではお利口を気取っていた私も、否定的な気持ちにもなるというものだ。不謹慎ながら、死の直前でいい人になる『死亡フラグ』なんて単語も思い出し、そうなるとやはりシャーロット様の予知夢を思い出しては、一人鬱々とした気持ちになったのだった。

 王は悲し気な表情を見せながらも有無を言わさぬという態度だったので、その場では取り合えず引き下がったが、学院に戻りすぐに皆に報告するも……。


「でも実際のところ参戦しない方がいいんじゃない?」

「いなきゃ可能性ゼロだもんね」


 私が封印されるだけでなく、フィンリー様を殺す予知夢も知っているルカとアイリスは味方になってくれず、


「アリバラ先生の最新の予知夢に、リディアナ様はいらっしゃらないそうですし……」

 

 ジェフリーは気まずそうに私から視線をそらした。


 そう、アリバラ先生が見た新たな予知夢に私は出ていなかったそうなのだ。それに龍王も。その予知夢で、先生が死ぬ直前に飛龍は倒しきった、という話だったので、できるだけその予知夢に近付けつつ、アリバラ先生を守るということで話がまとまっている。


「先生の視界に入らないところにいるわよ!」


 旗色の悪さを察し、すぐさまターゲットをレオハルトへと切り替えた。


「陛下に……お父上に進言してください! 私は大丈夫だと!」

「正直なところ、リディは危ないところに飛び込んでいくだろうから……父の判断に感謝してるんだ」

「嘘でしょ!? なにそれ!!?」


 ここで私は久しぶりに婚約者相手に怒りが大爆発。


「酷くないですか? 私だけ外野で皆の心配しとけって? なにかあったら私がいたらよかったのにって思うことになるんですよ? だいたいレオハルト様は私が守るって言いましたよね? ねぇ!? ねぇ!???」


 グイグイと容赦なく詰め寄る。相手が頬を赤らめてアウアウ言い始めたので、しめしめこれでどうにかなる、と内心ほくそ笑んでいた。だが、レオハルトも日々学んでいる。


「フィ、フィンリー! 頼む……!!」

「はぁ!!? ここでフィンリー様出すってどういうこと!!?」


 伝家の宝刀を抜いてきたのだ。ヤキモチを妬いていた頃が懐かしい。フィンリー様を出してくるなんてズルいじゃないか!


「リディ! こっちで話そう」


 ただでさえ学生が減った学院の庭は私達が独占していた。苦笑しているフィンリー様に言われるがまま、先ほどまでいた温室を出て、いつもの東屋を目指す。


「ねぇリディ。俺達にまだなにか隠してる?」

「へっ!?」


 道すがら視線も合わせずに尋ねられ、目をキョロキョロさせ挙動不審になる私に、フィンリー様はやはりこちらを見ずに話を続けた。


「ごめん。その秘密を知りたいわけじゃないんだ。アイリスとルカは知っているようだし。……以前は水臭いって思ってたけど……言わないだけの理由があるって今はわかってる。それでも……どうしようもなく吐き出したくなったらいつでも頼ってくれてかまわない。それだけはちゃんと覚えておいてくれ」


 それから振り返って温かな笑顔を見せてくれるフィンリー様。当たり前のようなこの優しさを、私はやはり守りたい。そうなると、彼を殺す可能性のある私はやはり今回は離れていた方がいいのだろうか……。


(本当はフィンリー様を遠くへ逃がしたい)


 彼の死を受け入れることは到底できないだろう。前世の世界でだってちゃんと消化できてはいなかった。ここまで頑張った最初の動機は、私がフィンリー様を殺したくなかったからだ。フィンリー様に生きていて欲しかったからだ。


(けど絶対にフィンリー様は逃げたりしない。たとえ自分が死ぬ未来があると知っても)


 だから止めなかった。止まらないことを知っているからだ。私だけじゃない。彼が死ぬ可能性があることを知っているルカもアイリスもアリバラ先生もそうだ。


(だいたい! アリバラ先生だって参戦する気満々じゃん!)


 ここで私はハッとなった。皆、私にも似た感情を抱いているのだ。戦いなんて自分達に任せて、安全な場所で待っていて欲しい、と。

 そんなことを考え込んでいるうちに東屋に着いた。


「実は……俺もレオハルトも――他の皆もそうだろうが――王に命じられたからといってリディが大人しくしてるとは思ってないんだ」

「えっ!? えええ!!?」


 今しがた大人しくしようか迷っていたのだが……確かに、王に命じられたからという理由ではない。アイリスもルカもジェフリーも、あんなことを言っても『どうせ参戦するんでしょ?』くらいに思ってたと言うことか。


「だから一度、ちゃんと考えてみて欲しいんだ」


 フィンリー様らしく、しっかりこちらと視線を合わせてくる。こうされると、私は……きっと私だけではないが、彼に対し正直に、誠実に返事をしなければと思わされるのだ。


「最初の予知夢では時計塔広場での戦いで、リディは龍王と共に俺達と戦って、最後には封印されてしまう。未来が大きく変わったと言っても、その戦いの場は結局変わらなかった。龍王は出てこなかったけど、予知夢で先生が死んだ後がどうだったのかわからない。その後のリディも同じだ。……それでも、あの場にいたいかい?」


 誰かの口からその話を聞くと、考えることを避けていた情景が頭に浮かぶ。怖かったから考えなかったのだ。どうせやることは同じだと思って。


(私もやっぱり封印される運命は決まっていて、結局それに抗えなかったら……)


 そんな”もしかしたら”を考えると、体が鉛のように重くなる。


(けどもう今更なのよね)


 八年間、散々思い返してはコッソリと震えた未来。だけどここまで変えたのだ。私がこれからやることは一つ。


(フィンリー様のイケオジ姿を拝まなきゃ!)


 なんならレオハルトもルカもジェフリーも、イケオジ姿が楽しみだ。私も一緒にその未来に存在したい。もちろん封印されずに。

 フィンリー様は私がただ私のために行動していいと言ってくれているのだ。誰のことも考えず、怖ければ逃げていいと。


(そういえば、最初から逃げるなんて選択肢はなかったな)


 自分自身に呆れるような、ちょっと誇らしいような。


「一緒にいさせてください」


 私の答えを聞いて、フィンリー様はやっぱりね、と目尻が下がった。


「レオハルトには照れや意地で素直に答えないだろうからさ。俺になら言いやすいんじゃないかって」


 どうやら皆を代表しての確認だったらしい。


「どちらにしろ答えは同じですよ!」

「そうだろうね。でも、ちゃんと考えて答えてくれただろう?」


 全く持ってその通りだ。お陰で腹も括れた。


(責めるような言い方して悪かったな……)


 あとでレオハルトに謝らなくては。


「でもやっぱり王から許しが出ることはないと思う。レオハルトも一度話をしてくれてるんだ……かたくなだったらしい」


 すぐにレオハルトに謝ろう……。


「ならまあ……しかたないですね。バレないようにやらなければ」


 肩をすくめてみる。心のどこかでどうせそうなるだろうとは思っていた。

 

「リディのことだから、既に抜け道を考えてるんだろ?」


 今度は笑いを抑えきれないようで、フィンリー様はニヤリと私がやろうとしていることを尋ねてきた。


「……ほら私、変装の達人に伝手があるんで……なんなら貸しも作ってますし」

「変装の……あ! エリオット……! でも彼らは……」


 今度は私がニヤリと返す。


「すでに話は進めてるんです。けどやっぱり、王の許可があるに越したことはなかったので」


 『王の目と耳』は王直属の機関ではあるが、その中の一部、エリオット達はやはり王ではなくシャーロット様に仕えている、というスタンスのようだった。明言はされていないが、王命を無視して私に手を貸すことに少しの戸惑いもなかったのだ。


「変装してアリバラ先生の側で全体を見ていようかと。手が足りないところを手伝えるように」


 最後の戦いはその一週間後に始まった。


◇◇◇


 デルトラ・ルーベルは真っ暗な小さな洞窟の中に籠っていた。黒い欠片と共に。ここは最近発生した小さな魔力溜まりだ。


「デルトラ様、王がこの近辺にも魔封石を設置し始めました。お早くご移動ください」

「やれやれ……あと少しだというのに」


 うんざりするようにため息をついたルーベル伯は背伸びをしながら立ち上がった。


「……あまり期間を開けると、せっかく貯めた魔力が放出されてしまいます」


 眉間に皺を寄せた学者が、黒い欠片の方を見ていた。


「そうだなぁ。あと三ヶ月はゆっくりしたかったところだが……こうなったら仕方ない」

 

 いつの間にか、ルーベル伯の前には高揚した表情の魔術師達が集まっている。


「諸君。共に理想の国を作ろうじゃないか」

 

 歓喜の雄たけびがその洞窟に響いた。

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