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36 宣戦布告②

「市民への被害は?」


 執務室では、眉間に皺のよった王の前に側近と騎士団の面々が並んでいる。


「たまたま市街地にフローレス家のサーシャ様とロイ様がいらっしゃったおかげで、市民の怪我はすでに治療済みです」

「兵十名が負傷、現在治療院にて安静にしております」

「大通りの店が九軒倒壊を……幸い市民は避難しておりましたが……」


 現状、王都の民が人質のようなものだ。空からの強力な攻撃への対処はすでに進められていたが、まるでその努力を嘲笑うかのように、飛龍は街を破壊し続けた。


「陛下、ライアス夫人と……レオハルト殿下とご友人方がいらっしゃいました」

「通せ」


 堂々とした振る舞いで執務室に入って来たライアス辺境伯夫人は、まるで騎士のような格好をしていた。飛竜にまたがって王都の傍までやって来ていたのだ。


「陛下、このような姿で申し訳ありません」


 ライアス辺境伯夫人は、申し訳ありません、と言っているのがポーズだとわかる勝気な表情で微笑む。


「これで全て伝わるかと思いまして」

「……ライアスの飛龍隊……共に戦ってくれるのか」

「国の一大事になにをおっしゃいますやら」


 家臣達は驚いていた。最近ますます威圧感の増している王を前にして、辺境伯夫人は少しも物怖じしていない。

 飛龍隊については、先王の時代に『軍備が充実』しすぎている、と揉めた経緯もあり、ライアス領の飛龍隊は王都周辺への侵入を禁止されていた。


「すでになにか考えがあるのだな」

「それは殿下と我が息子から」


 視線を合わせた後、青年が二人、前へ出る。


「魔力派の隠れ家を掴むのには時間がかかりますが、飛龍の溜まり場はおおよそ検討がつきます」

「もし再び飛龍が王都を襲うことがあれば、広場に誘導し迎え撃ちましょう」


 ライアス領の飛龍が居ればそのどちらも可能だった。

 レオハルト達はこの流れをアリバラの予知夢に繋げるつもりでいた。アリバラが最期に見た予知夢では、全ての飛龍を討伐することができていたからだ。広場のあちこちに罠を張って。


「しかし開けた場ではこちらが不利では?」


 騎士団長の一人が言いにくそうに、だが言っておかねばと声を上げる。


「私が嫌がるからだろう。市民の生活の場が壊れることを」

「そうです」


 レオハルトはハッキリと答えた。彼も父王と同じく、市民の生活の基盤に影響がでるのが嫌だった、というのもある。


「開けた場は射線が通りやすいですね。あちらも、こちらも」


 騎士団長が悩ましそうにしている。本来なら飛龍の機動力が落ちる場所でじわじわと削っていきたいところだが、市街地でそんなことをすれば被害が甚大になる。かといって、飛龍の()()()()へ騎士団を派遣すれば、例え討伐できても兵の被害は甚大になる上、王都の守りが弱まってしまう。


(なによりきっとあちらも罠を用意しているだろう……)


 地の利を取って、事前に対策を()()()方が今は確実に思えた。


「ですが、そう甘くはないでしょう。あのルーベル伯のことですから」

「結局市街地に飛龍が流れ込んでしまうのでは? 誘導するならもう少し離れた他の場所でも」

「どうせ奴らは王都を狙って来る。時計塔広場なら誘導にのってくるかもしれん」

「陛下が嫌がることはアイツらだってわかっているさ!」

「確かに、今なら時計塔広場を修復しながら対飛龍用の仕掛けをコッソリと仕込める……」


 家臣達が白熱した議論を始めた所で、後方から背伸びをして高く手を上げたのはアイリス。彼女も聖女候補として名前が売れているが、側近達は眉をしかめている。


「あ、あたし……私! 結界張れます!!!」

「なんだと……?」


 思わず声が漏れた王に怯まず、アイリスは話続けた。一呼吸おいて、


「黙っていて申し訳ございません。(わたくし)は、初代聖女セイレム・ディヴァールの子孫でございます。初代国王アーチボルト・エルディア様とのお約束を果たすため、ここに参りました」


 ごちゃごちゃ言われる前にと、アイリスは胸元からペンダントを取り出し開いた。二つの紋章がホログラムの様に宙に浮かび上がる。王家と聖女、それぞれの紋章だ。

 もちろん全員がそれを食い入るように見ていた。まさかこんなことが、と。アイリスの出自を知っていた私達以外、この部屋にいる全員が動揺し驚きのあまりに言葉を失っていた。同時にこれまで険しかった空気から一転し、期待感で執務室が満たされ始める。


(いいタイミングで伝えられわね)


 ニヤける顔が周囲にバレないよう、私は俯いていた。なかなか厳しい状況が続いているが、国のピンチに伝説級の存在である初代聖女の末裔が現れたのだ。この国で育った者の心の支えとしては十分だろう。


「ただし、妖精の加護である結界魔術と龍種は相性がよくありません。通常の飛龍であれば恐れることはありませんが、どんな風に改良された飛龍なのかハッキリしない以上、警戒を緩めないでいただきたいのです」


 これは私達が唯一心配している事案だった。妖精と龍は相反する関係。妖精は龍を嫌い(そういえば加護をくれたレイフリアンが軽く悪口を言っていた)、龍は妖精を嫌いながらもその強大な力を欲している。

 どちらかというと、我がエルディア王国は妖精と縁の深い国で、飛龍などの龍種はライアス領などの国境付近にしか生息していない。


(一応、ライアス領の飛龍隊で試してみて大丈夫だったけど……)


 襲ってくるのは普通の飛龍ではない。念には念を入れなければ。


「……時計塔広場で迎撃の準備を」


 あの王が面食らった姿なんて初めて見た。アイリスに『私についての詳しいことは後ほど』と言われ、口をパクパクさせ言いたいことを押しとどめ、今は先に対策を進めることにしたようだ。


「急ぎましょう。……今しがた、魔力派がまた動き始めたと報告が。こちらの準備が整わないうちに攻撃を仕掛けるつもりかもしれません」


 王の後ろに控えていた兵がそっと耳打ちしていた。【王の目と耳】も活発に動いている。

 

「陛下、もう一つご相談が」

「申せ」


 レオハルトがジェフリーを目配せすると、彼は名前の書かれた紙を王へと手渡した。


「魔力派に与している貴族の子弟の一覧です。調べてみると、一部の者は領地や屋敷へ戻り、金品を持ち出しているとか……そのタイミングで捕らえることはできないでしょうか」


 表立って動いている者以外の、それこそまだ学院に在学中の者まで網羅した一覧だった。ジェフリーが独自に調べ上げていたのだ。魔力派は少数精鋭。人数が減れば減るだけ、戦力への影響は大きい。 


「そうだな。各家に通達を出せ。近日中に()()()を捕えれば、家としての罪は問わない。捕えらえた者も、罪が軽い場合は自宅軟禁で済ませると」

「魔力派の思想に深く影響されている者はどうされますか?」

 

 側近がすぐさまに確認する。若さゆえの無謀さでその思想に飛び込んだ者もいれば、すでに戻ってくるのが難しいほどの深い海に沈みこんでいる者もいる。

 王は再びジェフリーへと視線を向けた。もちろん答えを用意しているだろうと。


「ヴィンザー帝国に詳しい学者が」

「連絡を」

「はっ」


 魔力派の内部から力を削っていくつもりなのだ。


(勝敗は戦う前から決まってるって言うけど、こんな感じなのね)


 この作戦は思っていたより早く効果を出した。一時的に魔力派の思想に感化されただけの若者は、抜けに抜けだせない状況に恐怖心を抱いていたこともあってかあっさりと捕らえられ、恩赦と引き換えに、魔力派の内情をポロポロと告白した。


◇◇◇


「まったく持って今時の若者は~。ちょーっと脅されただけです~ぐに怯んじゃって……」


 真っ暗な部屋の中、やれやれと呆れるような言い方がだが、ルーベル伯の顔には笑顔が広がっている。


「これは急がねばならないなぁ」


 楽しみで仕方がない様子を隠す気はないようだった。そこにやって来た若い魔術師がそっと報告をする。


「……マリー様(第一側妃)が捕らえられたとの報告が」

「おぉ! やっとかぁ~! 王もぬるいんだから。証拠証拠ってそればっかりで……たまには直観のままに動けばいいのに。……で、例のモノはもう渡してるんだよね?」

「もちろんでございます。……しかし、使うでしょうか」

「使う使う! あれはそういう女だよ」


 ニヤリと怪しく笑った彼の手には、真っ黒く妖しく輝く欠片が握られていた。 

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