34.5 お悩み相談室令嬢
原作の物語はクライマックスへと向かっているというのに、私は別件で少々慌ただしく日々を過ごしていた。シャーロット様がもうこちら側にいるという安堵からそうしているのか、それとも長らく続いた緊張からいったん解放された反動か。まあいいか、と学院の中で予定外に働いている。
「あいつら、切り札がいなくなったんだから大人しく降参すればいいのに!」
いつもの東屋で美味しいランチと爽やかな風を感じながら、隣でアイリスが憤っていた。ルーベル伯や魔力派に与している貴族達に登城命令が出たが、全員がそれを拒否した、という話を昨日ジェフリーに聞いたのだ。
「要するに、今のうちに出頭……自首をしろっての無視ってるんだよね!?」
ムカつく~~~! と、ぷりぷりしていた。
(まああのルーベル伯がそんなことするわけないわよね~)
もちろんこのニュースで学院内は持ち切り。彼らの恐ろしい実験の一部が明るみになり、『魔力派の言うことにも一理ある』なんて言っていた学生は気まずそうにその話題を避けていた。
(あんな魔獣作り出して……何に使うか考えたらねぇ)
国家転覆を謀っていると思われても仕方がない、というより実際謀ってるんだけどね。
「ちょっと! 聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる!」
慌てて声を出すと、もう……と少し口を尖らせていじけるようにこちらへ視線を向けた。こういう仕草が最近レオハルトと重なって面白い、と思ってしまう。恋愛観も似ているようだし、通じるものが多いのかもしれない。
「そういえば今日アランは?」
「ちょっと! はぐらかそうとしてない!? ……まあ、朝から会いに来てくれたけど!」
あっという間ににやけ顔の初代聖女の末裔の出来上がりだ。アイリスは最近、
『アラン、絶対にあたしのこと意識してる!! 魔力派唯一の功績だわ!!』
と、原作のアイリスからは絶対に聞かなかったであろうセリフを吐き出していた。なんでも、魔力派に攫われてからというもの、アランの態度がこれまでとは変わったそうだ。彼は自分の感情に戸惑っているようで、アイリスに対して挙動不審になっており、『ソワソワしらり、ちょっと怒りっぽかったり、赤面したりと忙しそう』と満面の笑みで教えてくれた。
『ついに自覚したわね! 自分の気持ちに……!!』
アイリスは思いっきりガッツポーズだ。常に背後に花を背負っているかのように浮かれていた。
「って、あたしのことよりリディアナでしょ! レオどうすんのよレオ!」
どうすんのよ、というのは原作が終わった後のことを言っている。ついにその先が見え始めたのは喜ばしいことだが、いまだに自分がレオハルトと結婚するというイメージが湧いてこなかった。
「アイリス、レオハルト様に肩入れしすぎじゃな~い?」
なんとなく考えることを避けている私は、おちゃらけて誤魔化そうと試みるも……、
「そりゃそうなるでしょ。レオ、頑張ってフィンの真似してさ~最近は大好き押せ押せスタイルからそっと寄り添うスタイルに変えてるじゃん? 自分を変えてでも好かれたいって……涙ぐましい努力よあれは」
急に真顔になった。
「いやさ。あたしが言うことじゃないかもだけどさ。ガチでレオとの今後、どうするか決めなきゃじゃん?」
「だよねぇ……」
レオハルトへの気持ちをいざ深く考えようとすると、途端に思考が曇ってしまう。解像度が低い、といった方が正しい。う~~~んと、腕を組み首を傾げながら、アイリスに考えてますアピールをする。
(この私が無事なら、卒業後にレオハルトの気持ちをどう受け止めたかっていうやり取りが待ってるんだもんね)
彼の気持ちを、今はもう困ったなとは思わないし、よくない風にはとらえていない。とらえてはいないが……、
「なんかさ……ちょっと恥ずかしいというか照れると言うか……王妃になるのも想像できないし……」
レオハルトと結婚、ということを改めて考えると一番に浮かぶ感情がそれだ。アイリスは詳しく!! と、身を乗り出して私の話を聞こうとしていたが、ここでお仕事の時間だ。少し離れた所から足音が聞こえてきた。
「あの……恐れ入ります……リディアナ様、少々ご相談したいことが」
「ええ。なにかしら」
我ながら外行きの顔への切り替えがうまくなった。アイリスにグダグダと煮え切らない態度を見せていたとしても、すぐに天下の公爵令嬢の姿へ。私は最近、学院の生徒からやたらと『お悩み』を相談されるのだ。
おそらくレオハルトが次期王になることが王の発言により確定したと言ってもいいくらいなので、自動的に私が次期王妃ということになり、できるだけ関係を深めたいと思っている生徒(やその親)が多いのと、私がアイリスと仲のいい姿を生徒達は見ているので、自分が話しかけても取って食われることはない、と思われている。
さて、今回の相談内容は……?
「あの、とある方に好意を向けられていて、その……私の方から断っても許されるものでしょうか……」
今年奨学生として入学した平民の女生徒だ。
こういう恋愛関係の相談がくると、そういえばこの学院は少女漫画の舞台として適性を持っていたということを思い出す。ふとアイリスの方から視線を感じた。
(自分の恋愛もまともにこなしてないのにって目をしてるわね……)
その通り! だけど私はそれらしきことは言ってあげられる立場なのだ。なんせ公爵令嬢だし、次期王妃候補だし、人生二回目なので!
「まずは貴女がどうしたいかによって話が変わるわ。貴女、その方のことは好きではないのかしら?」
「それが、その、わからないのです……」
申し訳ありません……と指をくんでモジモジとし始めた。これはもしかして、その彼のことちょっといいなと思っているな!?
「断ることはなにも問題ないわ。もし、断ったせいで貴女に不利益が生じるようなら学院の先生か私に相談してちょうだい」
「……はい」
少し安心したような、だが同時に残念そうにその女子生徒は俯いた。私から欲しい言葉を引き出しはしたが、本当に彼女が望んだものではないのだろう。
(しかたない。サービスしてあげましょうか)
「でも、もし彼の立場を心配して……平民の自分とお付き合いをすることで彼に不利益が、と思っているのなら……」
とある方、というのはこの学院の場合、ほぼ間違いなく貴族の子弟。階級差の結婚はゼロではないが、障壁が高いのは間違いない。
「周囲がそう思わないくらい出世することね!」
「へ……?」
相手は言葉の意味を理解するのに少々時間がかかったようだ。
(奨学生ってことは間違いなく優秀だし、卒業生は男女問わずもれなく出世コースだし、可能性は十分あるわよ)
なんならその「とある方」もそれを見越してるんじゃ? と思うのは穿った見方すぎるだろうか。
「愛があれば身分なんて……って言ってあげたいところだけど、まだまだこの国全体がそうなるには時間がかかると思うの。人の意識や価値観だけはどうしてもね……世代を重ねて変えていくしかない部分もあるし」
「……はい」
私が伝えたいことがわかったのか、もじもじしていた女子生徒は真剣な表情に変わった。
「相手が大切な人なら、世間一般から見て幸せであってほしいと思うのは当然だもの」
「そうなんです……わ、私のせいで彼の将来が台無しになったらと思うと……」
ちょっといいなと思っている相手ではなく、ガッツリ愛してる相手の話だったか。
「けど、私はね。相手に幸せにしてもらいたいんじゃなくて、相手を幸せにしたいって気持ちでいるならなんとか上手くいくんじゃないかと思ってるのよ。いえ、そう思いたいだけかもしれないのだけれど……」
そう言葉にして、私の頭に浮かんだのはレオハルトだ。
やっぱりこれが『恋』だと聞かれるとそうだとは答えられない。だけど、レオハルトが幸せでない未来はいやだ。それはハッキリ言える。いつも誰かの幸せのために動いているレオハルトのことを、誰かが幸せにしなくては。
(相変わらず私は上から目線ね~)
我ながら呆れるが、幸せにしたいと思える相手がいると生きる原動力になっていることは確かだ。
「なんにせよ難しいことに変わりはないわ。けど、方法が――やりようがないというわけじゃないというのだけ頭の隅に置いておいて」
「はいっ! あ、ありがとうございました!」
顔を赤くして深く頭を下げた後、女子生徒は建物の方へと戻って行った。
「あの子、覚悟決めちゃったんじゃない?」
「どうかしらねぇ」
隣に大人しく話を聞いていたアイリスが感心したように彼女の背中を見送っていた。
「で、レオのことなんだけど~」
「えー! まだ話すの!?」
げぇ~っとすぐにプライベートモードに切り替えるも、今日はバタバタだ。ルーベル伯の噂が飛び交ったせいで、早めに私と縁を持ちたいと思った生徒が増えたのか、単純に不安が増してしまったからか、次から次へと生徒がやってきた。
『両親が卒業後は婚約者とすぐに結婚しろと……私は宮廷務めをしてみたいのです! そのために必死に勉学に励んできました!』
という伯爵家の麗しきご令嬢。
『両親に会ったこともない令嬢と婚約を決められてしまい、どうしたらいいか……実は好いた女性がいるのです……』
子爵家の嫡男はこの世の終わりのような顔をして相談してきた。
この日の最後は、
「リディアナ様! 貴族派同士が喧嘩を……!」
「えええ!? ライザ様は!?」
「今、王都の方へ戻られておりまして……!」
最近休戦状態だった貴族派の仲裁のために奔走することになったのだった。
◇◇◇
そんなリディアナの姿を側で見ていたアイリスは、
(あれで王妃の自分が想像できないんだ~……あたしにはできるけどな~~~)
と、こっそり笑っていたのだった。




