33 絆
エリオット達がいなければ、ルーベル領から出るのにおそらくかなり時間を要することになっただろう。領外へ通じる道が抜け道も含めあっという間に封鎖されていたのだ。
「あちらも万が一は考えていたのでしょう」
道なき道をすいすいと歩いていくエリオット達について行きながら、ジェフリーはまだ緊張が続いているのかずっと険しい表情をしていた。ある意味大成功を収めたというのに。
(というか、ちょっとうまくいきすぎちゃったけど……)
これはかなり大きな変化。予知夢では存在しなかった未来だ。つまり、先が読めなくなる。予知夢を大きく変えると未来に至る道が大きく歪んでしまう、という忠告もあったが、シャーロット様の身体がこちらにあれば、少なくとも龍王となり王都で暴れることはない……はず。
(ルーベル家がどう動くかが全く読めなくはなるのが不安なのよね。皆。)
これで我々の最大のアドバンテージがどうなるかわからなくなった。
(第一側妃……まあこっちは油断してるっぽいけど……)
こちらは実働をルーベル家に任せているからか、大きな動きは見せていない。第二、三側妃の私物を漁ろうとしているくらい。証拠隠滅を図ろうとしているのだろう。また毒でも撒かれたら大変なのでルカの魔道具を駆使して見張っているが、少しずつ資産を王都の外へと持ち出している動きが見え腹立たしくてしかたがない。
(なんにしてもシャーロット様を取り戻せてよかった)
しかも人間の姿。王との対面前にやるべきこともない。とはいえ少々気になることも……。
「このまま王都に戻っても大丈夫かしら。ほら、さっきルーベル伯が叫んでたじゃない」
「取り戻しに行くってわざわざ宣言してたもんねぇ~ガチでムカつくわ~! お前のモノじゃないっつーの!」
アイリスの憤りに私も深く頷いた。
ルーベル家にはシャーロット様の行き先が簡単に予測がつくということだろう。まあ実際その通り。王都でなければ手厚い警備な可能な我がフローレス領か、フィンリー様の実家であるライアス領が無難なところだ。
(となると、とりあえず学院よね〜)
王都は予知夢の舞台ということもあり気持ち的に避けたいが、同時に一番安全でもある。そのため、王都に近く治安のいい学園都市へといったん向かうことに決まっていた。
ランベール王の反応ももちろん気になるところではある。黙っていたことを咎められるのは彼の性格上確実と言っていい。とはいえ私達は最悪の結果の報告をするのではない。成果は出した。王の最愛の人を連れ帰った。その結果を見ない王ではない。これも確実。
「魔力派との全面対決が始まってしまうな」
レオハルトは冷静を装ってはいるが、実際のところ落ち着かないようだ。正妃を取り戻した達成感に浸りたいところだが、現実はその後の騒動が待っている。
「そうですね! 証拠は揃いましたので!」
先頭にいるエリオットはいつも通りの彼なので、あっけらかんとした受け答え。顔は相変わらず私の知っている顔ではなかったが、同一人物だと認識できるくらいにはいつも通り。修羅場を潜った数が私達とは違うのだろうか。正直、私は――私達は落ち着かないままだ。色んな感情がひしめき合っている。
「これまでは魔力派もうまくやっててですねぇ~こちらに証拠は掴ませず、ギリギリ陛下が手をくださない範囲で言いたいことだけ言ってくれちゃってましたから! 我々としてはやっと! という思いが」
「エリオット!!」
余計なことを言うなと、もう一人の【王の目と耳】であるフレイアが窘める。彼女は再び気を失っていたシャーロット様を大切そうに抱えたまま軽々と山道を歩いていた。
「助けていただいた身で申し訳ありません……ただ、陛下に関わる情報は……」
気まずそうにフレイヤはレオハルトに視線を移すも、エリオットがまた『どうせ殿下は次の主なんだしいいじゃん』といいたげな顔をしているのに気が付きキィッと睨みつけた。
「いや、君達の仕事を考えたら当たり前のことだ」
二人のやり取りを見てレオハルトは少し気が緩んだようだ。ふわりと口元が緩んでいた。
間もなく領境というところで急にピタリとエリオットが動きを止める。直後に草村からほんの少しだけ音が聞こえて来たかと思うと、男がひょっこりと顔を出したのだ。泣きそうな顔をして。
「よくぞ……よくぞやってくれた……!」
「ああ! 殿下がいらしてくれたおかげだ!」
フレイアも同じ顔になっていた。エリオットも満面の笑みで、男が出て来たことに驚きもしない。
「え!!? 貴方……!」
「リディアナ様! 心より感謝申し上げます!」
その男は私達に廃教会までの最短ルートを教えた薬草取りだった。
「……君達は最初から全て知っていたのか?」
呆気にとられたようにレオハルトがその薬草取りに尋ねた。相手の立場を考え深く追求してこなかったというのに、つい疑問が漏れ出してしまう。レオハルトがハッと自分の口を紡ぐが、私達からするとよくぞ聞いてくれた、といったところだ。だってやっぱり気になるし。
彼らが知っているということはつまり王が知っているということ。こちらは可能な限りこっそりと動いていたのだが……。
「いいえ。今回の件は全て我々の判断です。王都へ戻りましたらいかなる罰でも受け入れるつもりでございます」
朗らかに答えたのは薬草取りの男。私達がハズレの聖樹跡地から正解の廃教会へ短時間で辿り着くよう、わざわざ役者を演じていたとは。
「殿下やリディアナ様が王城襲撃事件についてお調べになっている事はわかっておりました。すでにルーベル家や第一側妃をお疑いになっていることも」
薬草取りはずっと微笑んだままだ。フレイヤがまた余計なことをと鋭い視線を向けるが、こちらの方は特に気にしていない。どうも彼女より立場が上のようだ。それに乗じてまたもエリオットが調子に乗る。
「シャーロット様のことをお調べになっていることも存じておりましたが、まさかここまでとは……いやぁ我々、面目丸潰れですね!」
言葉とは裏腹にアハハと笑っている。フレイヤの方は注意することを諦めたのか小さくため息をつき、だが直後にシャーロット様の寝顔を見てゆっくりと微笑んだ。
(この三人にとってよっぽど大切な人なんだろうな)
そう私達が簡単に気付くほど。彼らからは心からの喜びを感じたのだ。
「今日を期に多くのことが動き始めるでしょう。我々は陛下に使える身ではございますが、この恩は決して忘れません」
夜空の下、薬草取りの男は胸に手を当て頭を下げた。彼の誠意が伝わってくる。
「要するに陛下に殿下がいかに素晴らしい人物か力説するってことです!」
これには少し驚いた。エリオット達は王にそんなことも言える立場だとは。今回の件の処罰はそれほど心配いらないと教えてくれているのだ。
「お困りのことがあればなんなりと」
フレイヤの真剣な瞳が私達の記憶に印象深く残った。
◇◇◇
「なんかさぁ~あの感じ、王の大切な奥さんだって理由以上のなにかがありそうだったよね~」
「エリオット達のこと?」
無事に学園都市へ辿り着き、兵舎の中にある隠し通路の存在に驚きながら、アイリスとルカは通常モードになっていた。ちなみにあまり団体でうろついていても目立つということで、レオハルトとジェフリーは別行動。薬草取りとエリオットと一緒に王都へと向かい。残りの私達はフレイヤと共にシャーロット様の隠し場所へとやってきたのだ。
シャーロット様はこじんまりとした、だが清潔な部屋のベッドへと寝かされた。結局あれから一度も起きなかったが、体の状態は特に問題もなく。ただ、肉体はとても疲労していた。
(ヒールでどうにかなるといいんだけど)
今は寝かせる方がいいと言うフレイヤの判断にしたがった。龍の血が色濃く出ているので、外傷もない状況での強力なヒールは返って龍の力を活性化させかねない、ということだ。彼女はかなり長い間ルーベル家に潜入していたということなので、ある程度今のシャーロット様の身体をどう扱うかわかっていた。
隠し通路は真っ暗だ。フレイヤと別れ、ルカの手元灯りを頼りに秘密の出口へと向かう。
「これはジェフリーが言っていたんだが……王の目と耳の一部はシャーロット様の護衛として我が国にやって来た可能性が……」
少し言いにくそうにフィンリー様が呟く。どうやら確証のないネタらしく、二人だけの情報だったらしい。
「え!? 国外の人間!!?」
アイリスの声が暗い通路にこだました。彼らは言ってみればスパイ。その立場に国外出身者というのが意外だと言いたいのだろう。
「国内の派閥に左右されないから?」
「かといって陛下の近くでって……極秘情報が国外に流れる方がまずくない?」
私とルカはああでもないこうでもないとその理由を考える。
「けど確かにあの人達、めっちゃシャーロット様のこと大切っぽかったし、そこんとこで王様と滅茶苦茶気があってそうだよね~」
「そうだな……シャーロット様の件で陛下と彼らには深い絆があるのかも……」
それぞれフィンリー様の言葉の意味を頭の中で反芻していた。
(絆か~……)
お互いにとって大切な人を突然失くしたのだ。真相は知らぬまま、いや……知っても苦しいだろうけど……。それから私達は出口が見えるまで黙って歩き続けた。




