27 条件付けの結界
気付けば冬も終わりに近づいている。龍王の居場所は依然として不明なまま。
(もう国中しらみつぶしに探すしかないっていうの……?)
ただただ焦り、困った困ったと言っても始まらないのはわかってはいるのだが……。
学院の自室で持ち帰ったこの国の歴史書を読み返しながら、感情のままつい声が漏れてしまう。
「せっかく加護も貰ったって言うのに!」
最近じゃアイリスは、龍王が見つからなかった時の事を想定して加護の使い方を試行錯誤していた。
『第二プランがあったっていいっしょ! 飛龍の群れだろうが龍王だろうが一切あたしの加護の中には入れてあげないんだから!』
徹底的な守りの態勢。王都一帯に結界を張るのだ。今のアイリスならやってのけるかもしれない。だがそれでも全ての人を守ることは難しい。やっぱり第一プラン――龍王が暴れる前にどうにかするのが一番だ。
(しかし結界ってのは便利ねぇ~)
フィンリー様の協力で、実際の飛龍達の前で結界を使う訓練もしていた。攻撃を防ぐだけではなく、結界内の気配を消し、飛龍から身を隠すことも問題なくできた。これはアイリスの村を隠している結界を参考にしたらしい。
(存在を隠す結界か~……って……それだ!!!)
なんで気付かなかったんだろう!
バタバタと走りたいのを我慢して、早足で男子寮へと向かう。途中、にこやかに女学生達と笑顔を交わすと、
「リディアナ様、なにかいいことがおありになったのかしら」
と、楽し気な声が耳に届いた。思わず口元が更に上がってしまう。
目的の人物には男子寮へ辿り着く前に会うことができた。レオハルトとジェフリーだ。すぐにいつもの東屋へと移動する。そうして開口一番、
「どこか結界で隠されてる魔力溜まりがあるんじゃない!?」
「……ありえますね」
ジェフリーはどうして気付かなかったんだと悔しそうに顔を歪める。結界の加護を持つ者はいなくとも、結界の魔術を使える人間は今でもごく稀にいるというのに。
「ルーベル家は歴史も長い……強力な魔術師も何人も輩出しているし、防御魔法を極めた者もいたはずだ」
レオハルトはルーベル家についてかなり詳細に調べていた。最近はルーベル家が明らかに王家に反抗的なので、ある意味で調べやすく好都合ではあった。敵を知ろうとするのは当たり前だろう、と周囲は納得しているのだ。
「アイリスの村と同様の結界がどこかに……」
「ルーベル家絡みの歴史書は集めてあります」
あとちょっと、あとちょっとできっとわかる。龍王――シャーロット様がどこにいるか。
「どんな結界だろうが私がぶっ壊してやるわよ!」
原作通りに、予知の通りにしてたまるもんですか。
(正念場よ!!)
そう鼻息荒く意気込んでいると、
「その意気だ!」
レオハルトも同じく拳をギュッと握りしめ同じ顔になっていた。それを微笑ましいとばかりにジェフリーが見ている。
「それほど時間はかからないと思います。魔力溜まりが記載された古地図を比べて現在は解消されている……今は魔力溜まりではない、と判断した箇所がいくつかあるんです」
声が力強い。おそらくジェフリーの中では目星がついている場所があるのだ。
「ですがここからは慎重に動きます。また事前に調査がバレて移動されても困りますので」
彼にしては不敵に笑うと、さっそく自室へと戻って行った。まとめた資料があるのだ。
「頼もしい従者ですね」
「頼もしい友人と婚約者に恵まれて幸せ者だな俺は」
「その通りですね」
得意顔で答える。だってその通りだし。
レオハルトはアハハと声を上げて笑っていた。
(まったく……原作で見たことない顔しちゃって)
柔らかな笑顔だ。キリリとしたイケメンキャラだったのに随分と性格が丸くなったからか、表情まで引っ張られている。悪くない変化だが。
「そういえば今日はアイリスとは一緒じゃないんだな」
「アレンと出かけました。日常も大事だそうですよ」
「その通りだな」
どんな時でも日常を大事にすべきというのがアイリスの持論だ。『今』を蔑ろにして『未来』は守れない! という考えに、最初はなかなかしっくりとしたものを感じなかった。
(だって恐ろしい未来を変えるために頑張ってたし)
とはいえ、推しと過ごす日常があってこそ頑張れた、というのは間違いない。……レオハルトが思ったよりずっといい風に変わってくれた、というのもある。ルカは私の秘密を知ってずっと寄り添ってくれたし、ジェフリーは敵対するどころか、常に心強い味方だった。
「私も頼もしい友人と婚約者がいてよかったです」
「どうした急に!!?」
突然自分が褒められてことに驚いたのか、珍しくレオハルトはオドオドとしている。私だってたまには素直になることだってある。なんせついに気になって気になってしかたがなかった龍王の行方がわかりそうなのだから。全てに感謝もしたくなるというものだ。
(前世の記憶が戻って本当によかった)
異世界まで出向いてくれたシャーロット様には感謝しなければ。
(感謝の代わりに王妃様の望みを叶えられるよう全力を尽くさないとね)
レオハルトが何も言わない私の方を本当に心配そうな目で見つめてくる。いつもならすぐに言い返すからだろう。
「日常の積み重ねが未来になるってことですよ」
「!?」
会話がかみ合わないぞ!? と、レオハルトはあたふたしたままだったが、ご機嫌そうな私と目があうと、少し困ったように微笑んだ。
◇◇◇
(これで好きにならない方が無理だろ)
レオハルトは苦笑しながらそんなことを考える。婚約者の屈託のない笑顔にいったい何度見惚れたことだろう。得意気な声に何度心が救われただろう。とはいえ残念ながら相手にそれを告げたとしても喜ばれることはない。
(だけど最近は困ったような顔をされることはなくなったな……)
その小さな変化が嬉しい。
(……開き直っている可能性もあるが……)
それだけ自分のことを信じて、心を開いてくれているからだと思うことにしよう、とレオハルトも随分自身の心が柔軟になったことを感じていた。




