24 妖精王の息子
(あれ!?)
と、思ったのは出てきた妖精が思っていた姿を違ったからだ。原作で見た姿は、小さな可愛らしいふっくらとした花の精といったイメージだったが、今横たわっているのはほっそりとした美しい人形のような姿。特に私がドキリとしたのはその姿がまるで……。
(ルーフェンヤに似てる……)
かつてオルデン家を呪っていた妖精姫ルーフェンヤ。彼女には羽がなかったが、そこにいる彼には羽があった。なにより小さい。ルーフェンヤの背丈は人と同じだった。
アイリスの方を見ると、彼女もアレ? という顔をしている。それでアイリスだけが確認している、原作者の設定資料とも違う姿なのだとわかる。
横たわったまま半目を開いている、明らかに衰弱している妖精にアイリスがそっと治癒魔法をかけた。
「大丈夫~?」
緊張気味の私とは違い、アイリスはいつも通りゆるい声。
――……こレは聖女の……マさかこんナところで会えルとは。
(なに!? テレパシー!!?)
直接頭の中に声が響いた。ホッとするような声色だ。妖精はそのままむくりと起き上がりふわりと宙に浮かび上がった。
――感謝すル。そなた達、ナはナんト?
妖精の話し方ってやっぱこんな感じなんだ、なんか貴族っぽいな。なんてかつてルーフェンヤが話していた言葉(ほぼ絶叫に近かったが……)を思い出していたが、
(アイリスが変な顔になってる!?)
眉間に皺を寄せて、口をムムムと歪ませ戸惑いを見せていた。
――我がナはレイフリアン。妖精王の五番目の息子。
私達が名乗らなかったからかあちらから名乗り始めた。
(王族ってこと!?)
だから原作に出てきた妖精とイメージと違うのだろうか。
なにより、妖精王の子供ということは、ルーフェンヤの兄弟ということだ。それに気付いた瞬間、またも胸がキュッとなる。
(ルーフェンヤのこと、知ってるのかな……)
妖精の世界がいったいどんなところなのか、サッパリわからない。
妖精について知っている事と言えば、彼らは気まぐれで、非常に強力な魔術を使うことができる。そもそも、大昔に龍王がこの国を襲ったのも『妖精の力』を奪う為という話をジェフリーが調べ上げてきていた。それほど彼らには他生物から見て価値がある。
「あたしは聖女セイレムの末裔、アイリス・ディーヴァです」
「……リディアナ・フローレスと申します」
アイリスがレイフリアンを見て妙な顔つきになった理由はすぐにわかった。
「王族が妖精界から出るのはよっぽどの時だと聞いていますが。どうされたのですか?」
――よっぽドのことガあったからだ。
その答えを聞いてもちろん心音の速度が上がったのは言うまでもない。
(これ以上とんでもないことが起きるなんて勘弁してよ!?)
いや、事前にわかるならまだましか……と、思い直したあたりで男性陣が合流した。もちろんレイフリアンを見て目を見開いているが、それを相手に悟られるのは失礼にあたると考えているのか平静を装っている。伊達に王族貴族をしていない。
――おォ。勇敢ナ戦士達。そナた達にも感謝を。
それぞれが名乗った後、レイフリアンはレオハルトの目の前へ飛んで行き、
――そナたはエルディアの血筋か? アーチボルト・エルディアの。ソうだろウ?
「左様でございます」
レオハルトがそう答えると、レイフリアンの表情がほころんだ。
――目がよく似ていル。私はアーチボルトが好キだった。奴の血が続いテいるのガ嬉しイ。長生キするノだぞ。
「ありがたきお言葉……」
うやうやしく頭を下げたレオハルトの頭をレイフリアンはそっと小さな手で撫でた。まるで大人が小さな子供にそうするように。
実はフィンリー様とアイリス以外、このレイフリアンの態度に戸惑っていた。ルーフェンヤと対峙した私達にしてみると、会話が成り立ち、尚且つ慈しみをも感じるこの妖精が同族とは思えなかったのだ。
「レイフリアン様。どうしてこちらへ?」
――ああ、ソうだったナ。
アイリスが答えを急かす。私達からするとヒヤリとするが、レイフリアンの方はなにも気にしていないようだ。これが普通なのかもしれない。
――姉上ヲ……長らく呪いトなってイた姉上が解放サれたノを確認シに来タのダ。ルーフェンヤ……父上のお気に入リだったノだが……なにカ知っているカ?。
一瞬で緊張が走る。息が出来ない。正直、
(終わった……龍王だけじゃなく妖精族とも揉めることになる……ルーフェンヤの件を責任追及されたら言い逃れ出来ないし……)
絶望感が頭の中で満たされる。だが、どうやら話は違うようだ。
――呪いトなると、生まレ変わレないノだ……キチンと死なネばナらヌ。宝剣でキチンと……姉上ガ呪ってイた一族のモとへ辿り着く前に力つキてしまって……人間界に夢中デね……まんまト捕まってしまっタよ。
「申し訳ございません……!」
ルーフェンヤを葬り去った自覚のある一同が頭を下げたのだが、
――ヨい。いい奴もソうでナい奴もいるノはドの種族も同ジだ。
レイフリアンは人間族が彼を捕まえた件の謝罪だと思ったようだった。
「いえ……ルーフェンヤ様の解放に我々は関わっているのです」
レオハルトが正直に答える。心苦しそうな表情をする面々を見てレイフリアンは不思議そうにしていたが、
――オぉ! アーチボルトの末裔が姉上を解放してくレたとは……! 父上の怒りモこレで少しは収まるだロう。
(怒ってない……?)
久しぶりに心底ホッとした。
レイフリアンが言うには、妖精王は娘であるルーフェンヤが妖精を捨て人間になったあげく、彼女が逆恨みのようにオルデン家を呪ったことを酷く悲しみ、同時に怒っていたそうだ。だから、呪いとなって苦しみ続けるルーフェンヤを助けることは許されなかった。
六年前、ついにそのルーフェンヤが倒され、ようやく彼女の消息を辿ることが許されたそうだ。
――オルデンの末裔達にモ可哀想なコとをした……。
遠くを見るように呟いた。
――妖精ト人間ハ違う。あまり関わリ合わナい方がいイのだ。お互いノ為に。
寿命も身長も愛し方も違う。
ルーフェンヤはヴォルフ・オルデンを心の底から深く深く愛していたそうだ。だが、人間がどんな存在か……きちんと理解できていなかった。妖精だけの世界で生きていると、愛する者をアッサリ失うという経験もない。
――私トしたことが! 礼ヲせねば! 姉上と私ヲ助けてくれたのだから!
しんみりしていた我々をよそに、レイフリアンが唐突に叫んだ。気まぐれとはこういうことをいうのだろうか? これが妖精の感覚なのだと無理やり納得しつつ、なんの礼!? と、戸惑っている男性陣とは違い、私とアイリスは心の中でガッツポーズ。図々しい考えだとは思いつつも、
(ないよりあった方がいいに決まってる!)
どうかパワーアップを。来るべき日のために。
ここでもアイリスは躊躇することなくハッキリとレイフリアンに言葉をかけた。
「龍王との闘いが迫っているかもしれないんです」
――龍王? ああ、あの粗暴者ノ子孫カ? 確かに最近、気配ヲ感じルが。半分人間ダろう?
ならばそれほど脅威ではないと言いたげだ。
「どうにか穏便に済ませたいと考えておりまして」
私もアイリス同様、遠慮せず行くことにした。アイリスがそうしているということはこれが正解なのだろうと考えて。
――……ヨし。二人共、並びナさイ。
いい考えが浮かんだとばかりに、レイフリアンは得意気な表情をして隣り合った私とアイリスの回りをクルクルと飛び始める。キラキラとした鱗粉が美しい。その内その鱗粉は魔法陣を浮かび上がらせ、私とアイリスを包み込んだ。
「わぁ……!」
温かな力が流れ込んでくる。いつも感じる魔力とは少し違う。これが妖精の力か。アイリスと顔を見合わせて感激していた。
――聖女の末裔にハ【結界魔術】を。美しキ戦士にハ【結界破壊魔術】を。
まさかの破壊、という言葉にギョッとしている私達を見て、レイフリアンは予想通りと嬉しそうにクスクスと笑う。
――コの魔術は表裏一体でヨり強イ効果ガ生まレる。来ル日にハ共にいるノだ。それガ一番だ。
なるほど、小さくとも私達なんかよりずっと生きている妖精なのだと思わされた。一方で、男性陣に対しては随分個人的な気持ちを感じることに。
――戦士達には必要だロう! どうか長生キしておくレ!
同じように魔法陣に包まれた後、キラキラと体が光っている。
レオハルトやフィンリー様、ジェフリーにルカはきっと原作のように魔力量をアップしてもらうのだと思っていたが、まさかの健康長寿の加護。よっぽどレオハルトのことが可愛いようだった。
その後、レイフリアンをオルデン家の屋敷近くまで案内すると、
――姉上の残り香を感じルよ……大丈夫……魂ハ無事浄化されテいる。
そう満足そうに言って飛び去り、姿を消した。
こうして慌ただしくも原作イベントを無事消化することができたのだった。




