20 ファンクラブ
秋も深まる……どころか寒い日が続いている。もう冬に入ったと言ってもいいかもしれない。
焦っている時ほど時間が経つのが早く感じるものだ。
アイリスの愛馬から無事ツノを分けてもらい、ライアス領にいる隠れ薬師へスラ―に無事託すことはできていた。流石のへスラ―もツノの真偽を確かめ、二度ビックリしていたらしい。
だがこれで希望が持てる。
(久遠先生はバッドエンドを選ばなかった。私達だって気持ちは同じだ)
どうか最後はハッピーエンドを。
「あら? レオハルト様は?」
珍しくジェフリーが一人で学院の廊下を歩いていた。
「学院長のところへ行かれました」
時間がかかりそうだからとジェフリーは先に昼食をとるように言われたらしく、
「図書室の資料を漁ろうかと……」
どこまでもジェフリーらしく役目を果たそうとしていた。
(ん?)
最近は視線を感じることが多いが、今日はライザではなく他の女子学生。こちらを見ながら三人でコソコソ話をしている。どうやら一年生のようだ。隣にいたアイリスも気付いたようで、何やらニヤニヤしながらアイコンタクトを向けてくる。
「あの子達の内の誰かがジェフ推しと見た!」
「あ~」
私達の突然のガールズトークにジェフリーが困ったような笑顔になった瞬間、
「きゃーっ……!」
と、小さな歓声が聞こえてきた。一人でなく三人だったのがポイントだ。
「……思い出した! あの三人、新入生歓迎パーティの時にジェフリーにダンスを申し込んでいた子達だわ」
今年度のダンスパーティは女子生徒から男子生徒へのダンスの申し込みは『あり』だったので、ここぞとばかりにジェフリーに突撃する女子生徒が相次いだ思い出が残っている。
気まぐれなルカより愛想がいいし(レオハルトのために)、実はフィンリー様より一般の女子学生からするととっつきやすい。フィンリー様は学院でも魔獣、剣、剣、剣、魔獣、魔術、剣! といった具合なので、女子生徒との接点が少ないのだ。
「ま~ルカといい、フィンリー様といい、ジェフリーといい……相手がいないなら是非! って、なる令嬢は多いもの」
結局学食で香草茶の小さなボトル付きランチボックスを購入し(アイリスは自前のお弁当だ)、私とアイリスとジェフリーという珍しい組み合わせで温室に併設されたガラス張りの半屋内空間で昼食を取っている。
「フィンはともかくルカとジェフはそれでいいわけ?」
「そうですね。そろそろ……とは思うんですが」
「え!! なになに!? いい人がいる!?」
アイリスは前のめりになっていた。だが私が反応しないのを見て嫌な予感でもあったのか、
「なに……? ジェフ、とんでもない人に恋してるとか?」
「違うのよ~そうじゃないんだけど~アイリスとは相容れない価値観なのは確か」
またも困った表情のジェフリーに代わり私が回答する。
「なに!? やっぱり略奪愛!!?」
「違うってば!」
ブッとジェフリーがお茶を吹きかけむせ始めてしまった。
「ジェフリーはね、政略結婚希望なのよ」
むせるジェフリーの背中をさすっているアイリスに、ジェフリーの代弁者の私が真実を伝える。
つまりジェフリーはレオハルトにとって利となる相手であれば誰でもいい。今となっては自分の社会的価値が上がっているから、より(レオハルトにとって)条件のいい家と契約を結べるのではと考えているのだ。
「えっ。なにそれ。ラブなのは麗しの令嬢ではなくレオハルトってことじゃん」
「そうそう」
「そんなんで選ばれた令嬢可哀想じゃん!」
「まぁそれは相手も政略結婚狙いだったら何とも言えないけど」
「いやいや。そうだったとしても相手から『政略結婚ですよ』オーラ出されたら辛いって~」
ジェフリーをほったらかしにして盛り上がってしまっている我々だが、この辺の話には彼自身が口を開いた。
「……もし誰かと婚姻関係を結んだとして、蔑ろにするつもりはありません。レオハルト様とリディアナ様のような関係に憧れがありますので……お互いに自然と大切に支え合えるような」
「あら照れるわ」
茶化してしまったのは実際にちょっと恥ずかしかったからだ。
「恋といった感情が大前提になくとも、素晴らしい関係を気付けることを知っているので政略結婚であったとしてもきっと……」
穏やかな微笑みを浮かべていたジェフリーだったが、
「いや~それ考え甘すぎ~~~!!! 夢見すぎ~~~!!! 目を覚まして~?」
そうキッパリとアイリスに現実を突きつけられていた。もちろん私も黙って頷き続ける。
「ジェフリーの人生にとって大事なことだからジェフリーが決めたらいいと思うけど、あのレオハルト様が……恋愛の価値観的にはアイリスと似たり寄ったりなレオハルト様がよ? 従者の幸せを自分のために使って欲しいわけないからね。それだけは忘れないで」
「うっ……そうですね」
結局のところ彼もまたルカとフィンリー様同様、結婚や婚約がちょっとばかし億劫なのだ。それどころではないというのもあるし、今がある意味充実していてそういうことに時間をさけないというのもある。
そのため、どんな令嬢とも当たり障りのなり距離感でジェフリーは接し続けた。自分のせいでレオハルトの評価が下がってはいけないと考えているのもあるし、彼の言う通り、恋愛感情がなくともいい関係を築ける相手を探していたのかもしれない。
この程よい距離感が令嬢達の何に火をつけたのかはわからないが、その後、例の三人組の女子学生達がいつしか五人組となり、八人組となり、十五人組となり……こっそりジェフリーファンクラブが出来ていることを知った。
「本になってジェフリー様にめくられたいわ……」
「ああ、書類になって彼の視線を独り占めしたいっ」
などと言う声を聞くことになるとは、この時はまだ誰も知る由もなかった。




