18 龍を人に
アリバラ先生がアイリス達が持ち帰った龍王の血と鱗を凝視している。私とレオハルトも一緒に。
「これはまた……嫌な気配をまとっていますね」
「硬っ! これが鱗!?」
「予想通りあの洞窟にいたんだな」
フローレス家のアリバラ先生の部屋で、ルーベル領へ行ったアイリス達と情報のすり合わせ中だ。
「魔封石の設置候補地になった魔力溜まりが起こりやすい場所をピックアップしたわ」
「龍王を隠せるくらい大きな場所かどうかでさらに絞り込んでいる」
とんでもないものを見つけて帰ってくれたアイリス達には及ばないが、私とレオハルトもやるべきことはやっていた。
(タイミングもよかったわね)
魔封石を設置するのは魔獣の頻発地域。そういう地域は少なからず魔力が溜まりやすい土地柄であることが多い。龍王を移す先を考えた時、そういう場所を選ぶ可能性は高いだろう。なんたって魔力がなければ始まらない。
レオハルトが地図にバツ印を書き込みながら説明し始める。旧鉱山、沼地、古戦場跡地……だが、
「で、逆にこの辺はないだろうなって考えたんですよね」
「確かに。また魔封石設置を、と言われたらルーベル家としてはたまらないだろうからな」
私の言葉にフィンリー様が納得するよう、小さく頷いた。
「それで俺達はあまり知られていない、規模の小さい『魔力溜まり』を探したんだが……」
「こんなにあるんだ……」
「ここをしらみつぶしに探すってこと?」
レオハルトがさらに追加するバツ印の数を数えながら、ルカとアイリスの表情がわずかに曇る。
私達もこの結果には驚いた。うちの国が他国に比べて個人の魔力量が多い理由はこの魔力溜まりのお陰なのかもしれない。
「先生。龍王の大きさは小さな屋敷程度と仰ってましたが」
「そうですね。背の高さは成人男性三人分ほどでしたが、翼や尾を考えるとそれなりの大きさでした」
考え込みながら尋ねるジェフリー。アリバラ先生もすぐに返答しながら地図を見下ろす。
「ルーベル領周辺の関所の記録を調べましょう。大型運搬物であれば通行記録に残しているでしょうし……いやしかし、やはりそんな大きなものを運搬するのはかなり難しいですね。なにより目立つ」
「それは俺達も考えたんだ」
「だからね。前、アイリスとも話したんだけど……」
パチリ、とアイリスと目があった瞬間、その時の事をすぐに思い出したのか、ちょっと驚いたあとニッコリと笑った。
少々突飛な推論かもしれない。だから少し自信が持てずに声が小さくなってしまった。
――正妃シャーロットは再び人の形となったのでは?
「再メタモルフォーゼか。ありえそうだ」
メタモルフォーゼをもう一度。遥か昔、龍が人間になった記録はもうある。
「あ~なるほど! 古代龍王と同じようにってことか」
フィンリー様とルカはこの考えがしっくり来たようだ。そして急に湧いてきた、期待とも願いとも言える淡い希望が胸に浮かんでいるように見える。
「可能性は十分考えられます。なんせルーベル領の洞窟の入り口の大きさを考えたら、先生が視た内容と計算が合いません」
「そうだったな。洞窟の入り口は精々小型の馬車が入る程度……」
ジェフリーとフィンリー様の記憶が一致する。
「それに、龍王の意志がなくとも変身できるとしたら……」
「あたし達でも元に戻せるかもしれないってことだよね」
アイリスがハッキリと口にした。私とレオハルトが辿り着いた答えを。
全員の視線が、アリバラ先生が描いた龍王の方へと向いた。
「陛下に魔封石事業に直接関わらせてもらえないか頼んだ。返事はまだだが、感触は悪くない」
「それなら探しやすいな。ルーベル家絡みの土地の可能性が高いだろうし、大義名分はあった方がいい」
フィンリー様の言う通り、龍王の体を移すとしたらやはり味方陣営のどこかだろう。魔封石を設置するという情報はいち早く欲しいはずだ。
実はルーベル家のような魔力量絶対主義派の家は少数。内心、同じ思想を持っていたとしても――家系自体の魔力量が優れなければ、その主義に属していても得られるものはない。だからルーベル家を支持しているのは、個人単位の者が多いのだ。家から独立している。それこそ貴族平民問わず。
「平民はともかく、貴族の支持者はだいたいわかります。細かく調べておきましょう」
ジェフリーの頭の中にはすでにリストができていそうだ。
(これで間に合うかしら……)
龍王の――シャーロット様の二度目の死を、私は防ぎたい。
この部屋に入った時より表情が柔らかくなったフィンリー様が、ゆっくりと話し始めた。
「じゃあ俺、これを持って領地に帰るよ。へスラ―ならいい薬を作ってくれるかも」
へスラ―はフィンリー様の兄フレッドに魔力回復ポーションを作ってくれていた隣国の薬師だ。今はおたずね者なのでその能力を隠しているが、実は祖国では高名な薬師だったと聞いている。
妹のアニエスは隣国の王子であるトルーアと共にフローレス領で生活していた。子供達も無事に生まれ、今は祖父の秘書のような仕事をし暮らしている。三人とも二度と祖国には帰れない身だが、この国での安全に穏やかな生活に幸せを感じてくれているようだった。
「あなた達の過去の行いあってのものでしょう」
アリバラ先生にそう言われるとなんだか照れてしまう。
(これが情けは人の為ならずってやつ……?)
六年前、私達が身元を知りつつも彼らを助けたことが、今になって私達の助けとなっている。あちらは随分恩義を感じてくれているらしく、この後この件に快く協力してくれることとなった。
「僕達……本当は龍王を――正妃様を倒すための薬を作ってもらおうって話してたんだ……」
レオハルト達を見送った後、私とアリバラ先生と三人になり、ルカがポツポツと話し始めた。
あの血があれば、あの鱗に対抗する毒を作り出せるかも、ルーベル領からの帰りの馬車の中でそう最初は考えていたと。
「ダメだね僕……最近、魔道具のいい考えも浮かばなくってずっとずっと龍王の事ばっかり考えててさ~」
落ち込むような声だった。
「正妃様を助けようなんて思いもしなかった。僕、本当に嫌な奴……」
自分自身にショックを受けている。
「ううん。私にはありがたいよ」
「私にもです」
慰めるように先生と優しい言葉をかけたのだが、
「も~~~!! 二人が生き残ることに消極的だから~~~!」
と、ルカはプリプリと怒り始めてしまった。
「今となってはフィンリーに彼の未来を告げないのは本当に正解だったんだって思ってるよ。アイツも絶対二人と同じタイプ!!!」
「きっとそうでしょうねぇ」
またも恩師が他人事のようなセリフを言うので、
「先生! ちょっと久しぶりに稽古つけて僕に実力を見せつけて安心させてもらってもいいですか!!?」
そんな変なキレ方をしながら二人は部屋を後にした。
◇◇◇
王宮にある第二側妃セレーナの元居住エリア。今は第二王子のみそこで生活をしているが、以前と比べ随分ともの寂しい雰囲気がただよっている。今更彼に媚びる者もいない。唯一の強み出会った母親が失脚した今、彼に用がある者もいない。婚約者であるライザ・カルヴィナだけが彼の下を訪れていた。
「堂々となさいませ! 貴方は誰がなんと言おうがこの国の第二王子なのです!」
「だ、だだだって……もう誰も言うことを聞いてくれないんだ……」
あれほど傍若無人だった第二王子は今はもうただただ婚約者に縋るしかなかった。自分の置かれている立場をよく理解し、縮こまって生きていた。死の恐怖に苛まれたあの日から、気の強い婚約者だけが彼の唯一の味方だ。
「セレーナ様の私物が盗まれたのですよ!? そんなことを言っている場合ではありません!」
室内が荒らされた跡を見て、ライザは怒りが収まらないとばかりに怒鳴り声を上げ続けている。ライザがやってくる少し前、部屋の清掃だと言って見たことのない下女達が数人突然やってきたかと思うと、あれよあれよという間に仕舞い込まれていた調度品のいくつかを持って行ってしまっていた。
「殿下は何が盗まれたか確認してくださいませ!」
「ラ、ライザはどうするんだ……?」
「不届き者達がまだその辺りにいるかもしれません!」
鼻息荒く扉を開け、早足で廊下の移動する。ライザの侍女も慌てて付いてきた。
(……人通りがなかなか戻らないわね)
回廊を歩きながらライザは小さく歯ぎしりをした。以前はいつだって第二王子のご機嫌をとりにあっちこっちから人がやって来ていたというのに。
これでも第二側妃が幽閉された直後よりはマシにはなっていた。ライザの……貴族派筆頭であるカルヴィナ家がギリギリで踏ん張っているお陰でもある。
不意に暗がりから声が聞こえた。
「……リ……アナ嬢とアイ……ス嬢どちらがいいかなぁ」
「魔力が得られればどちらでも問題ございません」
「う~ん……治癒魔法特化のアイリス嬢だと相性が悪かったりするだろうか?」
「必要なのは魔術ではなく魔力なので……いやでも仰りたいことはわかります」
(なに!? あの女の話!?)
気が付くと足を止め、息を殺して聞き耳を立てていた。実にライザらしくない行動だが、本能的に何か感じ取ったのかもしれない。侍女はただ不安そうに主人の顔色を確かめている。
「うん。やっぱり彼女達には国の礎になってもらおう。文字通りね」
「……かしこまりました。手配を進めます」
そうして小さな足音は聞こえなくなった。
「ラ、ライザ様……いいい、今のはいったい……あの声、ルーベル家の……」
「おだまりなさい! 私がいいと言うまで今聞いたことは一切他言無用よ!」
(どいつもこいつも! 私やあの女を何だと思っているの! 無礼極まりない!!)
ドレスの裾を強く握るライザの手は細かく震えていた。




