17 移動先
王宮にある第三側妃と第一王子の居住エリアには品のいい調度品で飾られたティールームがあった。学院へ入学する前はよくここでお茶をいただいていたが、ここ最近はめっきりご無沙汰。ルーベル領へ行けなかった私達は渋々そこでお茶を前に難しい顔をするしかない。
「ありがとう。後はこちらでやるから下がっていい」
レオハルトが給仕に声をかけたので、私も侍女のエリザを下がらせる。彼女は少し不服そうだったが黙って従った。
「……いいのか? あれは心底心配している顔だぞ?」
「いいんです」
私は最近、というよりここ半年近くエリザを少し遠ざけていた。できればこのままさらに遠ざけたい。
「近くに置いていた方が守りやすいんじゃないか? 彼女は君に忠実だろう。俺としてはこの件を話していいとすら思っているくらいなんだが」
「その忠実さが心配なんです。このまま私じゃなく屋敷付きの侍女として働いてもらおうと考えているくらいですよ」
正妃の予知夢の内容が正確にわかったことによって、もう二年もしない内に死亡または封印される人間がハッキリした。封印は私。死亡はアリバラ先生、フィンリー様、ランベール王、龍王、そしてエリザ。
エリザは私を庇う形で死亡する。ただ私に忠実だというだけで最後まで私についてきたせいでそうなった。最期に大暴れした龍王から主人を守ったのだ。
(エリザはなんであれだけ私に忠実なのかはわからないままだったな……)
母がまだ妊娠中に、エリザは私の侍女になりたいと志願していた、なんて本当か嘘かわからない話を教えてくれたことがあるけれど……。
なんにせよ、気難しかった幼い私に根気強くずっと寄り添ってくれていた人というのは間違いない。家族も同然の彼女の命を守られるなら、恩を仇で返す嫌な令嬢にだってなる。
「エリザは私の言うことは従ってくれます。だからこれからは屋敷を守ってと言えば【あの場面】にやってくることはない。それだけで死から遠ざけることができますから」
「リディがいいなら止めないが……」
「だいたい話したりしたらアリバラ先生みたいに意固地になりかねないし!」
「それは……まあ……」
同じくアリバラ先生に時期が来たら国外へ出るように勧めたのだが、けんもほろろに断られていた。
『私が? 今更一人で逃げ出せと? お忘れかもしれませんが、私、貴方様方より強いですよ? その魔術、誰から教わったかお忘れで?』
といった具合にはぐらかされている。お陰でルカが険しい表情をする日が増えているので、ルーベル領へ同行したアイリスにルカのストッパーになるように頼んでおいた。もし龍王を見つけても早まらないように。
「落ち着かないですね~……」
「そうだな……そろそろあちらはルーベル領へは着いているだろうし……」
どちらもカップに口を付けないまま。お互いがお互いの顔を見て『心配』と書いているのが読み取れる。
「まあでも流石に龍王はいないと思うんですよ」
「俺もだ。中途半端な所でバレたら反撃も出来ずに終わるだろうからな。そこまで簡単な相手じゃないだろう」
ルーベル伯のあの言い表せない不気味さをレオハルトも感じ取っていた。
「龍王の肉体がルーベル領から移動するとなると、やはりルーベル家と懇意にしている貴族の領地かナヴァール家か……」
レオハルトはもうルーベル領に龍王がいない前提で次のことを考えていた。すでにある程度可能性がありそうな場所をピックアップしているようだ。ルーベル領にある魔力が溜まりやすい洞窟と同じような効果のある所が国内には何ヵ所かある。
「秘密裏に運び込めて、尚且つ龍王の体を納める広さも必要だろうし……どうした?」
レオハルトが心配そうに俯いたままの私の顔を覗き込んだ。
「私が……未来を変えたから……って、ああ~~~! すみません! ついまたくよくよモードに!」
最近上手くいかないとつい、未来視があったのに……と、正妃が残してくれた恩恵を無にしてしまったんじゃないかと落ち込みそうになるのだ。
変えてしまった未来である今に後悔はない。だがどうしても心の奥底に小さな罪悪感が湧いてくる。
そんな私をただじっとレオハルトは見つめていた。
「リディアナ。君は当然の行動をとったまでだ」
静かな声だった。それから、
「そもそも未来視は正妃の死以外はただのルートの一つだろう。君が何をせずとも変わっていた可能性は大いにある」
そう言い切った。レオハルトの瞳はほんの少しの揺れもなく、真っ直ぐだ。
「……ありがとうございます。気が楽になりました」
「ふっそうだろう」
いつもの天使の笑顔。これに何度救われたことか。この気持ちがなんだかくすぐったくなって、すぐに話題を戻した。
「ルーベル家といえば、母に頼んで聞き出してもらいました」
「例の薬師か。ルーベル家を知ってそうだったっていう」
薬学研究所の為に招いた薬師がルーベル家を――デルトラ・ルーベルを知っていたのだ。それは彼がまだ若く、他国へ留学していた頃の話だった。
「もう三十年近く前らしいんですけど、留学先で魔獣の改造技術を意欲的に学んでたそうです」
魔獣から魔力を取り出して人間用に再利用するというのが彼の研究テーマだった。まさにキモマのそれだ。原作の私がやっていたあれだ。
「魔力を溜め込む魔獣を人工的に増やして魔力を取り出すってまではまぁ、なんとかできたらしいんです」
「魔獣の家畜化か」
家畜化については今でもないわけではない。ライアス領の飛龍なんかもその一例だろう。
「そのあとの人体実験がですね……上手くいかず悲惨なことになって。研究自体が取りやめになったにも関わらず、彼、拒否したらしくて……それで記憶に残ってたんだそうです」
レオハルトの顔が引きつった。
そう。これから私達が相手にするのはそういう倫理観を持つ相手だ。心してかからねば。
紅茶はすっかり冷めきっていた。
◇◇◇
ナヴァール家の地下室で、不機嫌そうな第一側妃マリーとデルトラ・ルーベル家が向き合って座っている。
「……それで。まんまと魔力洞窟を追い出されてどうするの?」
「問題ございません。いくつか手は考えておりましたので」
ニヤリと軽く笑うデルトラに第一側妃は不快感を隠さない。
「見つかるような間抜けな真似はしないでちょうだいね。ここにも来たわよ。何かを探しに王の手先がね」
何かまではわかっていないようだけど、と第一側妃は片方の頬だけ上げあざける様に笑った。
「それで、例のものはいただけるので?」
「あくまで貸すだけよ」
その言葉と同時に第一側妃の護衛がテーブルの上に小さな箱を置く。中には鈍く光る魔石の欠片が。
「おぉ! なんて美しい!」
恍惚とした笑みを浮かべながら手を伸ばすデルトラだったが、すぐさま第一側妃の護衛が掴み止めた。
「場所を言いなさい。龍王は……あの女はどこにいるの」
「……我が領の廃教会にございます」
「ルーベル領!?」
まさかまだ領地にいたとは第一側妃にも意外だったようだ。
「現実的な選択ですよ。運ぶの大変ですし。その教会は結界代わりにもなっててですね。洞窟ほどではないですが魔力を溜めやすくって。魔獣は邪魔ですし、気配も消せて一石二鳥というやつですな」
ハハハと笑いながら護衛が手を緩めたのを確認して、彼はついに目的のものを手に入れた。なんとも愛おしそうな目でその欠片を見つめている。
「いやあそれにしても、マリー様。よく覚悟を決めてくださいました」
「……私のものにならないから悪いのよ。私のものにならない王もこの国ももういらないわ」
第一側妃の瞳は異様な光を帯びていた。愛も執着も嫉妬も憎悪も全て入り混じった混沌とした光だった。
「見る目のない人間もいたものです」
うんうんと頷きながらデルトラは立ち上がり、うやうやしく頭を下げる。
(使いやすい馬鹿はありがたいねまったく)
そんなことを考えながら。
秘密の地下道を歩きながら、デルトラは待っていた腹心の部下達に【古代龍王の核】をみせびらかすように掲げた。
「さあ! これで準備は整った!」
周囲も熱狂的な視線をその核に向けている。
「おっと失礼。あとは魔力か……」
目星はついている。学院の女性徒二人。
「あと少しでこの国が解放される……!」
「人間から魔力を奪って我々にどう生きろというのだ!」
「そうだ! 魔力を高めることではなく、魔力を減退させる道を選ぶとは!」
興奮した声が地下道に響いていた。
「諸君! 我々の手で真の栄光を! 誰しもが莫大な魔力を持つ強力な国を取り戻そう!」




